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前線の街へ



 男を支配していた呼び出しの咒術は徐々に男を解放し、彼の心に吹き荒れていた追憶の嵐も穏やかに治っていく。彼の心内をズタズタに傷つけていた氷結の吹雪は遠い過去からの記憶の断片で男の最も欲するものだった。喜びと痛みに耐えながら男は必死に氷の欠片をかき集めるが、その多くは闇の中に紛れて消えて行く。彼の遠い記憶は戻らない、だが男は満足そうにその氷の欠片を心のどこかにおさめると現実世界へと帰還して行った。 

  


 男は周りを見回し自分の目的地はまだ先なのだと悟る。男の立っていたのは名前のないバス停で、しばらくすると行き先表示ない乗合バスが男の前に停まった。迷わずバスに乗り込む、他に客はいないようで一瞬ルームミラーの中の運転手と目があったが会話を交わすことはなかった。

 

 この山上盆地に作られた宗教都市は一山境内地の永久要塞でこの国に張り巡らされる要塞線の要だ。そして最前線へと続く街だったが、それは一般には知らされていないことだ。男は中頃の席に背負った荷物を下ろし席に着くとシートベルト装着する。そのカチャリという音を合図にバスは動き始めた。

 


 男はまず直近の慌ただしい旅を思い起こす、三日前には赤道直下の島々で、ラスタファリズムのナイヤビンギを見学したりブードゥー教のウィガン(神官)と交流を持ったり彼らの聖地を穏便にランク付け数値化するための下準備をしていた。自分達の大切な聖地が全く価値のないものだと断定されることを恐れて近頃は出入りが厳しくなってきたからだ。もちろん公表することの無いものなのだが少し顔が売れてきたせいか、インフルエンサーのように彼の態度でいらぬ風評が流れることも事実だった。

 


 彼の名前は原野聴雪(げんやちょうせつ)裏の世界ではアシュールと呼ばれる最高位の戦士だが、それは知られてはいけないことだ。そんな彼を任務中に呼び出せるのは一人しかいない。五年間、世界中の聖地やパワースポットを巡る旅を続け、拘りを持った者たちからはユキ、ユキと呼ばれるようにはなったが、その分自由と束縛がしのぎを削り始めていた。くだらない縄張り争いを呼び起こすような任務にも少々嫌気が指していた、ユキは師の呼び出しの術に身を任せ、惑うこと無くここに至る。

 


 季節は秋の始まり下界ではまだ夏の終わりといったところだろうが、この高地では既に木々の葉が僅かに色づき始め、映える青空に移ろう時間を感じることができる。しかしバスが一つ二つ三つ目の角を曲がる頃には、その鮮やかな青空が嘘だったように激しい雨が降り始める。まるで見てはいけないものを覆い隠すように車窓からの風景を奪っていく。聴雪は気にも留めない様子で目を閉じ自分の世界に入り込む。しまっておいた氷の断片を、古い古い記憶のカケラを包み込むようにゆっくりと溶かしていく。  



 アシュールの記憶は戦いの記録だ。連なる記憶を携え転生するアシュールだが、ここ千年、男性アシュールは記憶を喪失し、特異な能力を持つ彼らの存在自体が危険視されていた。長きにわたり続けられてきた異世界との戦いも終末を迎え人類は滅びかけようとしている、誰にも知らされていないことだが。

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