今日、失恋しました
片想いが嵩じて夜も眠れなくなって来るといよいよ進退を迫られる。
成績が振るわないのはまあ元からだけど、朦朧と外を歩くのは危ないし、何より不意打ちで煌良くんを見掛けたりすると心臓が止まりそうになる!!
「今までの恋は嘘っこ!! 煌良くんへの想いこそが本物!!」
これまでも何度も同じ様な恋の病に掛かったけど、今度は病じゃない!
本気の本気なのだ!!
仰向けで寝っ転がっていた私は一度消した部屋の灯りを点けてベッドから這い出し、カーペットの上にペタン座りした。
おっと!エアコンも付けなきゃ!
ピピッ!とリモコンに反応してエアコンが唸り出し、寝乱れしていたおくれ毛が僅かにそよいで頬に触る。
「やっぱ!趣を選ぶなら手紙だよね!」
勢いつけて立ち上がり、机に向かう。
「先ずは下書きだな!」
机の引き出しから雑記帳を抜いてバサッ!と広げると、なんと前回?前々回?のラブレターの下書きが晒された!!!
「ギャーッ!!」
目に入った二、三行の文言だけで恥ずかしさMAX!!で……
私はパタン!とノートを閉じる。
ダメだ!!
こんな夢物語を口走っては!!
煌良くんへの想いは本物なのだから!!
私も進化しなきゃ!
だけど、どう進化するのかを考えあぐねて……私は机とカーペットとベッドを行ったり来たりしながら溢れる想いで胸を焦がし、最後には疲れて寝入ってしまった。
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遠くから歩いて来る煌良くんに視線をロックオンした。
今はお昼休み!
カレはカツサンド&コロッケパン&蒲池くんたちとのおしゃべりでお腹をいっぱいにしてから教室を出ておトイレに行ってた!
そうよ! 本気の私はストーキングだって辞さないし計算高い!
今、カレは……今日一日の中で最もホッとしているはず!
このタイミング!逃がすまじ!!
私は左の手のひらに目を落とす。
“恋する乙女”の手のひらにカンペなど無い!
ただ『人』という字を書いて飲み込むだけよ!
私、バスケの時みたいに人の間をすり抜けて渡り廊下まで駆けて行き、物陰からカレを窺う。
あっ!! カレの苗字は橘よ!! 心の中じゃなく口に出して呼ぶのだから……うっかり名前で呼ばない様にしなきゃ!!
校舎の中から出て廊下の屋根がちょっと途切れたところでカレは立ち止まり、差して来る陽射しにちょっと目を細めた。
今だ!!
「橘くん!」と声を掛ける。
声の主を目で探すカレに手招きする。
「こっち!」
私達は渡り廊下から外れて中庭の桜の木の傍らに立った。
「あの、いいかな?」
「うん。何?」
「そんな風にポン!って返されると怯んじゃうんだけど」
「ゴメン。オレ、木下さんに何か迷惑かけたのかな」
「違うの!今のは私が悪かった……じゃなくて!! その!……ですね!橘くんを……」
「オレ? やっぱり何かした?」
「ううん! そうじゃないの! いや、感情的にはされてると言えるのかな……」
「えっ?!オレ、まさか……いじめとかしてないよね!」
「そんなの無い!無い! それにそう聞かれても正直に答えないし……あっ! ホントにいじめなんかされてないからね! だから橘くんが自覚が無いのは当たり前!」
慌てて取り繕うと、煌良くんは私の事を訝し気に窺うので心臓がバクバクする!
ええい!!言わなきゃ!!
「今度私と!!……遊びに行かない?!」
「へっ?!」
「えっと……ですね! つまり、付き合って欲しいのです! 私、橘くんの事が好きなので……」
ああああ!!! 言葉と一緒に心臓まで飛び出しそう!!
ギューッ!!と目をつぶってしまう!!
で、恐る恐る目を開けたら……カレの困った顔が見えてしまった。
「ああ!ここに居た! たちばな~!! 香澄ちゃんが探してたぞぉ~!」
向うから蒲池くんの声が聞こえてカレは慌てて振り返る。
「おお!! ワリイ!!」
「ったく! オレはお前らの伝書鳩じゃねえんだぞ! カップルならカップルらしく個チャとかチャカチャカやれよ! あっ?!」
蒲池くんは固まってる私に気付いて言葉を飲んだ!
「……とにかく伝えたからな! じゃあな!」
そそくさと立ち去る蒲池くん。バツの悪そうなカレ!
「ごめん!……そう言う事だから……、オレ!行くわ!」
橘くんも行ってしまって一人取り残された私……
でも木陰に隠れて泣こうとしたらチャイムまで鳴ってしまった。
午後の授業は上の空で、同じノートにずっとマルを描いていた。
橘くんの事をいつもいつも眺めていて……絶対に付き合っているコが居ないと思ったから好きになったのに!! まさか“ステルス”で香澄なんかと付き合ってるなんて!!
ホント!泣けて来る!!
ウクライナやパレスチナは戦争で大変なのに……
私、こうして帰り道にアイスをやけ食いしてる!
ああ!お腹壊して!明日学校を休みたいよぉ!!
私の失恋なんて!!
小っちゃな小っちゃな事なんだろうけど……
私にとっちゃあ!
大っきな大っきな事なんだからねっ!!
おしまい