読み合い
巨漢は、握っていた男を無造作にその場に落とした。
つい先程まで自分達に襲い掛かってきた人物の扱いに、ジョナスはすぐにでも駆け寄り、治療を施したい衝動に駆られる。
そんな彼を抑えていたのは、シャーロットの制止の手振りであった。衝動を昇華すべく、現状の把握に集中する。
(相手は金髪の男に……なんかやたらと大きい、男? の二人……)
ジョナスの目をまず引いたのは、レンズのはめ込まれた黒頭巾を被る男であった。
平均的と自負している自身と比べて背丈も、体積も遥かに大きい。少なくとも人間のそれではない。
手近な窓枠や看板の高さと比較して、ジョナスはその巨漢の身長は240cmぐらいはある、と推測した。
そんな巨漢を何とか傍目に置き、次は金髪の青年に視線を向ける。
(確かマーガレットさんとそのご家族は、皆金髪だったはずだ……)
そして青年の外見も、ジョナスと同じかそれよりも若い年頃である。
直感的に彼こそが、女勇者マーガレット・サーフが捜している、弟ヘリオ・サーフであるとジョナスは結論付けた。
「さて」
突如相対する形となった四者の中で、シャーロットが最初に口を開いた。
「私達は、そこの血塗れの男に用があるだけなんだ。失礼だが、君達にはお引き取り願いたい」
「えっ」
その言葉に小声で驚くジョナスであったが、すぐに考え直す。
仮にこの場で彼を強引に確保しようにも、隣にいる巨漢が何らかの妨害を図るだろう。一旦対話を試み、様子を窺う方が得策と見える。
「うーん。それはどうだろう」
そんなシャーロットの言葉に、青年は苦笑を返して見せる。
「僕も彼に用があるんだ。まあ、もう半分は用事は済んだものだけど……やっぱり完遂しないと後味が悪い。いや、それよりも君達に見られてしまったというのがより優先すべき課題かな? 何せ、この件は誰にも知られてはいけないんだ」
今度は青年が不敵な笑顔を浮かべる。言外に「お前達など簡単に始末できる」、と滲ませていることがジョナスにも感じられた。
「まあ、君達の居場所なんて特定できたようなものだし……今後一切口外しない、って約束してくれるなら、見逃してやってもいいよ?」
傲岸不遜な青年の態度に、ジョナスは唖然とする。幼少期に生き別れになったとはいえ、ここまで性格や言動が形成されるものか、と。
「……それは、嘘だね」
「……何?」
しばしの沈黙を経て告げたシャーロットの言葉に、青年は眉をひそめた。そんな彼に答えるように、シャーロットは話を続ける。
「君達が跳んできた場所は、私達の拠点とはてんで違う方角だった。そうだな、この裏路地から逆算すれば、港湾地区の方か。大方、そこの男を目的に張っていたら、目論見と違う動き方をしたので慌てて探し出した、といったところだろう? そんな見積もりの甘い輩が、赤の他人の家探しなんかできるわけがない」
「お前っ……!」
シャーロットの軽い挑発に青年は顔を赤くしたが、すぐに咳払いをして平静を保とうとする。そこに、シャーロットの追い打ちがかかった。
「もっとも、大男の威を借りてるような奴に空き巣なんて豪胆な真似はできるとは思えないがね」
「この……! おい、奴らを――」
青年が巨漢の方を見た瞬間、シャーロットは彼に何かを投げつけた。液状の物体をかけられたことで青年の指図は中断され、巨漢は棒立ちのままとなる。
「なんだ、これは……?」
「おっと、動かないでもらおう」
次にシャーロットが取り出したのは、拳銃――ではなく、信号銃であった。
青年は自分に銃口が向けられているのを見て、勝ち誇ったように鼻で笑う。
「脅すなら、道具は選ぶものだ。そんな玩具みたいなので人を殺せるわけが無いだろう?」
「これだけなら、まあそうだろうね。だが『今の』君には致命的と言っていい」
「……?」
シャーロットの言葉に首を傾げる青年であったが、唐突に、何か思い出したように鼻に手の甲を近づける。そこには先程シャーロットが投げつけたものがこびりついていた。
「まさか……爆薬」
「君達の『落とし物』さ。そこの男も探しているようだったので、返してやったのさ……さて、それでもまだやるつもりなのかな?」
自分の状況を理解した青年は、怒りで顔を歪める。
信号銃そのものには殺傷能力こそ無いが、自分に爆薬がついているとならば話は異なる。ほんの一粒の火花でも当たれば、たちまち全身が爆発する。
隣の巨漢がいかなる身体能力を持っていても、青年を爆発から守りつつ、シャーロットとジョナスの二人を始末することなど不可能と言えた。
今、この場における自分達の優位性は何一つ無い。
そう判断した青年が結論を出すのに、十秒もかからなかった。
「……この場は君達に預けるとしようじゃないか。だが次に会った時は確実に始末してやる……!」
巨漢に手振りで何らかの指示を下すと、青年は片腕で抱え上げられる。そして、三階建てのアパートメントの屋根まで、壁面を一息に駆け上がって行った。
残されたのはシャーロットとジョナス、そして壁の傍に倒れ伏す男の三人。シャーロット達の行動は早かった。
「至急、応急処置をします!」
「頼んだ、ワッツ君」
そう言ってシャーロットは構えていた信号銃を真上に向け、夜空に照明弾を発射する。
本来はクルシブルの警察官達の標準装備である、応援を呼ぶためのものだ。スミス警部に頼み込んで特別に支給されている。
煌々と照らされた裏路地を走り、ジョナスは男に駆け寄る。
先ほどの襲撃で壁に叩きつけられたためか、顔面、特に前歯の損傷が激しい。一方で呼吸はしており、一見派手な出血も、太い血管からのものは無いようであった。
ジョナスは医者でも、医学生でもない。しかし、専門は薬草学であり、止血に効く薬の扱いや簡単な応急処置の心得はあった。
「大丈夫……もうすぐですからね……!」
だがそれでも、ジョナスは自分の激しい心臓の鼓動の音が耳に届いているのを感じていた。今喋ったことも、男に向かって言っているのか、自分自身に言い聞かせているのかも分からない。
ただ、目の前で苦しむ誰かを救いたい。
その思いで行われた若干過剰な応急処置は、警察隊が駆けつけるまで続いた。
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