助手の推理
翌日。
寮の自室で遅い起床をしたジョナスは、朝ならぬ昼の支度をしながら昨夜のことを思い返していた。
連続した傷害改め殺人未遂事件。犯人は何故、工作員達を殺さなかったのか。そもそも犯人と工作員達との間に何の関係があるのか。
詳しい分析はシャーロットの方でやるとのことだったが、ジョナスも自分なりに推理を組み立てていた。
(まず、犯人が何故被害者である工作員を殺さなかったか、だよな……)
事情聴取が不可能な状態にまで追い込む執拗さ。ジョナスはそこに、何らかの目的があると考えた。
人殺しをしないことに何らかの信条を持っているのか。犯行時の様相を明かされると不都合があるのか。もしくは、殺さないことで何らかの利益を得る契約を結んでいるのか。
死人を蘇らせる死霊術を警戒して殺さなかった、という考えもジョナスの脳裏に過ぎった。
それはすぐに除外した。せいぜい操り人形のように動かす程度の精度で、おまけに生前の記憶を掘り起こすことはできないという論文を思い出したためだ。
しばし考えるも、推理はどれもこれも壁に直面する。
容疑者の犯人像は思い浮かべることはできた。工作員達と怨恨を抱える者。殺し屋のような職業的な動機。あるいは偶然に偶然が重なった通り魔の犯行。
いくつかのパターンを想像するジョナスだったが、着替えを始める直前で一旦推理を中断した。犯人像を描けても、そこから犯行に至る理由を一つにまで絞り込めないからだ。
このまま続けても、次第に陰謀論じみた堂々巡りになってしまう。
着替えを終えると、考えをリセットするのも兼ねて、茶を淹れ、一息入れる。推理に限らず、学業で何かしら詰まった時に行うジョナスなりの心機一転の方法。シャーロットの影響であった。
(とりあえず僕に分かるのは……あの人達を半殺しにしておくことが一番の利益になる、ってことだ)
身支度を整えたジョナスは寮の自室の扉を開け、薄曇りの外に出る。
長期休暇に入った彼に大きな課題は無い。厳密には、将来の研究を見据えた自主的な研究を推奨される時期だが、今の彼にはそれどころではなかった。
辻馬車でシャーロットの事務所近くまで行こうかとも考えたものの、結局徒歩で行くことにする。自分なりの推理が惜しく感じ、道中で整理したいと思ったからである。
(利益……って何だ? 生き残らせると何かの報酬を貰えるのか? それとも、今後何か悪いことが起こると思って、それを未然に防止したかったのか?)
昨夜シャーロットは、事件を繋ぎ合わせると全体像が浮かんでくると言っていた。
しかし、学生であり、探偵助手になって日が浅いジョナスには、どこに線を伸ばすべきか想像もつかなかった。
それでも、ジョナスの足はシャーロットのいる事務所に向かう。途中、顔見知りの店主達に声をかけられたものの、気もそぞろな返事をし、足を止めることない。
気が付けば、『シャーロット・ヘレナ・オーム探偵事務所』の扉前に辿り着いていた。ジョナスはノックをする。
『来たか、ワッツ君。入りたまえ』
「失礼します」
鍵のかかっていない扉を開けて一歩足を踏み入れると、昨日ジョナスが来訪した時より散らかった屋内が出迎えた。
「うわ……」
『今手を離せない。悪いが書斎まで来てくれ』
最低限の足場だけ空いている廊下を跳ぶように歩き、ジョナスは部屋の奥に進む。
書斎の扉を開けると、昨日よりも散らかった様子の室内が目に飛び込んだ。
「その……昨夜から一度でも寝たんですか?」
「うん? 先ほど小一時間ほど仮眠して、脳を整理したばかりさ。まあ、そこの椅子に座ってくれ」
書斎の床には大きな縮尺の地図が広げられている。機械科か建築科が扱う図面用紙ぐらいのサイズはあるだろう。そこには様々な色のインクで丸印や矢印が書き込まれており、ところどころにはピンが立っていた。
「これは……これまでの事件の場所ですか?」
「ああ。そこに、この街の各種地図や私が以前から気になっていた別の事件群との照合を行ってみたんだが、いくつか興味深い傾向が見えてきた」
壁に立てかけていた指示棒をシャーロットは持つ。
「まず第一に、一連の犯行を紐解くと、およそ十日前後に一度の周期で繰り返していることが分かった」
「十日? 月の満ち欠けか何かですか?」
「ワーウルフの類が月齢に影響されて、暴行や傷害の犯行に至る前例はあるらしい。が、この五年間の犯罪統計によれば、その殆どは衝動的かつその場で逮捕されている。この一連の事件の傾向には当てはまらない」
まるで目の前に資料があるように、シャーロットはそらんじてみせる。
「おそらく犯人は、被害者達が何かを成し遂げるのを待って、その後に襲撃している。いわば『収穫』だ」
「収穫ですか? 狩りじゃなくて?」
「思うに、犯人は被害者に怨恨があるわけではない。殺さず、しかし事情聴取もできない程度に痛めつけてきているのも、被害者の身柄そのものに重きを置いているんだ……まるで、果実を貯蔵庫に入れるようにね」
シャーロットの推理に、ジョナスは少し考え込む。
「収穫ってことは……場所も重要ってことですか?」
「ほう。そう考えた理由は?」
「実家が田舎で、田畑とか農園とかよくあったんですよ。地面の状態で植える作物決めたり、作物同士が喧嘩しないように距離を取ったり、そういうのを『収穫』って言葉でふと思い出しまして」
「良い着目点だ。そこの地図の、赤いピンを立てたところを見てくれ」
シャーロットに言われるがまま、ジョナスは床の地図に目を落とす。都市の西半分に点在するそれをはじめは首を傾げて見ていたが、ふと何かに気付いたように踏み台に上がって見下ろした。
「これは……図形?」
「そう。被害者が襲われた箇所をつないでいくと、未完成ながら点対称を髣髴とさせる図形になっている。まるで誰かが事前に描いていたのをなぞるように、ね」
「それも犯人の仕業ですか?」
「いや。これはおそらく、被害者達の行動を、犯人が追った結果だろう。ミズ・サーフから貰った『計画』を覚えているかい?」
「確か、都市の下水道を浄化するという……」
そこでジョナスははっと表情を変える。
「被害者達は、それぞれが襲撃された地点の地下に何かを仕込んでいる?」
「そう考えたなら、次はどう行動する?」
「えっと……事件現場付近のマンホールから入って、下水道の調査を行う、とかですか?」
「それだけでは五十点だな。闇雲に探していては時間がかかるし、我々は民間人だ。スミス警部のコネで水道局に掛け合っても時間がかかるだろう。というわけで――」
シャーロットは地図の一点を指示棒で指し示す。海に面する工業地区に立つ赤いピン、その傍の海岸だ。
「ここでは海に直接下水を流している。この辺りの排水口からなら簡単に忍び込めるはずだ」
「見つかったらどうするんです?」
「その時はスミス警部の名を出せばいい。これまでも何回かそうやってやり過ごした」
あっけらかんと答えるシャーロットに、ジョナスは若干唖然とする。それをよそにシャーロットは話を続けた。
「ともかく、調査をして何かが見つかれば、今度はそれを元に次を予測できる……少し準備をしてから出かけようじゃないか」
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