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シャーロット嬢の事件簿  作者: 二束三文文士
勇者の人探し
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クルシブル・ヤード

 クルシブル・ヤード。

 人魔都市国家の中央、国政地区に居を借りるそこは、クルシブルの治安を守る正義の組織である。

 月が天を流れる真夜中でも、人間や魔物を問わず出入りは絶えず、それ故にシャーロットとジョナス、二人の来訪を訝しむ者は誰一人としていなかった。

「さて、ここに来るのも久しぶりだな」

「確か、僕が雇われる前の話でしたっけ」

「ああ。私の推理が正しければ、『彼』はまだいるはずだ」


 アイロンの入った制服や、ガラ悪く着崩した半袖姿の諸々に混じり、ジョナスを連れたシャーロットは一直線に窓口の一つに向かう。少し疲れた様子の婦警が担当だった。


「ご用件がありましたら、所定の書類を予め書いてから――」

「ジョン・スミス警部を呼び出してくれ。アポイントメントは取っていないが、『オームが来た』と言えば分かるはずだ」

「……? はあ、一応聞いてはみますが……」


 殆ど気乗りしないようすで受付婦警がそう言うと、内線の電話機を持ち上げ何らかの番号を入力する。少し遅れて、くぐもったおそらく中年男性の声が受話部分から聞こえてきた。


「はい、シェリルです。警部の名前を持ち出す、男装の女と学生風の青年が訪ねてきてまして……え? 女性の方はオームと名乗ってますが……あ、はい。分かりました」


 今にも眠ってしまいそうな瞼を開くと、婦警……電話口ではシェリルと名乗ったその女は、背筋を正しながら立ち上がってシャーロット達に向き直った。


「ただいま、スミス警部が参ります。失礼ですが、今しばらく、そちらの待合席にてお待ちください」

「うむ。すまなかったね」


 笑顔で答えたシャーロットは、婦警が指し示した革張りのソファに腰かけた。ジョナスもそれに倣う。


「その、スミス警部というのはお知り合いなんですか?」

「ああ。私が数十年前にここに移住した時、彼は新人の警察官だった。初仕事で出会った縁で、今でもお互いに持ちつ持たれつの関係が続いてる」


 微細な意匠が施された黒傘の柄を弄びながら、シャーロットは『関係者以外立入禁止』と記された扉に視線をやる。するとそれが合図かのように扉が開き、大柄ながら小太りの中年男性が姿を現した。


「久しぶりだな、オーム君。元気にしていたかね」

「ああ、スミス君。そういう君はどうやら徹夜続きのようだな」

「全くだよ……おや、新しい助手を雇ったのかね」


 シャーロットと同時に立ち上がったジョナスを見て、スミス警部は握手を差し伸べた。


「ジョン・スミスだ。警部をやっている」

「ジョナス・ワッツです。よろしくお願いします」


 握手に応えると、体格相応の握力がジョナスの手に伝わる。


「さて、せっかくだから茶の一つでも出してやりたいが……何の用で来たのかね」

「ここでは何だ。君のオフィスに案内してくれたまえ」

「それは私が決めることで……はあ、分かったよ」


 親しげながらも有無を言わさぬシャーロットの物言いに肩を竦め、スミス警部は二人を連れて今出たばかりの扉に引き返した。


「君がアポ無しで来るときは、いつも面倒事だと相場が決まっている」

「そう言わないでくれ。この間の誘拐事件の貸しがあるだろう?」

「いつもそれだ。貸して、ようやく返したと思ったら、また貸してくる。まるで悪徳銀行だ」


 軽口を叩き合いながら、スミス警部は自分のオフィスの扉を開ける。乱雑に書類やファイルが積み重なった来客用テーブルに強引にスペースを作り、そこに二人を通す。


「アイスティー……もとい、冷めた奴しかないがそれでいいかね?」

「いや。少し急ぎの案件だから、話をさせてほしい」

「相変わらず強引な……それで、何かね」


 観念したように二人の向かいにスミス警部が座る。


「単刀直入に言おう。この九か月で起きた、連続暴行事件の捜査資料を見せてほしい」

「……何故それを調べようと?」


 それまでの暢気そうな様子から一転して、スミス警部の顔が険しいものに変わる。


「依頼人との守秘義務があるから言えない。しかし、君を徹夜続きの生活から解放させる一助になると断言しよう」

「…………参ったな。この部屋に盗聴魔法でも仕掛けたのかね、君は」


 しばしの沈黙を挟み、スミス警部は観念した様子でデスクから一冊のファイルを持ってきた。

 『身元不明者連続殺人未遂事件』と題されたそれを開くと、凄惨な写真がシャーロットとジョナスの目に飛び込んだ。


「ほう」

「うわ……うっ」


 新聞記事とは比べ物にならない光景に、ジョナスは思わず吐き気を覚える。それを見たシャーロットは、彼と向き合いその胸に人差し指を当てた。


「すまない、私の配慮が欠けていた。気分が落ち着くまじないをかけてあげよう」


 何らかの模様を胸に描くようにシャーロットの指先が動く。指を離すと、今にも漏れ出しそうな吐き気が収まったのをジョナスは感じ取った。

「あ……ありがとうございます」

「君はあくまで助手だ。無理して見なくてもいい」

「いえ……助手だからこそ、続けさせてください」


 椅子に座り直したジョナスを見て一瞬口角を綻ばせ、シャーロットはファイルに向き直る。

 似顔絵と大まかな場所しか載っていなかった新聞と異なり、そこには詳細な情報が綴られていた。被害者の背格好、年齢、所持品、怪我の度合。特に、負傷については注目すべき傾向があった。


「全員手首から先、両手全体を複雑骨折していて、下顎の骨が粉砕している、と」

「あまりの偏執ぶりに、捜査本部では同一人物の犯行と考えている……が、それ以上捜査を進展できないでいる。何せ被害者への事情聴取が口頭でも筆記でも不可能だ」

「横からすみません。それって、魔法とか秘薬とか、そういうので治せばいいんじゃないですか?」

「良い質問だジョナス君。だが現実はそう簡単じゃない」


 たまたま開いていたページの被害男性の負傷箇所を指差しながらシャーロットが解説を始める。


「魔法も秘薬も『怪我を塞ぐ』あるいは『症状を緩和』させるためのもので、時間を巻き戻すように治すことまではできないんだ。ついさっき私がかけたまじないも、あくまで嘔吐症状を鎮めただけで君の恐怖心を克服させたわけではない」

「昔私もオーム君に同じことを聞いたものだよ」


 スミス警部が苦笑しながら頭を掻き、シャーロットの言葉を継ぐように続ける。


「これぐらいの重症になると、腕の良い整形外科医の管理下での治療になるし、おまけに怪我が治ってもきちんと動かせるようリハビリテーションも必要でね。全力で治療に当たらせているが、それでも事情聴取できるまでには数年はかかるとの診断だ」

「そうですか……最初の事件が三か月前だから、その時の被害者でさえ厳しそうですね」


 そこでジョナスは、シャーロットが食い入るように被害者の写真を観察していることに気付いた。正面、側面、頭頂部。時折、合綴されている診断書や、事件現場に関する捜査資料も確認している。


「オーム君。今すぐは無理だが、明日にでも被害者に会ってみるかね? 張本人達を見て分かることもあると思うが……」

「いや……その必要は無い。この事件の解決は私達の直接の目的ではないからね」


 最後の一ページまで読み通したシャーロットはその場から立ち上がった。ジョナスも慌ててその後に続く。


「ありがとう。おかげでこっちの案件が捗ったよ」

「そりゃ何よりだ。せっかくだ、部下の土産の菓子があるから持って行ってくれ」

「気が利くね。ちょうど甘味が欲しかったところだよ。ワッツ君、受け取ってくれ」

「はい」


 紙で個包装された菓子を受け取ったジョナスは、それを鞄に入れる。


「それじゃあ、これで失礼するよスミス警部」


 クルシブル・ヤードを後にした二人は辻馬車かタクシーを探そうとしたが、深夜ともなるとどちらも姿が無かった。


「どうせ我が家からはそう遠くない。歩こうか」

「そうですね」


 二人が歩き出すと、クルシブル・ヤードから離れるにつれ人通りもまばらになっていった。しばらく二人の間には沈黙が流れるが、先にジョナスが破る。


「被害者の中に、サーフさんの弟さんらしき人はいましたか?」

「幸か不幸か、いなかったよ。ミズ・サーフの外見的特徴や血液型と一致するのは誰一人としていない。染髪や顔の整形も考慮したが、スミス警部から見せてもらった被害者の中にその痕跡は無かった」

「ということは、事件は振り出しに戻ったわけですね……」


 ジョナスは、先程の被害者達が、マーガレットから貰ったリストの過半数を占めていたことを密かに数えていた。

 残る面々の中には素顔も本名も不明な者がまだ何人か残っている。

 この街のどこかに潜んでいるであろう彼らを見つけるのは不可能ではないかとさえ彼は考えていた。


「いや。手がかりはそれなりに得られたよ」


 そんなジョナスの内心を見透かしたかのようにシャーロットが答えた。


「今我々は、『浄化計画』に参加しているミスタ・ヘリオの発見と保護のために、一連の傷害、改め殺人未遂事件を精査する必要がある」


 教師が指示棒で教えるように、シャーロットは傘を持ち上げる。


「少々情報量が多いので今すぐそれらの答えは出せない。しかし今回の捜査資料を分析すればおのずと真相に近づくはずだ」


 とある交差点に差し掛かると、シャーロットは足を止めてジョナスに顔を向ける。


「そしてその仕事は私の役割だ。今夜はもう遅い……君は寮に戻ってゆっくり休みたまえ」

「分かりました……あ、これさっきのスミス警部からのお菓子です」


 鞄から出された菓子を受け取ると、シャーロットはその場で包みを開ける。粉砂糖がまぶされた焼き菓子。シャーロットはおもむろにそれを一口齧った。


「うむ……美味しい」


 冷静な印象を受ける彼女の顔が、甘味で綻ぶ。


「オームさんって、甘党でしたっけ」

「その通り。脳には糖分が効く。酒も嫌いではないがね」

「そうでしたか……今度手土産を買う時の参考にします」


 ふとジョナスが見上げると、空に星が瞬いているのが視界に入った。


「こうして夜空を見てると、昔を思い出しますね。妹と星座の言い合いっこして遊んだものですよ」

「星座、か……」


 最後の菓子のひとかけらを口に放り込んだシャーロットも、ジョナスと同じ方向を見上げた。


「ワッツ君は、探偵の仕事……特に、推理というものをどう思っているかね」

「それは……地道に調査や聞き込みをして、着実に証拠を固めていく、って感じですかね」

「なるほど。それには同意するが、私にはもう一つ別のことも考えていてね」


 傘の先端で夜空に浮かぶ星々を指してシャーロットは続ける。


「事件を一つ一つ探るのもいいが、それではただ星を一つ一つ眺めているだけに等しい。しかし繋ぎ合わせていくと、大きな星座が浮かび上がってくるものだよ」

「大学の先輩を思い出しますね。その人は、二つしかない実験結果に相関性があると言い張って留年しましたが」

「それはご愁傷様だ」


 ジョナスの話に笑って答えつつ、シャーロットは傘の石突を地面に打ち付けた。


「ともかく、私はこれまでの調査結果を一旦まとめてみるとしよう。明日の午後に来てくれ」

「分かりました」


 そう言うと、シャーロットとジョナスは差し掛かった交差点でそれぞれ別の方角へ向かった。

 シャーロットは事務所へ。ジョナスは寮の自室へ。

 一人になったジョナスは再度星空を見上げた。


「事件は星座、か……」


 故郷と比べて、クルシブルの夜空は暗く、星もまばらに見える。

 見慣れた星座も欠けている有様に、ジョナスは一抹の不安を覚えた。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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