依頼の精査
警察の検分と事情聴取から解放され、ジョナスとマーガレットはそれぞれの帰路に就いた。
マーガレットの身分と行先を聞いた警察が、半ばジョナスから奪い取る形で彼女との同行を買って出たためだ。
ジョナスはその処遇に口を挟むことは無かった。当初の目的であるマーガレットの送迎は公権力に任せれば済む。それに、マーガレットが咄嗟に彼のことを「道案内をしてくれた親切な学生」と説明したのも理由の一つだった。
マーガレットは、それまでの足取りを辿られたくはない。ジョナスも、彼女がつい先程まで探偵事務所にいたと証言することはできない。
両者の思惑が合致し、加えてたまたま介入した警察も降って湧いた要人警護の仕事を優先するがあまり、「偶然出くわした窃盗犯相手に正当防衛をした」以上の詮索をされることは無かった。
夜道に気を付けるように、との形式的な注意を受けたジョナスは、自分の学生寮ではなく、シャーロットのいる探偵事務所へと向かう。大学から帰った時の荷物をそのまま置いているからだ。
途中、何かの手土産になればと、早刷りのゴシップ記事がメインの新聞を自分の夜食ついでに買った。
「……ただいま戻りました」
「お疲れ様。出てからの時間を察するに、どうやら警察の『お世話』になったみたいだね」
「ええ。そんなところです」
ショットグラスに注いだジョナスの血を飲みながら、シャーロットは軽口を叩く。それに疲れた様子で受け答え、ジョナスは助手用の椅子に腰を掛けた。そして自分の空腹に従い、夜食替わりの総菜を食べ始めた。
「自分より年下の依頼者の送迎を任されたのに、結局荒事はその子任せで……何というか、助手として、人として、色々情けない限りです」
「そう悔やむことは無いさ。相手は勇者。竜を屠り、巨人族を縊り殺すとも言われる程の実力者だ。そんな勇者でも手に負えないなら、その国の存亡に関わると言ってもいい」
「……それなら、なんでわざわざ僕に送らせたんですか?」
自分が役に立たないことが前提かのような言い草に、ジョナスは思わずむっと言い返す。
雇われた当初は雇用者、被雇用者の関係で恐縮していたが、シャーロットがそのような形式上の関係に固執するような人物でないと次第に分かり、時折言い返すようになった。
「その点については誠心誠意謝罪しよう。依頼の場以外でなら、ミズ・サーフが何か本心を打ち明けるんじゃないかと思ったからさ」
「そういうのはあらかじめ言っておいてください。僕もそれに合わせてきちんと対応できるので」
「うむ、それは本当に悪かった。次から気を付けよう。だがそれは置いておいて、得られた情報も多分にある」
ジョナスが外出してからいくつも広げていた文献や資料の間を行き交いながら、シャーロットは待っていましたとばかりに口を開く。
彼女のそのような言動を、パートタイムながら存分に味わってきたジョナスは、受け流す術を心得ていた。
「まず、彼女が名乗る勇者の身分の真偽だ。彼女が勇者を偽っているか、あるいは勇者の影武者である可能性をも考えていたが……その窃盗犯相手の顛末を聞く限り彼女は正真正銘の勇者、マーガレット・サーフと断言していい」
「それは、確かに……サーフさんの身分や見た目を偽ってまで、うちの事務所に依頼に来たり、国ぐるみの行事に参加させたりするとは考えづらいですよね」
道中の雑談で目にしたマーガレットの言動を思い返し、ジョナスはシャーロットの意見に同意する。
影武者なら自分の役割に徹し、それ以外の事柄は可能な限り避ける――すなわち、雑談や不意の暴漢に咄嗟に対応できないはずである。
「次に、君達が出て行った後、集めていたスクラップ記事を調べていたんだが……ミスタ・サーフが入院していたとされる医療機関は実在していた」
「新聞にも載るぐらいの、大きいところなんですか?」
「ああ。ただし……前代未聞の事故を起こしたところとして、だがね」
一冊の、丁寧に切りそろえたスクラップ記事が貼られたノートをシャーロットは投げて寄越す。そこには、『中央病院、深夜に爆発事故』と、およそ一年前の日付を添えて記されていた。
「君を雇う前のことだが、その事件に関して個人的に色々調べたことがあってね。発見された薬品が非医療用の劇物であったり、公式発表と死者数が異なったりと、色々後ろ暗いところであったみたいだ」
「じゃあ、サーフさんの弟さんは……」
「それは心配ない。ミズ・サーフから提供された資料……その病院のカルテによれば、その事件より前に退院していると医師の署名付きで書かれていた」
最悪の想像をしていたジョナスは、ほっと胸を撫で下ろす。
「そして最後に。この街に潜入したというリストの面々だが、心当たりがある」
「えっ。それは一体」
「と言っても、直接会ったわけじゃない……直近なら、この新聞記事だな」
ジョナスに渡したノートをいったん取り上げると、別のページを開いて返す。今度の記事には『商業地区にて傷害事件 身元不明の男性重体』と記されており、被害者のものとされる似顔絵が添えられていた。
「リストでいえば……この男の特徴と近しい」
「言われてみれば……でも、これぐらい似た顔だったら割といるような」
「これだけじゃない。今日までのおよそ九か月、被害者が身元不明の傷害事件十件以上起きている……その内の半分は、このリストに載っている人物だ」
「半分も」
「一人だけなら偶然かもしれない。が、この人数はもはや意図的なものと見ていいだろう」
シャーロットの言葉で、ジョナスの脳裏に最悪の想像が過ぎる。マーガレットの弟ヘリオは、一連の傷害事件に巻き込まれているのではないかと。
「少し、落ち着きたまえ」
そんなジョナスの感情を表情から察したのか、シャーロットが彼の傍らに近づく。
「おそらく君はこう考えている。『ああ、サーフさんの弟君がそんな異常事態に巻き込まれていたらどうしよう』と。しかし非情な話だが、当人が被害に遭ってない限り、今言った事件は『たまたま同時期に起きた』出来事でしかないんだ」
「それは……そう、ですね」
冷酷ながらも事実を述べるシャーロットに、ジョナスは渋々ながら同意する。
「しかし一方で、私達には幸運が降ってきたとも言える……刑事事件の、それも身元不明の被害者ともなれば、入念に調査をされるものだ」
「ということは、その被害者を探ってみたら……!」
はっと気づいたジョナスが立ち上がったその時には、シャーロットは外出の準備を始めていた。
「情報は足で拾う……まずは警察を探るぞ、ワッツ君」
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