終わりが始まり
昼。
ようやく村に到着した警察達は、事前の通報と異なる状況に驚きと戸惑いを隠せなかった。
器物損壊事件の犯人として聴取するはずの容疑者が、生死の境を彷徨う重傷を負っているのだ。
当然、まず被害者であるインビル家による報復を疑った。誂えたようにその家で使役している自動人形が居合わせているため、当然のことと言える。
ところが当主であるクレド・インビルは自分達の指示では無いと否定した。
「そうは言ってもねえ……あんたらが指示を下せば、簡単にできるでしょうが」
捜査班の一員として来ていたクライブ刑事は、その主張を子供じみた嘘だと切り捨てる。
「インビル家のことは私だって知ってる。大昔人形の軍団を作ったとか。そのぐらい上等なのなら、人殺しの一つや二つ簡単にできるでしょうよ」
「ですが……あの侍女人形は家事や給仕ぐらいしかさせていなくて、屋敷の外には使いでも出したことがないんです」
「容疑者は大抵そう言います。『虫も殺したことないんです』と言ってた小娘が、ナタで元カレの頭をかち割った事件だってあるんだ」
「失礼、ミスタ・クライブ」
品の無い物言いでクレドを追い詰めていくクライブ刑事に、シャーロットが諫めるように声をかけた。
「あんたは……ああ、スミス警部のお気に入りの探偵様ですか。なんのご用で?」
「ミスタ・インビルが本当のことを言っていると、保証したくてね」
「保証だって?」
「そう。私と助手のワッツ君は一昨日からしばしば彼と一緒にいたんだが、彼が侍女人形に命令を下した様子は無かった」
「そうは言っても、指示の出し方なんていくらでもあるでしょう。『あいつに礼を言っておけ』とか」
「生憎、自動人形にそういう言外の意味を読み取る機能は無い。直前の命令をこなすぐらいだ」
「そ、そうです。何百年と研究と開発を重ねてきましたが、そこまで高度な知能は有しておりません」
シャーロットの言葉にクレドも賛同する。それを見たクライブ刑事は面倒くさそうに頭を掻いて告げた。
「私に人形のご高説を垂れても無駄です。経緯はどうあれ、あんたらの『モノ』が人を傷つけたことに変わりは無いんだから」
「そんな……」
「とにかく、私はあの患者と一緒にとんぼ返りさせてもらいますよ。あんたらのせいで急に仕事が増えたんで」
そう言うと、クライブ刑事は警察用の馬車に乗り込み、御者に急ぐよう伝えた。
馬車にはイャスが同乗している。彼の応急処置は済んだものの、それ以上の治療はインビル村では行えないためだ。
村を足早に立ち去る馬車と入れ替わりに、詰め所の方から疲れた様子のヴィナスが戻ってきた。
「ただいま……」
「どうなった?」
「産業庁に安全性の調査報告をするまで、使用禁止ですって。それまでは証拠物件として、自警団が預かっておくと」
「そうか……くそ」
明らかに気落ちした様子でクレドが悪態を吐く。
「開発してからずっと、こんなことなんて起きなかったのに……このままじゃご先祖様に顔向けができん……」
「えっと……付喪神というのをご存知ですか、インビルさん?」
迷いながらも口を開いたジョナスに、クレドとヴィナスの二人は同時に顔を向けた。
「ツクモガミ?」
「東国の人々に伝わる言葉です。愛された物にはそういう神が宿り、意思を持つようになると信じられているとか」
「はあ……しかし、あの人形にそんな機能は――」
「型番を見て思ったんですが……あの人形って娘さんの身体を作るための試作品じゃないですか?」
ジョナスがそう言うと、クレド達は目を丸くする。
「ええ……その通りです」
「ほう。君がそこまで推理できるようになるとは」
それはシャーロットも同じであった。
「何となくそう思っただけです。ただの小間使いにしてはすごく丁寧で、一つ一つ丹念に作られているから……それで、言いたいのはこれからなんです」
そう言いながらジョナスは、一昨日のレクトの作品を思い出していた。
「きっとインビルさん達は人形を作っている最中、『娘をこうした奴を許せない』って考えてたんじゃないかと。そうしている内にその思いが伝わって、ちょっと意思みたいなのができたんじゃないかなー……なんて、慰めにもなりませんねこれ」
苦笑いを浮かべ、後頭部を掻きながらジョナスは続けた。
「とにかく、そんな感じであの人形は……あの子達は、インビルさん達の無念を晴らしたかったんだと思います」
「…………」
ぽかんと口を開ける二人を見て、ジョナスは気恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
「ごめんなさい! 人ひとり死にかけているというのに、こんな不謹慎なことを――」
「それよ……」
「え?」
「それよ、それだわ!」
突然、ヴィナスが喜色満面になって両手を合わせた。クレドも、長年の疑問が氷解したような明るい表情になっている。
「VIN-INB4までは、うちで抱えてる職工達による分担作業で作ってたの。それに対してVIN-INB5は私と父の二人だけの共同作業で作っていた……それで、設計以上の性能で考えたり、臨機応変に動いたりすることができてたんだわ!」
「確かに……VIN-INB4は簡単な雑用すら失敗することがあったが、5についてはそれが無かったな……!」
「あの……インビルさん?」
興奮した様子の二人を見て戸惑うジョナスの手を、ヴィナスが握る。
人形の腕にも関わらず、さながら血の通ったような熱がジョナスの手に伝わった。
「ありがとう! 実はうちの人形作りも技術が頭打ちになってたから、ホムンクルスを使った6の構想に至ったの。それは維持するとしてもこれは……技術の革新だわ!」
「その、どうも?」
「貴方のお陰よ、ワッツさん! おかげで生きる気力が湧いてきたわ!」
ジョナスの手を離したヴィナスは、今度は父クレドの腕を握った。
「行きましょうお父様! 産業庁の報告もそうだけど、これで我が家は新たな高みに立てるはずよ!」
「うむ! あんなゲス男のこと考えてる暇なんかないな!」
「では、失礼しますわお二人とも! また何かの機会にお越しくださいませ!」
底抜けの笑い声を上げながら屋敷に引き返していく二人を、今度はジョナスがぽかんと口を開けて見送った。
「なんか……これで良かったんですかね?」
「いいんじゃないか。私ではああいう励まし方は出来なかった」
ジョナスの肩に手を置きながら、シャーロットが続ける。
「どうあれ、彼女達は生きる気力が湧いたんだ。それもまた、復讐の形の一つじゃないかね?」
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