復讐劇
翌日。
インビル家の連絡を受けた自警団は、牢に閉じ込めていたイャスを釈放した。
他ならぬ被害者である彼らが訴えを取り下げた以上、彼らに彼を閉じ込めておく理由は無い。
「ふん……この報いは必ず受けさせてやるぞ」
「……どうぞ」
吐き捨てながら立ち去るイャスを、団員の一人は事務的な対応で見送る。
イャスの言うことはてんで的外れな捨て台詞でしかない。それでもインビル家――長年村を支えてきた存在に仇為した者を看過するということは、団員にとって耐えがたい出来事であった。
「……おや」
イャスが大袈裟に服についた埃を払っていると、大きな馬車が詰所の前に止まっているのを見つけた。
国賓級の来客があった時のみに使用される、長大な客車が特徴的なモデル。その側面には、インビル家の家紋が記されている。
「ジェル様。お待ちしておりました」
その客車から、一体の侍女人形が降りて恭しくお辞儀をした。それにはイャスも見覚えがある。祝賀会で給仕役として動き回っていた内の一体だ。
「ほう……ヴィナスの家も、少しは恥というものを知っているようだな」
「その節は、失礼申し上げます。どうぞ、迎えの馬車にお乗りください」
「うむ、ご苦労」
囚人の立場から一転、丁重な迎えられ方に気を良くしたイャスは言われるがまま馬車に乗り込む。
馬車の中には、応対した一体の他にも大勢の侍女人形が直立不動で待機していた。
それらに囲まれた中心には、高級の酒とそれに見合うつまみが備えられており、豪奢な椅子が座る者を待ち受けている。
「これはこれは……よっと」
イャスがそこに座ると、最寄りに待機していた侍女人形が動き出し、酒を注ぎ、いくつかのつまみを見繕って小皿に並べる。
それらを口に含むと、塩味を中心とした芳醇な味わいと、口内に広がる香りがイャスの神経を刺激した。
「これは……すごいな。こんなもの、今まで味わったことが無い」
「喜んで頂いて何よりです」
出迎えの侍女人形が乗り込んで後ろ手に扉を閉めると、独りでに馬車が進みだす。
二口目を堪能したところで、ようやくイャスは違和感に気付いた。
「おい……これはどこに向かっているんだ。宿に荷物も残しているんだぞ」
「…………」
侍女人形達は直立不動のまま答えない。
行先を命じてやろうとイャスが御者席を望む小窓を開けると、手綱を握っているのも同型の侍女人形のようであった。
「おい、聞いているのか!」
「…………」
またしても侍女人形は答えない。
扉前の一体を押し退けて扉を開けようとするイャスであったが、鍵がかかっているためか、ドアノブは微動だにしない。体当たりで開けようにも、頑丈でしなやかな木材でできたそれは、成人男性一人の勢い程度は軽くはねのけた。
「一体何を――」
「お待たせしました」
馬車が不意に立ち止まる。イャスが窓の外を覗くと、そこは村の共同墓地の前であった。
なだらかな丘にできた墓地の頂上には、『インビル家』の墓石が鎮座している。
「ここで、何を……?」
気が付けば、イャスの周りには無言で侍女人形達が近づいてくる。まるで目を合わせたら動きを止める遊戯のような動きで。
「おい、何か言えよ……おいっ……!?」
「…………」
侍女人形は答えない。
代わりに、イャスの文句を遮るようにその左手にナイフを突き立てた。
馬車の中に、悲鳴が響き渡る。しかしそれが外に漏れることは、一切無かった。
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「では……この度は、お手を煩わせてしまい恐縮です……」
その頃シャーロットとジョナスはインビル家の一同に見送られて、屋敷から、そして村から発とうとしているところであった。
「いえ。結果的にではありますが、ミズ・インビル達の計画を阻害した形となりました。謝罪こそしませんが、その心中はお察しいたします」
「ありがとうございます……おそらく、主神が『復讐などやめよ』と御意思を示されたのでしょう」
たった一晩で――否。シャーロットに企みを看破された時点で疲れ果て、老け込んだ様子のヴィナスは、空元気めいた笑みを浮かべて答える。
その様子を案じたジョナスは、少し考え、彼なりの心配をかけた。
「その……これからどうなさるおつもりですか? あ、いえ。僕の目から見ると、自動人形もホムンクルスも完璧な技術のように見えるので」
「そうですね……何か、村の方々に役立つことでもやって、過ごそうかと思います」
無気力に答えるヴィナスに、ジョナスは苦笑いを浮かべることしかできない。
何か話題を変えることはできないかと辺りを見回し、ふとあることに気付いた。
「そういえば、人形達はどうしたんです? 何か別の用事でも言いつけているので?」
「いえ……? 命令が無い限りは、所定の位置で待機するよう設計しているのですが……?」
ジョナスの言葉でようやく違和感を覚えたのか、ヴィナスも、クレドも、ポシーも、不思議そうな表情で辺りを見回す。
その中、シャーロットは玄関から村にまで続く、通路の足跡に着目していた。
「この足跡……まるで、軍隊でも通ったように規則正しいな」
「おい、大変だ!」
ちょうどその時、村の方から一人の男が息を切らしながら駆けつけてきた。その男はジョナスにも見覚えがある。村の自警団の一人だ。
物々しい雰囲気を感じ取ったクレドは、恐縮しきりな態度から一変して、険しい表情で彼を出迎えた。
「どうした、騒々しい」
「い……インビルさんとこの馬車が、墓地の前に止まってたんだ。それで中を見たら、血塗れになっていて……!」
「何だと……!?」
「行くぞ、ワッツ君!」
自警団員の言葉を聞いたシャーロットは、即座にジョナスを連れて駆け出す。
村の共同墓地は、自警団の詰め所のすぐ近くにある。
迷いなくそこまでたどり着くと、野次馬に囲まれた一台の長大な馬車がそこに止まっていた。
「野次馬達を離してくれ」
「はい!」
ジョナスがシャーロットの指示に従って、特に客車の扉付近にいた村人達を大声で押しやっていく。
彼らがある程度離れたところでシャーロットは懐から包みを取り出し、中の細い金具で解錠を試みた。
「これで、開くはず……!」
シャーロットの言葉に答えるように、錠から甲高い金属音が鳴る。
慌てて開くと、自警団員の報告通り、中は血の海で満たされていた。
「これは……」
「う、あ……助けて……」
血の海の中心にいたのは、イャスであった。かろうじて息はあるものの、その意識は覚束ない。
「頼む、ワッツ君」
「はい……!?」
遅れて馬車に入ったジョナスは、惨憺たる状況に顔をしかめながらも、即座にイャスの救命に動いた。
彼の傷は腕と脚に集中しており、胴体には傷が無い。
不可思議な負傷を疑問に思いながら立ち上がったシャーロットは、そこでようやく周囲の状況に気付いた。
「これは……」
「「「「「「「「「「お疲れ様です、オーム様。どのような御用でしょうか」」」」」」」」」」
客車の壁沿い整列した侍女人形達が、一斉に首を垂れる。
その服は血に塗れ、足元には肉片のこびりついたナイフが、人形の個体数分転がっていた。
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