真実を告げて
夜。
既に太陽も地平線の下に沈んだ時刻、シャーロット達はインビル家の応接室にいた。
その場に居合わせているのはシャーロットとジョナスの二人に加えて、クレド、ポシー、ヴィナスの三人、そして、インビル家に使える侍女人形の一団である。
この一同が集まったのは、シャーロットが自動人形破壊事件の捜査結果を報告したいと告げたためだった。
「今宵や急な呼びかけにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
応接用のソファに座る三人を前に、シャーロットはうやうやしく一礼する。
「それで、何が分かったんだ。あの男が現行犯なのは確かだろう」
いかにもわざとらしいシャーロットの態度に対して、クレドは苛立ちを隠しもせず口に出す。そこに、ポシーとヴィナスの二人が賛同の意を示した。
「そうよ。あの人はうちのかわいい子を殺してしまったんだから」
「イャスにも事情聴取をしたのでしょう? 彼がうちの侍女を、その……破壊したのは確かなはずです」
「落ち着いてください。貴方達の仰ることは確かです」
手ぶりも交えてインビル家を制すると、シャーロットはふと声色を変えた。
「しかし、この自動人形破壊事件には裏がありました。ミスタ・ジェルは、いわば罠に嵌められてしまったのです」
「っ……!」
「あなた……!」
「……その根拠は?」
確信を込めて放ったシャーロットの言葉に、クレドとポシーの夫妻は息を呑み、残るヴィナスはシャーロットを見据えて言葉を絞り出した。
「イャスは……彼が、うちの人形を破壊するところを確かに見たんです。雇い主である私の証言を疑うんですか?」
「二つ、その発言に対して修正を求めます。まず一つ目、私は契約に従って動きますが、仮に雇い主が不利益を被ることになろうとそれは構わないのです」
指を一本立てながらそう言うと、シャーロットは続けて二本目の指を立てる。
「そして二つ目。ミズ・インビル、貴女は『目撃者としては』その場にいなかったが、犯行現場自体は目撃していた……違いますか?」
「それは……」
言い淀むヴィナスを見て、シャーロットはジョナスに命じて一冊の冊子を出させ、彼女に向き直った。
「貴女は大学院から研究所にかけて、とあるテーマで研究をしていたが、ある年を境にそれを一切合切取りやめてしまった……と、公的記録にはあります」
「それは……昔の話です」
沈黙を貫こうとするヴィナスを見たシャーロットは、遠慮なく話を続ける。
「思い出せないようなら、私が代わりに答えましょう。彼女が取り組んでいたのは、『異個体間の記憶の伝達』という研究だ。この論文を紐解くとどうやら貴女は、ホムンクルスを実験材料にして、生前の記憶を移し替えることができないか熱心に取り組んでいたらしい」
「…………!」
「仕組みはこうだ。『ホムンクルスAの記憶を、外部装置を用いて常時記録し続けておく。そしてAの生命活動停止を確認した瞬間、外部装置の記録をホムンクルスBの脳に書き写し、起動させる』……そうすると記憶と人格、更には体組織の組成が完全に一致する、Aの後継が出来上がる、と」
「……何が言いたいんですか?」
憤りを隠しもしないヴィナスに対して、シャーロットは立ち上がって彼女に歩み寄る。
「ミスタ・ジェルが破壊した侍女人形は、ホムンクルスを素体にしていた。これにある仮説を加えると、貴女の目撃証言の矛盾が無くなるのです」
「ちょっと……何をするんですか!」
ヴィナスの抵抗虚しく、シャーロットが彼女の髪をかき上げて首筋を確認する。
「そう……あの侍女人形が、『貴女自身』だったらね」
ヴィナスのうなじには、『VIN-INB6』の刻印が記されていた。
「くっ……」
「私の立てた仮説は、こうだ。まず貴女は侍女人形に成り済まして、ミスタ・ジェルをリネン室に誘い込んだ。そこで彼を挑発し、あらかじめリネン室に置いていた工具で殴らせるように仕向ける。そして侍女人形が死んだところで、その記憶を引き継いだ『貴女』を起動させた……こんなところですね」
「昨晩、地下への階段付近でオームさんがこれを見つけました」
ジョナスが取り出したのは、シャーロットが見つけた布の切れ端であった。
「それは……?」
「当時ミズ・インビルが来ていたドレスと同じ生地です。貴女の証言通りなら、通るはずの無い場所から見つかっています。私の推理に従えば、侍女人形の死後まもなく目覚めた貴女は、駆け足でリネン室まで向かった……その結果、自分の衣装が一部千切れたことに、気づかなかったのでしょう」
「っ……ですが、大広間で私が挨拶したのを目の当たりにしたでしょう?」
「ここの人形達はとても精巧です。顔を変え、命令を与えれば人間のように振舞うこともできる。それを例えば……インビル夫妻が本人だと言えば、皆信じ切ってしまうでしょう」
ヴィナスから離れると、シャーロットはジョナスの隣に座り直す。
「そして一連の行動の動機はミスタ・ジェルへの復讐、といったところですか。ここまで綿密なら、私達がいなかったら完遂できていたでしょうね……とまあ、捜査の最中私が考えた推理は以上になります」
「…………流石は名探偵、ですわね」
ヴィナスが長い、長い嘆息をする。
「何もかも仰る通りです。今ここにいる私は、記憶を引き継いだ人形……オリジナルの肉体は既に墓の下にあります」
うなじの刻印を撫でながらヴィナスは静かに語り出す。それをシャーロットは、表情を変えずに聞いていた。
「おそらくそのご様子だと、イャスと……あの人との間に何があったのかも把握してそうですね」
「推測はできます。例えば、ミスタ・ジェルが貴女の研究を横取りしようと、実験中の事故を画策……貴女は重い後遺症を負って引退を余儀なくされるも、彼は研究を引き継げる程の才覚は無く、程なくして研究所を放逐された、とかね」
その言葉に、シャーロットは自嘲するような笑いを零した。
「まるで心を読まれているようですわね。そんなに分かりやすいのかしら、私」
「過去の記録と、ミスタ・ジェルの言動から割り出しただけです。貴女の研究が他人の手に渡っているなら、新しい不老不死の術として研究されて続けているはず」
「そこまで評価してくださって、ありがとうございます……でも、もういいですわ」
崩れ落ちるように背もたれへ体重を預けたヴィナスは、天井を見据えた。クレドとポシーの夫妻が心配そうに彼女の腕に手を載せる。
「ヴィナス……」
「大丈夫……?」
「もう、疲れました……事故に遭ってから今まで、彼への復讐が生きる原動力だったのに、それが叶わなくなるなんて」
「彼は器物損壊の現行犯です。然るべき訴えを起こせば確実に勝てるかと」
「それでは意味が無いんです。彼には殺人の汚名を着せ、その咎をずっと背負っていてほしかったから……」
無気力に呟くヴィナス。
そんな彼女に、ジョナスは何と声をかけてよいものか思い浮かばなかった。
「警察は明日の昼頃には来るでしょう……彼らには器物損壊事件として報告させてもらいます」
シャーロットは淡々と、事務的にそう告げる。ヴィナスは諦めを隠しもせず答えた。
「では、私達は彼を訴えません……当初の目的が果たされないのなら、彼を罪に問うても意味はありません」
「…………」
再び嘆息するヴィナスを、部屋の片隅にいた侍女人形が見つめていた。
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