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二つの発見

 インビル村の自警団は、ここで唯一の警察組織である。

 喧嘩の仲裁や村を襲う魔獣の討伐、土木建築の手伝い等役割は多岐にわたる。

 しかし窃盗や暴行、殺人等の村の内々だけで片付けられない犯罪になると、最寄りの警察に通報しなければならない。

 そして彼らが村に訪れるまでの間、事件の容疑者達は詰め所内に設けられている留置所で過ごすことになる。

 シャーロットとジョナスは、村の一角にある詰め所を訪れていた。


「失礼。詰め所はここですか?」

「そうですが……あんたらは?」


 詰め所窓口の自警団員が、ぶっきらぼうにシャーロット達を見返す。


「ミスタ・インビルに雇われた探偵と助手です。昨晩、氏の屋敷で起きた事件の捜査のため伺いました」

「あー、あの男の! 現行犯だし、警察が来るまで何も無いかと思ってたよ」

「警察に引き渡すまでの、捜査の代理みたいなものです。それで、ミスタ・ジェルはどちらにいますか?」

「独房で不貞腐れてるよ。連れてくるから待っててくれ」


 そう言うと団員は、詰所の扉を抜けて奥に向かう。少し経って、手枷を嵌められたイャスを連れて戻ってきた。

 祝賀会のために着飾っていた服も、一晩独房で過ごしたためかくたびれて見える。


「面会だ」

「お前は、あの時のヘボ探偵……!」


 怒りに任せてシャーロットに殴り掛かろうとするイャスであったが、団員の力強い腕に阻まれる。

 そしてシャーロットとジョナス、そしてイャスは簡易的な取調室に通された。


「用事が済んだら声をかけてくれ」

「ありがとう」


 部屋を出た団員を見送ると、シャーロットは机を挟んでイャスの向かいに座った。それ以上椅子が無いので、ジョナスは彼女の傍に立つ。

 そんな二人を、イャスは憎しみに満ちた目で睨み付けた。


「お前達のせいで、とんだ目にあったよ」

「私達がいなければ、パニックになった来客達の手で殺人犯にされていただろうがね」

「ぐっ……」


 反論ができず言葉に詰まったイャスは、観念したように背筋を正す。


「それで、何を聞きたいんだ?」

「犯行の前後の話だ。貴方があの人形を壊した現行犯であることは間違いないが、動機が分かっていない」

「だから言ってるだろ。あれは酔った勢いで――」

「わざわざミズ・インビルと瓜二つの人形を壊した、と?」


 イャスの口が止まる。すかさずシャーロットは言葉を続ける。


「現時点までに集めた情報の範疇だと、貴方のことを警察にはこう言わざるを得ない。『容疑者は当時酩酊状態で、衝動的に侍女人形を誘い出したが、その機械的な対応に逆上して犯行に及んだ』、とね」

「ふざけるな! 俺はそんなことをしていないし、そもそも『あいつ』から誘い出してきたんだ!」

「誘い出した……?」


 ジョナスが疑問を思わず口に出す。一方シャーロットは興味深そうに質問を開始した。


「その話、詳しく話してもらえないだろうか?」

「ああ……そもそもあの祝賀会には、わざわざ旅費付きで招待状を送ってきたから参加してやったんだ」


 このままでは変質者扱いされると思ったのだろう、イャスは祝賀会に参加した経緯から説明しだした。

 わざわざ田舎くんだりまで参加したはいいものの、ほぼインビル家の身内だけという雰囲気で、一人で時間を持て余していた。

 すると、あの侍女人形が自分に声をかけて、内密の話があるからと大広間からリネン室へと連れてきたという。

 自己の弁護や正当化の言葉を省いた要点は、そのような内容であった。


「侍女人形が自ら呼び出した、と……どんな話をしましたか?」

「どんなって……『あの時のこととは忘れない』だの『恐怖で震えているがいい』だの、正直わけの分からないことばかりだったよ。それをあいつの……ヴィナスの顔で挑発的に言うものだから、ついカッとなって……」

「失礼。ミズ・インビルの顔だからということと、貴方が逆上したということの繋がりが分からないのですが」

「それは……」


 イャスはしばし逡巡し、考え込むと、意を決したように口を開いた。


「昔……彼女とは同じ研究所にいて、恋人だったんだ。それが彼女の起こした事故で疎遠になってしまった」

「そして、元恋人によく似た人形に罵倒されて、それが逆上の直接の原因になった、と?」

「そう、そうだよ探偵さん! 『あいつ』があんなことしなければ、俺だって何もしなかったんだ」


 無罪放免になるかもしれないと、イャスはシャーロットに媚びるような目を向けた。


「言っておくが私は弁護士ではないし、そもそも君は現行犯なんだ。弁明なら、インビル家にしてくれ」

「そんな……」

「さて、聞きたいことも聞き終わったし……出るぞ、ワッツ君」


 ジョナスを連れて取調室を後にしたシャーロットは、団員に声をかけて詰め所を後にする。

 外は快晴の一言につき、太陽も真上で輝いていた。


「そろそろ昼食を食べようじゃないか、ワッツ君」

「そうですね……あっ。ちょうどあそこに食堂があります」


 『満腹亭』と書かれた看板を見つけ、二人はそこに向かう。

 中に入ると、大勢の地元住民が食事を楽しんでいる。奥の方に空席があり、店員の案内でそこに着席した。


「何にします?」

「トーストと紅茶ぐらいにしておこう。君は好きなのを頼みたまえ」

「じゃあ僕はミートパイを」


 程なくして、二人に注文の料理が届く。しばらく食事に集中していたが、ジョナスが先に口を開いた。


「ひとまず、何故人形が壊されたのかって問題は解決ですか?」

「ああ。あの侍女人形がミスタ・ジェルを誘い出し、煽ったことで先に手を出させたんだ」

「……人形が他人を煽るって、できるんですかね?」

「主人の命令があれば、どんなことでもする。ホムンクルスの技術を使っていても、根本は同じだろう。問題は大勢の中からどうやってミスタ・ジェルを見つけ出したかだが……おや」


 シャーロットとジョナスが顔を上げる。

 三人の客がいつの間にか傍に立っており、険しい表情で二人を見下ろしていた。

 覚えのない敵意にジョナスは怯み、シャーロットは平然とその中の一人と目を合わせる。


「何か用かい」

「この村から出て行け、余所者」

「素晴らしい郷土愛だ。若者が少ないのも頷ける」

「二度は言わねえ。この一件から手を引いて、とっととクルシブルに帰りな」

「何も取って食おうってわけじゃねえ。あの糞野郎はこっちで始末をつけてやるから」

「それは困るな。私はインビル家と正式に契約を結んでいて――」

「いいから出て行け!」


 痺れを切らした客の一人がシャーロットに掴みかかる。

 それに対してシャーロットは、手に持っていたティーカップを軽く振り上げ、半分ほど残っていた中身を顔に浴びせかけた。


「うわっ!?」

「失礼」


 立ち上がる動作に合わせて、シャーロットの掌底が間近にいた一人の顎を打ち抜く。

 続けてその男を押し出して二番目の男にぶつけ、まとめて倒れ込ませる。

 最後にジョナスが持っていたナイフを取り上げて、紅茶の目潰しから復帰した三番目の男の喉に突き当てた。


「ぐっ……」

「誰の差し金だ」


 怯む男を、シャーロットは冷たい視線で見上げる。そこでようやく、『満腹亭』の店内はそぞろに騒然となる。

 喉に当てられたナイフのせいで男がうまく喋れないでいると、起き上がった二番目の男が慌てて彼女を制した。


「待ってくれ! これは俺達が勝手にやったことだ! インビルさん達は関係無い!」

「では何故私達を狙う。私達はただ事件を解決しようとしているだけだ」

「それは……あんたらが、あのジェルって男を人殺しじゃなくて『キブツソンカイ』にしようとしてるって聞いて……」


 男の言葉に、シャーロットは興味深そうに片方の眉毛を上げた。


「その話……詳しく聞かせてもらおうか」

「俺達は、あいつのことを知っていたんだ! ヴィナスお嬢様をあんな目に遭わせやがって……! それで、皆で口裏を合わせて懲らしめてやろうと……」

「それはインビル家主導でやったのか?」


 皮膚を割り、肉に刺さりそうな勢いでシャーロットがナイフを押し込むと、男はますます慌てた様子を見せる。


「違う、断じて違う! 俺達で勝手にやったことだ!」

「なるほど……」


 姿勢を崩さないまま、シャーロットが目だけを動かして店内の様子を窺う。

 すると、彼女との視線が合って顔を背ける者がいる一方、事態を理解できていない人々も、半々の割合でいた。


「分かった。その言葉、信じるとしよう」


 そう言ってシャーロットはナイフを引く。三番目の男は糸が切れたようにその場に膝をついて咳き込んだ。


「行こう、ワッツ君」

「は、はい。分かりました……」


 まだ半分も残っているミートパイを名残惜しく見つつ、ジョナスは店員に食事代の支払いを行う。すると、その視線に気づいた店員の一人が急いでテーブルに向かった。


「包みますので、ちょっと待ってください」

「あ、じゃあお願いします」


 店員は手際よく食べかけのミートパイを使い捨ての容器に詰め込み、ジョナスに手渡してくれる。

 その厚意に深く頭を下げ、ジョナスは先を進むシャーロットを走って追いかけた。


「私としたことが、こんな簡単な推理を見逃すとは」

「まさか村人さん達がジェルさんの来訪を知っていたなんて……」

「ああ。そうなると、この祝賀会は『仕組まれていた』可能性が高い」

「でも……インビルさん達と、村人さん達の共謀は無関係とも言っていましたよ」

「それとこれとは話が別だ。とにかく、ミズ・インビルとミスタ・ジェルが元同僚であったことを推理から外してしまっていた……ここだ」


 シャーロットは邸宅――レクトの家の玄関を強くノックする。遅れて、彼が雇う使用人の一人が扉を開けた。


「これはこれはオーム様。どのような御用向きで?」

「ミスタ・コアートと話がしたい。『古新聞の件』と伝えてくれ」

「……承知しました。こちらへ」


 表情を引き締めた使用人が二人を邸宅に招き入れる。

 そして応接室前を素通りしてレクトの自室まで案内すると、彼は二度その扉をノックした。


『何だ?』

「オーム様がいらしています。『古新聞の件』で話がしたいと」

『何……? 分かった、通してくれ』

「失礼します」


 使用人が扉を開け、シャーロット達をレクトのところに通す。彼は壁際の本棚の前にいた。


「ミスタ・コアート。緊急の用件がある」

「いつの『古新聞』だ?」

「ミズ・インビルが大怪我を負ったという、研究所の事故だ」

「研究所……五年前だな」


 そう言うとレクトは本棚の飾りの一つを握り、手前に引く。

 すると本棚の仕掛けが作動し、隠されていた扉が姿を現した。


「こっちへ」


 レクトの先導で二人は扉の奥に向かう。

 その中には地下室へ続く階段が隠されており、下りた先には無数の棚が整列する寒々しい空間が広がっていた。


「ここは……?」

「後ろ暗い商品も扱う美術商、とは表の姿。ミスタ・コアートには情報屋の顔もあるのだよ」

「口外しないでくれたまえよ。税務署にどやされてしまうからね」


 そう冗談を口にしつつ、レクトは五年前の年数の札が下がっている列まで案内する。


「インビル、インビル……あったこれだ」


 レクトが取り出したのは、『インビル家』と背表紙に書かれた一冊の分厚いファイルであった。

 受け取ったシャーロットが開くと、初代からの小さな肖像画や顔写真に添えて、当時の新聞記事やメモ書き、略歴に賞罰と詳しい情報が書かれている。


「昔我が家は、村の戸籍の記録係でね。村を出て散り散りになった連中のことも追っている内に、気づけば情報屋稼業ができるようになったのさ」

「そういうことでしたか」

「……あった。ヴィナス・インビルの項だ」


 ほぼ巻末に近いページに、ヴィナスの顔写真が貼られている。そこに添えられた略歴に目を通し、ある行からの記述をシャーロットは読み上げ始めた。


「『クルシブル大学院人造生物科にて博士号を取得。同年に国立研究所に転属し、生体化学班に入る』」


 糊付けが甘かったのか、一枚のスクラップ記事が次のページの隙間からこぼれ落ちる。それを拾ったジョナスは、シャーロットに続けるようにその記事を読み上げた。


「……『八月、国立研究所にて爆発事故が発生。重体が一名。容疑者のイャス・ジェルは証拠不十分で釈放』……!?」

「読めてきたぞ」


 シャーロットはジョナスから新聞記事を受け取りつつ、話を続ける。


「これはミスタ・ジェルへの『復讐劇』なんだ。主役はインビル家。村人達はボランティアのエキストラ。そして私達は本来ならいないはずの客だった」

「何の話だ? もしかして昨晩の事件のことか?」


 レクトが怪訝な表情でシャーロットの言葉に口を挟む。どうやら彼は、

 彼女はそれを無視し、手にした新聞記事のある一点を指し示した。


「ミスタ・コアード……『これ』はここにあるかね」

「それは……待ってくれ。探してみよう」


 小走りで去っていくレクトを尻目に、シャーロットはインビル家のファイルを注意深く読んでいく。

 ジョナスは彼女が指した名前に目を丸くした。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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