『死体』
翌日。
シャーロットとジョナスは、応接室でクレドとヴィナスの二人と向かい合わせに座っていた。
ポシーは来客達への詫びの品を選定するために同席しておらず、侍女人形達が茶と菓子の支度をしている。
「朝食のお世話になった上、早くからご対応いただきありがとうございます」
「いえ。むしろ、吸血鬼の貴女をずっと起こしてしまって、こちらこそ申し訳ない」
「数日寝ない程度なら慣れているので、平気です。それより、これからのことについて説明させていただきます」
そう言うとシャーロットは二枚の紙を傍らのカバンから取り出し、クレド達にそれを差し出した。
「これは?」
「一つは契約書です。警察が来るまでの繋ぎではありますが、一応仕事ですので」
「なるほど。そして、もう一枚は?」
「証人としての誓約書、のようなものです」
昨夜のうちにシャーロットが契約の魔法陣を施した紙。
そこには『証人として、誠意ある協力を約束する』という旨の記述があった。
ただし、急拵えで作成したものであるため、正式な依頼で取り交わす契約書程の絶大な効力は無い。せいぜい、シャーロットだけに分かる信号で、契約者の発言の真偽を判別できるぐらいだ。
「ミスタ・ジェルは現行犯ではありますが、人ひとりの人生を大きく揺るがすことになります。そのため、慎重な証言を心がけてほしいのです」
「確かに……それはそうですね」
クレドと共に二枚の紙に署名をしながらも、少々不服そうな色がヴィナスの言葉に滲む。
「申し訳ない。貴女方は一方的な被害者だというのに……それでは質問をいくつか行います」
昨夜の内に考えていたことを、シャーロットは一つずつ二人に問いかけていく。
まずは二人が本人であること。事件発生の前までどこにいたか。その時一緒にいたのは誰だったか。
一つ一つ答えていく度に、シャーロットは手元の手帳に詳細を書き込んでいった。
「それでは、次の質問です」
一呼吸置き、シャーロットはヴィナスの顔を見据えた。
「ミスタ・ジェルが侍女人形を破壊した現場を、貴女は目撃しましたか?」
「はい……確かにリネン室で、彼がうちの侍女人形を殴り付けるところを見ました」
シャーロットとジョナスが矛盾があると確信していた部分。
昨晩と同じヴィナスの回答に、しかし、シャーロットは怪訝な表情を見せた。当然それは、クレドとヴィナスにも見られてしまう。
「あの、何か……?」
「横からすみません。僕からも聞きたいことがありまして」
普段は見せない雇い主の姿に、ジョナスがクレド達の注意を促す形で誤魔化した。
「えっと……」
咄嗟のことで何も考えていなかったジョナスであったが、ヴィナスの顔を見て昨夜の出来事を思い出した。
「――インビルさん、あ、娘さんの方ですね。あのジェルさんとはお知り合いなんですか。何というか、向こうが妙に気安く呼びかけてたから、少し気になってまして」
「ええ、そうです。彼は……同僚、でした」
「同僚、と言いますと?」
何か含みのある言い方にジョナスが遠慮がちになったところ、シャーロットが受け継ぐ形で質問を続けた。すると言い淀むヴィナスに代わり、クレドが答える。
「娘は昔、国立の研究所におりましてな。そこの同僚だったんですよ。娘は本当に優秀な研究者だったんですが、実験の事故で引退を余儀なくされまして」
「ああ……それが、昨晩の快気祝いの?」
「そうです。村の者は殆ど知っているもので、説明が不足しておりましたな」
「いえいえ。飛び込みで訪れた私達の責任です」
わざわざ頭を下げるクレドを制した後、シャーロットは手帳に数行書き加えてぱたんと閉じた。
「さて。次は現場検証と参りましょう」
改めて、クレド達の案内でシャーロットとジョナスはリネン室の前に着いた。
そこでは昨晩シャーロットが訪れた時のまま、侍女人形が警護のために立っていた。
「ご苦労だ、八号機」
「はい、旦那様。労いの言葉ありがとうございます」
「今までに誰か来たかね?」
「はい。昨夜オーム様が私の身体を触りにいらっしゃいました」
「身体を……?」
クレドとヴィナス、更にはジョナスまでもが怪訝な目をシャーロットに向けた。それに対し、シャーロットはこともなげに言う。
「語弊のある表現だが、事実だ。学術的興味として触っただけさ」
「そうですか……?」
「はい。オーム様の仰る通りで、機密部分には干渉されていません」
「それならいいんですが……」
堂々としたシャーロットにそれ以上何も言えず、クレドはリネン室に二人を招き入れた。
「言われた通り、現場はそのままにしております」
「ありがとうございます。それでは質問を再開しましょう」
シャーロットはヴィナスに向き直って問いかける。
「ミズ・インビルは犯行現場を目撃したとのことですが、それはどこからですか?」
「この扉の前です」
「その時、扉は開いていましたか? それとも閉まっていましたか?」
「少し開いていました。騒ぎに気付いたのも、そこから声が漏れていたからです」
「なるほど、声が……」
手帳を開き、今の質疑応答についてシャーロットはメモを取る。
「ところでこのリネン室は、奥が広いL字の構造になっています。ミズ・インビルの仰る位置だと、ミスタ・ジェルと侍女人形が立っていた場所は見えないはずでは?」
「それは……実はそっと、中に入って様子を窺ったんです。イャス……彼が、すごい剣幕で怒鳴っていたもので、心配になって」
「なるほど……昨日は気が動転していてその件を話し損ねた、ということですね?」
「は、はい。その通りです」
やや食いつくようなヴィナスの返事にも、シャーロットはペンを走らせる。
「ありがとうございます。では再度、ご遺体……じゃなかった、人形の状態を確認させてもらいます」
リネン室に入ると、昨晩と変わらない様子で横たわる侍女人形の姿があった。
強いて異なる点を挙げれば、床に広がる血が固まっていることぐらいか。
「少し、動かします」
「手伝いを呼びましょうか?」
「いえ。助手がいるので十分です。ワッツ君、脚を持ってくれ」
「はい」
シャーロットの指示通りに脚の方を持つと、ジョナスは息を合わせて力を込める。
すると固まった血が床から剥がれる音と共に、侍女人形の身体がずれた。ジョナスの腕に若干の重みが働くが、さほどの違和感も覚えない程度である。
「これでいいですか?」
「ありがとう。ふむ、大きな傷は左側頭部の陥没創で、血は背中全体にまで及んでいる、か……」
シャーロットの呟きを聞きながら、ジョナスは自分なりに脳内で推理を巡らせる。
(血が固まっているということは、昨晩から動かされてはいない……つまり、後で誰かが死体を入れ替えたり、現場に細工したりしていないわけだ)
口に出すのを控えたのは被害者――もとい、侍女人形があまりにも精巧な出来で、物証扱いすることに引け目を感じたからであった。
そうしてクレドとヴィナスに視線を向けられず、事切れた侍女人形に意識を向けるジョナスであったが、ふとあることに気付いた。
「この人形……インビルさん、じゃなくて娘さんによく似ていますね」
「ええ。実はホムンクルスの素材に、私の体組織を使っているんですよ」
「ミズ・インビルのものを?」
「はい。本当なら一から設計しないといけないんですが、人間の体組織を混ぜるとその手間が省けるんです。その代わり、生まれた人造生物が自分そっくりになってしまう、って欠点も抱えてるんですが」
「そういうわけでしたか……」
早口に説明したヴィナスの言葉に、ジョナスは圧倒されながら納得もしてしまう。
ホムンクルス――人造生物は、それこそ国立の研究機関でなければ、維持管理さえ難しい研究材料である。
それを個人で運用するとなると、自分の体組織を使って省力的になるのも当然のことと考えられた。
ジョナスがそうやって納得する一方、シャーロットは死体を念入りに触診して逐一手帳にメモを残していた。
「なるほどなるほど……分かりました。ひとまず、こちらでの捜査は一通り終わりました」
シャーロットの言葉を聞いて、クレドとヴィナスはほっと胸を撫で下ろす。
その姿はさながら、人生の岐路を賭けた試験に臨む学生のようであった。
「捜査していただきありがとうございます……それで、この後はどうなさるおつもりですか?」
「村の人々に聞き込みを行います。疑っているわけではありませんが、一応の確認です」
「そうでしたか……先に昼食を召し上がりますか?」
「御厚意はありがたいですが、結構。出先で適当に摘まみますよ……行こうか、ワッツ君」
そう言うとシャーロットはジョナスを連れて、屋敷の外に向かう。その最中廊下、玄関、更には庭園の門と、インビル家の侍女人形達に次々と見送られていった。
玄関を出たところでシャーロットは愛用の傘を日傘代わりに差した。そして、小声でジョナスに話しかける。
「これまでの捜査だが……君はどう感じたかね」
「若干、何か隠し事をしているように思いました」
クレド達の言動を思い返しつつ、ジョナスはシャーロットに倣って小声で答える。
ジョナスはインビル家に同情的な心情である。
ところが彼らの言動には、シャーロット達に何か伏せたいものがあるように感じた。
「君もそう感じたか。実は私の方でも、少々違和感があった」
「それは一体?」
「契約書の魔法で真偽を判断した結果、ミズ・インビルは嘘を言っている。彼女はリネン室に立ち入っていないし扉の隙間から覗き込んでもいない」
「じゃあ、これまでの証言は嘘だと?」
「そこが不思議なところでね。彼女が犯行現場を目撃したのは真実なんだ」
「現場を見れないのに、目撃情報は正しいと?」
シャーロットの説明にジョナスは首を傾げた。
彼なりにリネン室の様子を確認してみたが、部屋の奥を見れるような鏡は無かった。
「ということは、魔法を使って見たとか?」
「その場合でも『目』になる道具が必要だ。あそこにその類のものは見つからなかった」
「うーん……どうやって見たんでしょうか」
「そこはおいおい考えるとしよう。しかし、人形について手掛かりも得られた」
「インビルさんの体組織で作ったことが?」
「それよりも単純なところさ。ミズ・インビルに瓜二つという部分だ」
シャーロットの足は、一直線に向かっていた――村の自警団の詰め所へと。
「ミスタ・ジェルが何故あの人形を選んだか。もしかしたら、何か仕組まれていたのかもしれない」
お読みいただきありがとうございます。
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