深夜の調査
その晩、シャーロットは証拠の回収を中心に捜査を行った。
容疑者であるイャスは自警団達の監視下に置かれており、逃亡の心配は無い。また、事件の目撃者であるヴィナスが体調が優れずに休みたいと要望したので、証言の聞き込みは翌日に持ち越すことになったため、証拠集めだけに留めておくことにしたためである。
「それにしても、すごいことが起きてしまいましたね」
ベッドに腰かけたジョナスが、同室のシャーロットにそう話しかける。
二人は当初村の宿を取ろうとしていたが、インビル家の厚意により、客室を貸してもらったのだ。
「確かに。男女の関係のもつれならよくあることだが、今回みたいな一件は初めてだ」
隣のベッドで証拠を一つ一つ検めつつ、向かい合わせに座っていたシャーロットはジョナスに同意する。
シャーロットが回収したのは、ジョナスが見つけた血塗れのレンチと、血染めのタオル。更にクレドに頼んで用意させたこの屋敷の見取り図に、招待客のリストである。
「今回の事件、もしかして無償でやるんですか?」
「まさか。明日までに正式な契約書を作っておく。だが私が善意で捜査を申し出たことは事実だ」
証拠の凶器を丁寧に布で包み、次にシャーロットは見取り図を手に取る。
「ふむ。広い屋敷だ」
「契約と言っても、犯人は分かってますし、せいぜい証拠と現場の保存ぐらいですよね? 他に何かやることがあるんですか?」
「あるさ。例えば、ミズ・インビルがそれっぽいことを言っているだけで、ミスタ・ジェルは本当に酔った勢いで倒しただけ、とかね」
「ジェルさんの様子を見るに、それは無さそうですが……」
「冗談さ。とはいえ、証拠を集めていく内に事件の顛末がひっくり返ることはざらにある……なるほど」
見取り図の一階部分を見ていたシャーロットは、徐に指でその表面をなぞる。
ジョナスがそれを覗き込むと、大広間のカーテン――ヴィナスが姿を現したところが、リネン室まで続く廊下と繋がってることが分かった。
「ミズ・インビルは私ぐらいの身長だったから……うむ、大広間を退場してから目撃するまでの距離と時間は、特に矛盾は無いな」
「どこか怪しいところが?」
「ああ。今見つかった」
事も無げに呟くと、シャーロットはジョナスに教えるように見取り図の『リネン室』を指差した。
「彼女はリネン室の外からミスタ・ジェルの犯行を目撃した、と言っていた。ところがこの扉の位置からでは、途中の棚が邪魔になって現場を目撃できないんだ」
「そっと中に入ったんじゃないですか? それで気も動転してて、中に入ってしまったことを証言し忘れたとか」
「彼女はミスタ・ジェルの言葉まで聞いている。そんな剣呑な雰囲気の中、わざわざ入ろうとしないはずだ」
顔を上げたシャーロットと、ジョナスの視線が合う。思わずジョナスの背筋が伸びる。
「と、いうことは……」
「これは単なる『器物損壊』事件ではなさそうだぞ、ワッツ君」
シャーロットが徐に立ち上がる。こうした急な行動は、調査のためだとジョナスは学習していた。
「僕もついて行きますか?」
「君は残ってくれ。証拠を守ってもらいたいし、二人で行動しては屋敷の者に怪しまれる」
「そういうことなら……」
言われるがままジョナスはベッドに座り直す。
シャーロットは愛用の傘を手に取ると、客室を後にした。
深夜の屋敷は既に消灯されており、窓から差し込む月明かりも心もとない光量である。
しかし、シャーロット――夜を生きる貴族と言われる吸血鬼にとっては、十分な明るさであった。
事前に見取り図を目に通していたこともあり、シャーロットは客室のある二階からリネン室のある一階まで迷わずに移動していく。
そしてリネン室に続く廊下に差し掛かったところで、扉の前に人影を認めた。祝賀会で給仕を務めていた、侍女人形の内の一体である。
「そこで何をしている?」
「これはオーム様。夜分遅く、お疲れ様でございます」
「何をしている、と聞いている」
「主人の命令により、リネン室の監視を行っています」
「私が話した、現場の保存のためか?」
「はい。主人はそのように理由を申し上げました」
自動人形の受け答えにシャーロットは内心で舌を巻く。これで人の皮でも貼り付けていたら、シャーロットでも外見での判別は難しいだろう。
「ところで、君の名前は?」
「はい。私は自動人形のVIN-INB5の八号機です」
「そのリネン室にいる、君の同僚は?」
「はい。彼女は自動人形のVIN-INB6の初号機です」
「6に、初号機……? すこし、君の身体を触らせてもらっていいかね?」
「はい。ただし、機密部分に触れようとした場合、注意、警告、攻撃の順番で対応させてもらいます」
「頭に入れておこう」
シャーロットは侍女人形の手足や胴体を服越しに、最後に頭部を触診するように確認していく。
(いずれも陶器に似た感触……体温は、中核部分から伝導しているのみ。そして形状は人体を忠実に再現しているようだ……)
「満足しましたか?」
「ああ。私にその手の趣味は無いがね」
「それは良かったです。現場の確認は行いますか?」
「いや。今夜はいいよありがとう」
一礼する侍女人形に見送られ、シャーロットはリネン室前を通り過ぎる。そして、祝賀会の最中に破壊された個体のことを思い返していた。
(この屋敷の侍女人形に外見上の差異は無かった。念入りに触りでもしない限り、誰にも判別は出来ないだろう)
シャーロットが訝しんでいるのは、イャスが何故あの破壊された個体を連れ出せたか、という点であった。
彼女の考える通り、侍女人形一体一体を触って回ればいずれVIN-INB6の初号機とやらに出くわせるだろう。
しかし当時の侍女人形は四方八方を動き回っている上、衆人環視の中で身体を触れ回っていたら誰かが必ず反応する。
つまり、イャスがわざわざあの『例外』を選んで連れ出すことは不可能である――シャーロットの結論はそれに至った。
(人形といえば……工房はどこにあるんだ?)
シャーロットはふと、クレドから渡された見取り図に、工房らしき部屋が無いことを思い出す。
そして今、見取り図には無かったはずの地下室に続く階段が視界に入った。そこの前にもリネン室と同様に、侍女人形二体が並んで立っている。
「こんばんは」
「「これはオーム様。夜分遅く、お疲れ様でございます」」
シャーロットのあいさつに、侍女人形達は同時に頭を下げて返事をする。
「その階段を下りてもいいかね?」
「「申し訳ありません。主人の命令により、進入は固く禁じられております」」
「事件の捜査のため、と言っても?」
「「はい。なお、指示に従わなかった場合、注意、警告、攻撃の順番で対応させてもらいます」」
「分かった。今夜は退散するとしようじゃないか」
特に気にした様子もなく二体に背を向けると、シャーロットは来た道を引き返していく。
恐らく地下に自動人形の工房があるのは間違いない。が、覗こうと思ったのは侍女人形を調べたついでで、本来の目的ではなかった。
「おや」
客室に戻ろうとした矢先、シャーロットは廊下の角に何かが落ちていることに気付いた。
拾い上げると、それは布の切れ端であった。
「「いかがなさいましたか、オーム様」」
「いや……何でもないよ」
侍女人形達から見えないようにそれをポケットに隠す。
「じゃあ、改めて失礼するよ」
客室に戻りながらシャーロットは考える。
その内容は、明日行う調査の手法に切り替わっていた。
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