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 夜を迎えたばかりのインビル邸は、村中の人々が集結していることで賑わいを見せていた。

 都会であるクルシブルとは違った喧騒に、レクトに連れられたジョナスは新鮮さを感じ、シャーロットも驚いた表情を見せている。


「ここまで盛況とは。ここの領主はよほど住民に愛されていると見える」

「その通りで。私も時々美術品を納入させてもらってますが、皆に対して誠実で真摯な方ですよ」

「へー……ありがとうございます」


 レクトの言葉に感心し、敷地をきょろきょろと見渡していたジョナスは、侍女から差し出されたトレーのカクテルを手に取った。

 一口含むと、爽やかな酸味と香りが口の中に広がり、飲み込むと喉に感じる刺激の心地よさでクルシブルからの移動の疲れを吹き飛ばすほどであった。

 同じものをシャーロットが飲んでみると、彼女も目を見開いてグラスに目を落とした。


「これはすごい。クルシブルに戻るのが惜しくなってしまう」

「お褒めいただき光栄です。お代わりはご自由に召し上がってください」


 無機質な声と共に一礼をした侍女は、他の客の相手をするためシャーロット達のところから立ち去っていく。

 それと入れ替わりに、屋敷の方から一人の老年の男が現れた。


「やあ、コアートさん! よくぞお越しくださった!」

「こちらこそ、お招きいただいて感謝してるよインビル殿」


 そう言うと、二人は親密そうにしばし抱き合う。そして離れたところでレクトが思い出したようにシャーロット達に向き直った。


「そうだそうだ、紹介しよう。クルシブルからお越し下さった、オーム殿とワッツ殿だ」

「お初にお目にかかります。私、僭越ながら当主を務めている、クレッド・インビルと申します」

「申し遅れました。私はシャーロット・ヘレナ・オームと申します」

「ジョナス・ワッツです……あれ?」


 会釈したジョナスは、クレッドの肩越しに見えた人物に違和感を覚えた。

 先程カクテルを振舞ってくれた侍女と、顔も背格好も瓜二つな侍女がそこにいた。しかもその一人だけでなく、何人も屋敷の内外で給仕をして回っているのだ。


「ははは。どうやら、うちの侍女に驚かれたようですねワッツさん?」

「え、ええ……彼女達は、姉妹ですか?」

「半分、正解です。彼女達は同型の自動人形なんですよ。君、ちょっと来なさい」


 一番近くにいた侍女にクレッドが声をかけて呼び寄せる。


「お待たせしました、旦那様」

「客人に自己紹介をなさい」

「はい。私は自動人形のVIN-INB5の五号機です。お客様、どうぞお見知りおきを」


 完璧な所作でお辞儀をして見せる侍女人形に、ジョナスは目を見開いた。


「すごい……まるで人間みたいですね」

「そう言っていただき何よりです。私達インビル家は自動人形作りの家系でしてな。ご先祖にも顔向けできるというものです」

「こちらで作ったものなのですか、ミスタ・インビル」

「ええ。屋敷に工房がありましてな……おっと。ここから先は企業秘密ということで。祝賀会を楽しんでください」


 立てた人差し指を冗談めかして口元に寄せる仕草をすると、クレッドは紹介した自動人形を伴って次の賓客の元に向かった。


「インビル……そうか、ここがあの名家の邸宅か」

「ご存知なんですか、オームさん?」

「職人の一族だよ。自動人形に全てを捧げているとも言っていい。初代は戦闘人形達の一個大隊を作り出し、第四二次人魔戦争を人間側の勝利で終わらせたそうだ」

「そんな人が、今は侍女の人形作りを?」

「四代前から既に軍需産業から足を洗っている。とはいえ、ここまで精巧な人形を作り上げたのは当代の才能に拠るところが大きいだろう」


 シャーロットもジョナスも感心の色を隠せないでいると、レクトが咳払いをして二人の注意を向けた。


「歴史の講釈もいいが、今夜は祝賀会だ。料理と酒を楽しもうじゃないか」

「ミスタ・コアートの言うとおりだ……そうだ。今から別行動をとっても?」

「いいとも。私も挨拶回りをしないといけないからね」


 そう言って、レクトはインビル家に訪れた来客――もとい、豪華な料理が大量に並ぶ屋敷の中に一直線に向かっていく。

 あまりにも欲望に忠実な彼の姿に、ジョナスは思わず小さく噴き出してしまう。


「僕達も、料理をいただきましょうか」

「そうだな。そんなに動いてないが、流石に空腹だ」


 レクトを追うようにシャーロット達が屋敷の中に入る。

 外の会場よりも豪華な内観の大広間には所狭しと客が立食を楽しんでおり、侍女人形達は誰にもぶつかることなくその間を通り抜けて行き来している。

 空になったグラスを通りがかった侍女人形に預けたジョナスは、今度は取り皿にいくつかの料理を取って口に運ぶ。


「このテリーヌ、絶品ですよ」

「こっちのローストビーフもいいぞ。私好みの味だ」


 二人は提供される料理一品一品を口にする度に舌鼓を打つ。

 すると、先程顔を合わせたクレッドが、今度は老女を引き連れて二人の元を訪れた。


「楽しんでいただけておりますかな?」

「これは再び、ありがとうございますミスタ・インビル。そちらの女性は?」

「細君です。せっかくのお客様なので、挨拶をさせようかと思いましてな」

「ポシーと申します。お料理がお口に合っていればよろしいのですが」

「どれも素晴らしいの言葉では言い表せません。奥方がお作りになったので?」

「いいえ。主人が作った自動人形が、食材の仕込みから盛り付けに、配膳までしていますの」

「この料理も、ですか?」


 ジョナスは再度目を丸くする。一方のシャーロットは、一回目ほどの驚きは見せずに口を開いた。


「すごい性能だ。人間や魔族と遜色が無い。このパーティがまるで新商品のお披露目みたいだ」

「ははは。耳が痛い。商売柄、この手の商品アピールをするのが癖になってましてね……ですが、今夜はこれだけではありませんよ」

「ほう。それは一体?」

「それはもう少し後のお楽しみ、ということで。しばしご歓談ください」


 もったいつけた言葉を残したクレッドは、妻のポシーと共に大広間の奥に向かって行った。


「なんか皆さん慌ただしいですね」

「ミスタ・コアートが言うには、娘さんの快気祝いだそうだが……それにしてもこの規模のパーティというのは異様だな」


 訝しげに首を傾げつつ、シャーロットとジョナスは料理を口に運ぶ。

 そこでジョナスは、視界の端で侍女人形と男性客が一緒に、使用人が出入りしている扉から大広間を出ていくところを目撃した。


(服でも汚れたのかな?)

『皆さん、ご注目ください!』


 その時、大広間に甲高いベルの音が鳴り響いた。大広間の一同が声のした方向に顔を向けると、カーテンの前でインビル夫妻が、皆の注目を待っていた。


「今日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。楽しんでいただいているようで何より……ですが、疑問に感じている方もいらっしゃるでしょう――肝心の私の娘はどこか、と」


 『ヴィナス・インビル快気祝い』と書かれた垂れ幕を指し、クレッドは冗談めかした口調で来客達の笑いを誘う。


「ですがお待たせしました……本日の主役、ヴィナス・インビルの登場です!」


 クレッドが勢いよくカーテンを引くと、そこから痩身をドレスで包んだ年若い女性が姿を現した。

 無論、シャーロット達が初めて見る姿であるが、彼女のことを知っているであろう村人達を中心に、驚きの声が大広間をどよもした。


「ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、娘は数年前の事故で両腕と両脚が動かせなくなる重傷を負いました……それを、我がインビル家の技術を総動員することで、この通り、前と遜色無く動き回れるようになったのです!」


 にこやかに手を振るヴィナスをよく見ると、肌が露になっている部位の質感は確かに肉体のそれではなかった。

 大広間の照明を反射する光沢から、ジョナスはそれが侍女人形達と同じ材質でできていると理解した。


「ごきげんよう、皆様」


 来客達の歓声を受け、ヴィナスがクレッドに替わって挨拶を始める。


「この度は、私のためにお越し下さって誠にありがとうございます。我ながら親馬鹿なことをしてくれたものだ、と思っていますが……皆様の歓迎の声を聞くと、ここまでの努力が実ったのだと、実感できます……」


 涙ぐむヴィナスを見た来客達は溜め息を漏らす。すると、それまでの物悲しげな雰囲気から打って変わって、明るい調子で言葉を続けた。


「さて! 悲しい話はと長い挨拶はここまでにしましょう! 皆さん、ぜひともご歓談ください!」


 退場するヴィナスを、来客達の万雷の拍手が送る。少し経つと彼らの視線は料理と酒に向かったが、口にする話題は今しがた挨拶をしたヴィナスのことで持ち切りとなった。そしてそれは、ジョナスも例外ではなかった。


「元通りに手足が動くなんて、すごい技術ですね!」

「ああ。クルシブルやコニスパイラス帝国の力でもああはいくまいが……最も重要なのは本人の気力だろうな」

「確かに……普通の義足でもリハビリや訓練は必要ですからね」

「それを、両腕と両脚だ。何か執念か使命でもないと、あそこまで回復するのは無理だっただろう……ん?」


 ふと、シャーロットが何かに気付いたように一点を見つめる。

 ジョナスが視線を追うと、その先にあったのは使用人用の扉で、先程出て行った男性客のことを思い出した。


「そういえば、さっきの――」

『きゃああああ!?』


 扉の向こうから甲高い悲鳴が大広間に響き渡る。

 その場に似つかわしくない声に観客達が俄かに騒ぎ出すと同時に、シャーロットは手近なテーブルに皿を置いて駆け出した。


「ちょっと、オームさん!?」


 ジョナスも彼女に倣って皿を置きその後を追う。

 『リネン室』という表札がかかった扉の前では、尻餅をついてへたり込むヴィナスと、近くに居合わせた来客に取り押さえられている男がいた。


「どうしましたか?」

「そこの人が……! 人殺しをしたんです!」

「ち、違う! 俺は、ただ酔った勢いで……!」


 男の方は何か弁明をしようとするが、「人殺し」の言葉で興奮した大広間の来客達が俄然と騒がしくなる。


「おい、どういうことだ!?」

「人殺しですって?」

「あ、あいつ! 近頃インビルさんの家の周りをうろちょろしてた男だ!」

「はあ……全く」


 そのまま取り押さえられている男へのリンチが始まりそうな空気に嘆息したシャーロットは、持っていた傘を天井に向けて一言呟いた。


「『閃け』」


 その瞬間傘の布地が瞬間的に強い閃光を発する。

 リネン室前に居合わせた人々はもちろん、大広間で騒いでいた客達も、突然の出来事に口をつぐんだ。そして彼らの視線が自分に集中したところで、シャーロットは軽く咳払いを一つして言葉を続ける。


「私は探偵だ。ひとまず、状況を確認させてもらいたい」

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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