終幕
一か月後。
シャーロットとジョナスは、クルシブルの裁判所にいた。
先日二人の手によって終わりを迎えた、二つの事件の裁判が今日執り行われるのだ。
裁判まではまだ時間があるため、広間片隅のベンチに座って時間を潰している。
「スミス警部から聞いたんですけど、結局、爆弾もまだ全部回収しきれてないらしいですね」
「そうらしいね。まあ、主要部分は集めた以上、致命的な被害が起きることは無いだろう」
シャーロットはそう呟くと、『マーガレット・サーフ 勇者の称号を剥奪』『爆弾テロリスト集団を逮捕』と見出しが書かれた新聞をめくった。
あの戦いの後、マーガレットとヘリオはそれぞれ警察達によって逮捕された。
スミス警部が都度連絡を入れてくれるため、その後の二人の様子をシャーロット達は知っていた。
まず、ヘリオの方は生死の境を一時は彷徨ったようであったが、医者も驚く生命力と回復力で一命をとりとめたらしい。
一方のマーガレットは、逮捕されて以降憔悴しきった様子で、取り調べにも一切の会話にも一切反応を見せていなかった。
食事もとろうとさえしないため、点滴と流動食でかろうじて餓死を免れている状況だ。
それはシャーロットの契約魔法によるものではなかった。彼女を逮捕した段階で、既にペナルティも含めた効力は一切消失してただの紙切れとなっている。
「……あの二人は、どうなるんでしょうかね」
「さて、ね。私は裁判官でも弁護士でもないが、重罪は免れないだろうな」
「……あの時のヘリオさんの行動、どう思ってますか?」
「どう、とは?」
「僕には、彼女――マーガレットさんを止めようとしたように見えたんですが、オームさんの目にはどう映ったのかなって」
「私の保証が無ければ、自分の気持ちも信じられないのかい?」
再びシャーロットが新聞をめくる。『工業地区、下水の基準値をクリア』の小見出しがジョナスの視界に入った。
「せめて自分の感性だけは自分で信じたまえ。そして客観的に評価しても、否定をしてはならない。人生の先輩として言わせてもらおう」
「そういうものですかね」
「そういうものさ……おっ」
シャーロットが、俄かに騒がしくなった入り口に顔を向ける。
護送されてきた被告人を囲む記者達の喧騒だ。
「どうしますか?」
「せっかくだ。見に行こうじゃないか」
新聞を折り畳んだシャーロットが立ち上がり、ジョナスを引き連れて入り口に向かう。
喧々諤々に質問を投げかけ、時折カメラで写真を撮る記者達の間を、特徴的な二人が警察に囲まれて入ってきた。
一人は天井に頭を擦り付けそうな巨体を屈め、牽引に大人しくついて行くヘリオ・サーフ。
もう一人は、点滴瓶を提げた医療用車椅子に力なく腰掛けるマーガレット・サーフである。
「おい。二人は別々に連れてくるよう言ったじゃないか」
「申し訳ありません。裁判所の周りの道にも人が殺到していて、混雑を避けるためには二人とも入れるしか無かったんです」
「全く……おや。名探偵殿のお出ましか」
シャーロット達に気付いた検察官が挨拶をし、二人も会釈で返事をする。
「こうして裁判を開けたのは君のお陰だよオーム殿」
「それはどうも。私はただ、依頼をこなしただけだがね」
「謙遜しなくてもいい。そもそもだね……」
「あはは……」
蚊帳の外に置かれる形となったジョナスは愛想笑いを浮かべていたが、ふとマーガレットとヘリオの姉弟の方を見た。
『模範的な』大人しさのためか、周りにいる警察官達は二人よりも周囲を警戒している。
その中でマーガレットは相変わらず項垂れている様子であったが、不意に顔を上げて、一点を見つめだした。
彼女の視線をジョナスが辿っていくと、その先にはヘリオの顔があった。
「 」
ヘリオは何かを伝えようと口を動かしているが、距離と、周りの喧騒のせいでジョナスには聞き取れない。
しかし、間近にいたマーガレットには分かったらしく、落ちくぼんだ目から微かに涙を零したのが見えた。
「――ッツ君。ワッツ君」
「っ、はい! なんでしょう?」
声をかけられていたことにようやく気付き、ジョナスは慌ててシャーロットの方に向き直った。
「ぼーっとしているとは、君らしくないな」
「すみません……それで、何ですか」
「今の検察官から新しい依頼を紹介された。これから依頼人のところに行くぞ」
「え? でも、裁判は?」
「私にはもう終わった話だ。来るのかい、来ないのかい?」
ジョナスは名残惜しそうにマーガレット達の方を見ようとしたが、ふと首を止めた。
ヘリオが、姉に何と伝えたのかは分からない。
だが口の動きは、ジョナスにはこう見えた。
「……『がんばれ』、か」
「何だって?」
「いえ、なんでもありません。行きましょう」
シャーロットと並んで歩きながら、ジョナスは心の中で呟いた。
あの姉弟達に幸あれ、と。
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