追跡
「間に合わなかったか……」
シャーロット達が辿り着いたクルシブル・ヤードは、普段とは様相を異にした。
玄関口を隔てる鉄格子や、馬を繰った戦車の突撃にも耐えうる土嚢は、さながら紙切れのように引き裂かれている。
当直と、緊急事態に慌ててはせ参じた警察官達は、流血こそしていないもののそこかしこで昏倒して横たわっていた。
「オームさんの推理が正しければ……これを全部マーガレットさんがやった、ってことですよね」
「ああ……しかし、ここまで行動を急ぐことになるのは、少々計算外だった」
シャーロットは手近の警察官の脈と呼吸を診ると、彼を叩き起こした。
「大丈夫か?」
「え……あ……はい、何とか……」
「敵が何人……いや、どんなものだったか覚えているかい?」
「一人……年若い、女です……正面口で用件を聞いたら、途端に暴れ出して……」
「ありがとう。じきに衛生兵が来るから、もう少し持ちこたえてくれ」
努めて明るく警察官に話しかけると、シャーロットは手近なクッションや、瓦礫までも使って、彼を安静な姿勢に整えた。
実際に衛生兵を含めた医療班は動いているものの、横たわる人々の状態確認にだいぶ手間取ってしまっている。シャーロットなりに最大限行える、応急処置であった。
「行くぞ、ワッツ君」
「はい」
ジョナスの返事は、毅然としたそれである。少し時間を空けただけで強硬的な手段をとったマーガレットに、憐憫の情は寄せられても、その所業を擁護する気分には到底なれなかった。
クルシブル・ヤード署内は、混乱の極みであった。
誰が無事なのか、その者は指揮系統のどの位置づけにあたる者なのか、当番と非番の内訳はどうなっているのか。
結果論ではあるが、連続暴行事件にまつわる重要参考人取り調べのために、急遽人員を集めたことも裏目に出てしまっていた。
「おお……シャーロット君に、ジョナス君か」
「スミス警部」
一階の様子をシャーロット達が確認していると、奥からスミス警部が姿を現した。応急処置で固定された左腕を首から吊っており、他に横たわる警察官達とは「比較的まし」といった違いしかない痛々しい有様である。
「答えられる範囲でいいから、教えてほしい……相手は『女』か?」
「ああ……ご名答だ、名探偵さん。つい昨日に、私が浮かれて応対していた国賓、って情報は必要かな?」
自嘲気味に笑うスミス警部が、軽く咳き込む。
「例の事件の容疑者だが……あれはミズ・サーフから聞いたものだね?」
「そう、だ。犯人を捕まえられると舞い上がっていたが、今思うと出来過ぎたタイミングだった……」
「……悪かったね。私とあろうものが、もっと早く看破すべきだったのに」
謝罪するシャーロットを見たスミス警部は、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに笑いに転嫁した。
「はっはっはっ! 君らしくもないな。とにかく、侵入者は地下に突破口を開いたらしい……動けるかね」
「ああ……もちろんさ」
手を振るスミス警部を背後に、シャーロット達はまっすぐに牢屋区画がある地下へと向かう。
そして辿り着いたその場所は、凄惨の一言に尽きた。
「これは……うっ、おえ……」
「よし、よし」
吐き気を催すジョナスの背中をさすりながら、シャーロットは地下の状況を冷静に分析していく。
運悪く牢屋に入っていた者達は、皆亡骸になってしまっている。
だが一つ一つをよく観察すると、死体の損壊の程度に差があることが見て取れた。
「そして……一番酷いのがここ、というわけか」
その死体は、人体と判別でき得る部位すら残されていなかった。
入念に、執拗に、更には冒涜的に破壊された残骸には、しかしながら、金色の毛髪と、その大部分を血に染めた白い衣服がかろうじて残っていた。
「これは……うぷ……あの人の、ですよね……?」
「さてね。私達には、彼の名前すら知る術が無い」
見放したような言い方をしつつも、シャーロットは背筋を正して、牢屋の中の遺体に哀悼の意を表した。
「……行こう。どうやら、『犯人』は足跡を残したくて仕方が無いらしい」
「ええ……行きましょう」
同意したジョナスは、シャーロットに続いて地下に降りていく。
下っていった先も、浅い階層と同じく無惨な光景が広がっていたものの、次第にそこを通って行った人物の足取りを収束させていくものであった。
「どうやら彼女……いや、『二人』は、この壁を破壊して突き進んだようだ」
シャーロットが立ち止まったのは、地下二階の一角にある用具室の前。
さながら爆発物でも使ったかのような大穴の先には、暗く、細長く、深い闇が広がっていた。下水道が隣接していたようだ。
「行くぞ、ワッツ君」
「はい……!」
改めて背筋を正すと、二人は同時に足を踏み入れた。
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