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シャーロット嬢の事件簿  作者: 二束三文文士
勇者の人探し
15/27

復讐者

 クルシブル・ヤード。

 その地下には、逮捕した犯罪者達を勾留する牢屋が、合わせて三階にわたって設けられている。

 普段は窃盗や喧嘩、挙動不審な酔っ払い等を入れておくための場所だが、今、周囲から浮いた存在が二人いた。


「おう、兄ちゃん。何やったんだ? 立ち小便か?」

「……うるさいな」


 向かいの禿頭の男のおちょくりに、白衣を着た金髪の青年が苛立たしく呟く。


「向こうの角の奴と一緒に連れてこられたが、ありゃ人形か? 人間とは思えないぐらいでかいし、ここに来たっきり、指一本動かしゃしねえ」

「……まあ、似たようなところだな」


 青年は牢屋の簡易ベッドに腰かけ、考えに耽る。

 悔恨の作文をするわけではない。むしろ、他の囚人のお陰で『手駒』の居場所が分かり、希望を見出していたのだ。


(同じ階層なら、声は届くな……だが、ここは警察署の真下。下手に呼んでも応援を呼ばれるだけだ)


 青年の頭の中では、連続暴行事件の容疑者を取り調べるべく、上の階で警察が慌ただしく動いている、と予想していた。

 これまでの所業を考えれば、さながら魔獣狩りのような戦闘準備をした上でやってくるに違いなく、『手駒』を呼び寄せても無傷では済まない。


(ここは……予定が狂ったが、当初の計画を続行するとしよう)


 そもそも青年は『浄化計画』に一切興味は無かった。

 人間と魔物が共存する都市を基礎から破壊し、混乱に陥ったところを帝国が『救援』を送って支配下に置く。

 コニスパイラス帝国の上級研究員として、人体強化に関する研究に携わってきた身には縁遠い話であった。

 それなりに安泰な地位を築き上げたものの、ある日自分の命が狙われているという知らせが届いた。

 青年には、わざわざ自分が狙われる心当たりは無かった。

 『被験者』達は二重三重にルートを隠蔽して連れてきていたので、自分達のことが部外者に知られることは無い。

 それでも万が一のことがある、と考えた青年は、あらゆるコネと伝手を使って『手駒』のお目付けとしての役目を勝ち取り、ここクルシブルに避難してきたのだ。

 適当に任務をこなし、隙を見て行方をくらませる。それで刺客は諦めてくれるだろうと楽観視していた。

 しかし、任務の最中届いた秘密電報で、刺客がクルシブルに潜入するという情報が届いたのだ。

 もう、コニスパイラス帝国の下では、自分の命の保証は無い。

 そう考えた青年は、クルシブルとの『取引』を思いついた。


(『浄化計画』の工作員達を突き出して、新しい身分と顔を手に入れて亡命する……それだけだったはずなのに)


 警察はともかく、どこの馬の骨とも知れない連中にまで目を付けられ、こうして虜囚の身となった。

 思い描いていた計画とは大きくずれてしまったが、まだ希望は捨てていなかった。


(警察に洗いざらい話して、司法取引をしよう……そうすれば無罪放免、とまではいかなくても、恩赦の一つくらいは――)


 その瞬間、青年の思考を妨げるように、牢屋区画の出入り口で何か異音が聞こえてきた。

 金属を捻じ曲げ、引き裂き、千切るような、生理的嫌悪感を煽る音。遅れて、一人分の足音が区画内に響く。


「こりゃたまげた! 上玉のお」


 来客にはしゃぐ誰かの声が、不自然に途切れる。その前後でも、何かが空を裂く音が鳴ったのを、青年は聞き逃さなかった。


「あれは……?」


 異常事態に震えながらも、断続的に耳に入る聞き覚えのある音に青年が耳を傾げていると、向かいの囚人が騒ぎ出した。


「おいテメエ! 何やって――」

「……うるさいですわ」


 禿頭の男の顔面に、一瞬板状の物体が突き刺さり、即座に抜かれる。男は顔面に大きな裂け目を作り、そのまま息絶えた。


「一体何が……」

「ごきげんよう」


 青年の牢屋の前に、小柄な人影が立った。金髪で、コニスパイラス帝国の軍服を着ている。少なくとも、青年が今まで見たことが無い人物だ。


「誰だ?」

「まあ、ご存じないのも当然ですわね。ですが、私は知っていますわ……ゼル・メンテン」


 青年――ゼルは恐怖した。その名前は、研究所で名乗っていたもの。『浄化作戦』に入り込んだ時は、偽名を使ったり有耶無耶にしたりして、誰にも明かしたことが無いはず。


「何故、その名前を……」

「私が流した情報を、『有効活用』してくださったようで何よりですわ。面白いぐらい事が運びましたもの」

「っ……! 『来い』、デカブツ!」


 こいつが、自分の命を狙っている。そう悟ったゼルの判断は早く、恥も外聞もなく大声を上げた。

 直後、鉄格子を吹き飛ばして出てきた『手駒』が、牢屋の前にいる人物に襲い掛かる。


「……大人しくなさい」


 しかし、ゼルの思惑は外れた。

 『手駒』の拳はその人物の片手によって止められる。そして手首から先の僅かな回転だけで、その巨躯は明後日の方向へと投げ飛ばされてしまった。


「……!?」

「そんな、馬鹿な……!?」

「無駄ですわよ。だって貴方の研究は、目標の三割ぐらいの成果しか得られてないのですもの」

「研究……?」


 その数字でゼルは、昔の自分の研究を思い出した。

 今は主神との儀式を経た者だけがなれる勇者を、人工的に大量に作り出してしまおう。

 秘密裏に始まり、期待外れのまま秘密裏に葬られたはずのもの。

 せめて有効活用しようと、『浄化作戦』に組み込まれた副産物――『手駒』のことを。


「待て、まさかお前は――」

「貴方とはもう口も聞きたくありませんが……一つだけ言わせてもらいます」


 ゼルの言葉を遮りつつ、剣を抜いて告げる。


「我が弟の仇……その命を以って償いなさい」


 直後、その者――マーガレット・サーフの顔面に、返り血が飛び散った。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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