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シャーロット嬢の事件簿  作者: 二束三文文士
勇者の人探し
13/27

依頼の終結

「ちょっと失敬」


 シャーロットは懐から小箱を取り出すと、蓋を開けて細長い針を手に取った。

 そして棒立ちになっている巨漢に軽く突き刺し、先端に付いた血を舐める。


「うむ……少々雑味はあるが、間違いない。彼はミズ・サーフの血縁だ」


 ジョナスは、目前の状況に戸惑いながらもこれまでの状況を整理していた。

 コニスパイラス帝国。女勇者マーガレット・サーフの出身である大国家。

 国政的には魔族国家との融和政策を打ち出しているものの、前政権までは主神教を代表する、魔物排斥を第一とする過激派であった。


「人体実験って……どういうことなんですか?」


 そのような中ジョナスが絞り出した言葉は、怒りに近いものだった。

 自分の予測が外れた逆上か? 否。

 雇い主であるシャーロットが、これ見よがしに披露した推理か? 否。

 彼の感情の根源にあったのは、『ヘリオ・サーフ』が辿った境遇である。


「まず、ミスタ・サーフは病弱故に、集中的な治療を要する身体だった。とはいえ、それだけでは家族と離別する必要まではなかった……事実、彼が入院する前後の医学論文を紐解くと、当時の技術でも治療は十二分に可能なものだった」


 生徒を相手にした教師のような口調で、シャーロットはジョナスに説明していく。


「その程度の病人を、何故帝国は身柄を確保するような真似までしたのか? 病院施設でなければできないことをしたいからだ」

「それで、ヘリオさんを……?」

「おそらく、彼以外にも同様の境遇の少年少女は何人もいるはず。だがミスタ・ヘリオのこの状態を見るに、件の実験とやらはさほどうまくいかなかったと見える」


 ジョナスの胸の内に、更に重く黒い感情が積み重なる。

 一方、小箱を仕舞い込んだシャーロットは、今度はロープを取り出した。

 それは犯人を捕縛するためのもので、手際よく巨漢、改めヘリオの両腕と胴体を拘束していく。

 その光景に、思わずジョナスの口から言葉が出た。


「すみません、その……」

「何かね、ワッツ君?」

「その拘束なんですが……しないわけにはいかないんでしょうか?」

「ほう。その理由は?」

「それは、その……あっちの人の指示無しだと動かないかと思ったのと……」


 少し逡巡し、ジョナスは言葉を続けた。


「――彼が、あまりにも可哀想です」

「ふむ……なるほど」


 事も無げに言うと、シャーロットは結び目の状態を軽く確かめ、それ以上拘束するのを止めた。

 それを証明するわけでは無かったが、ヘリオは終始動かないままであった。


「さて。問題はあの『ねじ込まれた』男の方だ」


 金髪の青年の方に向き直ったシャーロットは、彼を煽り、追い立てるように、わざと足音を立てながら近づいていく。


「思うに、この『浄化作戦』には二種類の人間がいる。一つは一連の暴行事件の被害者に、そこのミスタ・サーフも加えた本来の従事者」


 通りがかった机に置かれた種々の機械部品を一瞥しつつ、シャーロットは言葉を続ける。


「そしてもう一つは、それらしき理由……そうだな、隊員達の装備の点検や、ある一人のお目付け役と称して入り込んだ、部外者といったところか」

「く、そ……こんな、はずじゃ……」


 徐々に視力が戻り、這いながら逃げようとする青年の背中を踏みつけると、シャーロットの声色が恐ろしく冷たいものに変わった。


「もう終わりだ、エゴイストの猟奇者め。貴様の目的は――」

「おお、君達もここにいたのか、シャーロット君!」


 扉から、ジョナス達に聞き覚えのある声――スミス警部がシャーロットの言葉を遮った。

 二人がそちらに向き直ると、何人もの警察隊を引き連れて彼が入ってきた。


「実は、ついさっき連続暴行事件の犯人の居場所が判明してね。慌てて非番の連中も呼び寄せて、押っ取り刀で駆け付けたところなんだ……おい、あそことあそこの二人を確保しろ」

「はっ」


 スミス警部の指示に従い、警察達は拘束されたヘリオと、シャーロットが押さえ込んでいる青年のところに集まった。


「ちょっと、待ってくだ――」

「ご苦労だね、スミス警部。そんなに手際よく聞き出せたなんて、精神操作魔法にでも目覚めたのかね」


 思わずジョナスが止めようとしたのを、シャーロットが少々大きな声で制した。


「さる情報筋からのもの、とだけ言っておこう……いやしかし、君達が先に来ていたとは驚きだ」


 散り散りに荒れた室内を見て、スミス警部は大袈裟におどけた表情で驚いてみせる。


「大変だっただろう……署を代表して、例を言おう。これで事件も一件落着だ」

「ああ……そうだといいな」

「え?」

「何でもない。ただの独り言だよ」


 シャーロットはそう言うと、やってきた警察官に話しかけた。


「この男を喋らせるな。でないとそこの大男に指示を出して逃げようとする」

「分かりました……おい、立て」


 手際よく布で猿轡を噛ませた警察は青年を立ち上がらせて引きずるように連行した。

 残るヘリオの担当となった警察官は、彼をどう連行したものか戸惑っていたが、シャーロットが先程結んだロープを引っ張ると、従順な家畜のように大人しく歩き始めた。


「それじゃあ、ここからは警察が現場検証を行う。後日感謝状と粗品を進呈するよう、上には掛け合っておくよ」

「ああ。ありがたいね、スミス警部……それでは我々は失礼するとしようか、ワッツ君」


 そう言うと、シャーロットは既に興味を失くしたようにその場を後にする。ジョナスもそれに続いて彼女の隣に立つと、小声で尋ねた。


「いいんですか、オームさん。この後ヘリオさんを引き渡す手筈だったんじゃ……」

「予定変更だ。倉庫の知り合いには私から言っておくよ」

「そっちじゃなくて、マーガレットさんからの依頼の件です」

「何か問題があるかい? ミスタ・サーフの居場所は特定し、無傷で確保もしている。少なくともこちらは、契約に反することはしてないさ」

「えっと、何と言えばいいのか……」


 事も無げに言うシャーロットを前に、苛立ちで頭を掻きながらジョナスは話す。


「今彼は、連続暴行事件の犯人として捕まってるんですよ? どう考えても重罪は免れない……これじゃ無事に引き渡せたとは言えません」

「思ったより熱い男だね、君は」


 シャーロットはからからと笑う。


「確かに、今回の仕事は警察との敵対もあり得る危うい内容だった。しかしミズ・サーフとの契約に『警察と事を構えてでも』確保しろとまでは書いていない……その場合、私は基本的に社会秩序の味方だよ」

「む……」


 ジョナスはマーガレットが契約書に署名した出来事を思い出す。確かにあの時は、依頼人と探偵の協力であったり、嘘偽りが無いことを誓ったりする内容だけで、警察や軍を相手取ってでも遂行するとまでは書かれていなかった。


「だが、君の言わんとしていることは分かるよワッツ君。ミズ・サーフの心境を考えれば、百点満点の結果では無かった」

「いえ……僕も、ちょっと事件にのめり込み過ぎていたのかもしれません」


 ジョナスのその言葉は、シャーロットに対する返事というよりも、自分自身への言い聞かせに近かった。


「いずれにせよ、この後やることはそう難しいものじゃない」


 軽く背筋を伸ばして、シャーロットは後を続けた。


「帰って、休む。その後、依頼人に報告するとしようじゃないか」

お読みいただきありがとうございます。

まだもう少し続きます。

次回もよろしくお願いします。

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