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シャーロット嬢の事件簿  作者: 二束三文文士
勇者の人探し
1/27

前夜の事件

初めまして。

右も左も分からない粗忽者ですが、何卒よろしくお願い致します。

 クルシブル。

 人と魔物が共生するここ『人魔都市』では、昼夜の区別は無い。

 昼は日向の、夜は日陰の者達が活動するためだ。

 故に、誰も気に留めない。この夜、商業地区のメインストリートで、雑踏を裂くように駆ける男のことなど。


「は、あっ! はぁ、はぁっ……!」


 安居酒屋から出てきた人間の集団を、これから仕事に向かう夜行種の魔族を押し退けて男は走る。

 時には野次を浴びせ、男に殴り掛かろうと駆け寄る者達もいたが、男は彼らを一顧だにせず走り続ける。

 そんな男が一瞬足を止めたのは、大通りを走る馬車や蒸気自動車を目の当たりにした時だった。


「クソ!」


 男は毒づきながら辺りを見回し、暗い路地に目を留める。ゴミ箱や、乱雑に詰まれた木箱がそこかしこにある。一瞬逡巡する男であったが、意を決してそこに駆け込む。

 雑多ながら、メインストリートとはうって変わってスムーズに進んでいく。その一方で、男の焦りはかえって募っていた。


「クソが、クソが、クソが……! 『作戦』をなんだと思ってるんだあいつは!?」

 しばしば後方を振り返っていると、男は思わず木箱の一つを蹴飛ばしてしまう。建物の間を乾いた音が反響し、表通りから何人かが裏路地を覗き込んだが、すぐに興味を失くして立ち去っていく。


「っ……!」


 男は思わず足を止める。音にでも、視線にでもなく――頭上から訪れる存在に。


「――やあ。ここにいたんだね」


 男の目前に、音も無く二つの影が降り立つ。分厚いレンズがはめ込まれた黒頭巾の巨漢と、それに抱えられていた白衣の金髪の青年。声は、青年の方が発した。


「貴様……! この裏切者が!」


 青年の言葉に、男は大振りのナイフを右手で抜いて応える。


「裏切者って……心外だな。僕は生きるのに必死なだけだよ?」

「何を抜かす! そもそもこの作戦にねじ込まれた分際で、よくも……!」


 青年に対して著しい怒りを示す男であったが、ちらちらと、傍らに佇む巨漢にも注意を払っていた。

 その姿に青年はからかうような、それでいて引きつっている笑みを浮かべる。


「それで、どうするつもりだい? 僕を殺すのか? 『まだ』誰も死んでないのに?」

「ああ。それが作戦の……そして……貴様にやられた同志達のためにも、だ!」


 その言葉で両者は、男が動き出す。


「なっ!? おい、デカブツ! 何とかしろ!」


 ナイフを一直線に突き出す男。もたついた動きで後ろに飛びのく青年。

 男は青年を殺すつもりだった。

 元より相手が気に入らないという個人的な感情もあったが、それ以上に、「こいつを始末しなければならない」という義務感に駆られていたからだ。

 無論、青年にだけ気をかけるような愚行はしない。

 空いた左手では火炎魔法を展開していた。数個の火球が巨漢の顔面に向けて放たれる。

 尻もちをつくように倒れ込む青年を、ナイフの刃先が追う。必殺、必中の軌跡。だが、それを分厚い掌が遮った。


「くそっ……!?」


 閃光は巨漢に当たっていなかった。男の挙動から次手を予測し、命中の寸前に動いていたのだ。

 ナイフを握る右手ごと掴まれ、青年を狙った一撃が食い止められる。そして瞬時に握り潰された。


「っ、ぁ……!」


 悲鳴を上げようとするのを遮り、巨漢の拳が男の口にめり込む。歯と下顎を砕かれた男は、もごもごと苦悶に口を歪めるほか無かった。


「ふう……驚かせやがって」


 青年は立ち上がりながら、苦しむ男を見て鼻で笑う。


「それで、作戦がどうした? 同志がなんだ? 元々僕はそんなのに興味は無い……『アレ』から逃げ出せれば、それで十分だったんだよ」


 青年は、男を押さえたままの立ち尽くす巨漢に顎で指示を下す。


「ほらほら。まだ左手が残ってるじゃないか」

「……」


 巨漢は一旦青年の方を見ると、言われるがままに男の左手を同様に握り潰した。

 両手と顎を破壊された男は悲鳴も上げることができず、巨漢に放られてそのまま背中から倒れ込んだ。


「ま、そんなところか……おい、抱えろ」


 青年がそう言うと、巨漢は青年を片腕で抱え上げる。


「じゃ、戻るとするか……『愛しい我が家』へ」

「……」


 青年の言葉に返事をする代わりに、巨漢はその場で垂直に跳び上がった。

 建物の三階に到達する高さで一瞬止まると、次は手首から紐状の物体を射出する。紐が近くのアパートメントの屋上に引っかかると、巨漢と青年の身体はそちらに引き寄せられた。


「おい、あそこで誰か倒れてるぞ!」


 裏路地での騒ぎにようやく気付き、表通りから覗き込んだ歩行者が大声を上げる。

 野次馬が次々と重傷を負った男を遠巻きに眺めるが、誰一人として青年と巨漢の姿を見たものはいなかった。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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