9. お茶会改め、ミリエッタを愛でる会
社交界に彗星の如くミリエッタが姿を現わしてからというもの、四大公爵が揃って骨抜きにされ、幸か不幸かデビュタントから丸二年もの間、ミリエッタに婚約者が出来なかったことは有名な話である。
あのゴードン伯爵家の長女が誰を選ぶかは、常に社交界の注目の的であり、口の端に上らない日はないくらいだった。
そして今日、オラロフ公爵家で開かれたお茶会でも、令嬢達の最大の関心事はやはり、先日の夜会でのこと。
開始早々、ミリエッタは質問攻めにされ、どうしたものかと困り果てていた。
「ミリエッタ様、先日街でお二人をお見かけしたのですが、もしかしてもう婚約を?」
オラロフ公爵家の長女ステラが目を輝かせてミリエッタに問いかける。
「いえいえ、そんな婚約などと、とんでもございません。一緒に街を散策したのですが、紹介してくださったスイーツのお店がそれは美味しかったので、今度是非ご一緒しましょう」
「スイーツのお店?」
「王立劇場の近くにある赤い看板のお店です。トゥーリオ公爵家が出資されていると伺いました。二階が個室になっていて、趣のある素敵な内装なのですよ」
「……赤い看板のお店?」
ステラがしばらく思案していると、今度は隣のスカーレット・エラリアが興味津々で話しかけてくる。
スカーレットは、オラロフ公爵家の傍系。
本日は交易ルートの検討会をするという名目で、大人達もまた別館に集まっているらしい。
「何が美味しいのですか? 是非行ってみたいです!」
「一番美味しかったのは『クレープ・シュゼット』です。ジェイド様は紅茶に詳しいだけでなく、節くれだった無骨な手で、とても優雅に召し上がるので、驚いてしまいました」
エスコートもお上手で物腰も柔らかく、とても楽しい一日でした。
ミリエッタの言葉に、令嬢達が顔を見合わせる。
「そういえば、王立劇場へは足を運ばれたのですか?」
「はい、騎士と姫君の恋物語で……とても素敵でした。あんな恋がしたいものです」
頬を上気させ、ふわりと微笑むと、その場にいた令嬢達がその美しさに溜息を洩らした。
「もう可愛い! ミリエッタ様可愛い!! 大丈夫でした? トゥーリオ卿におかしなことはされませんでしたか!?」
ステラがミリエッタに抱き着きながら、心配そうに問うと、取り囲む令嬢達もゴクリと息を呑む。
同性の我々ですら、彼女が悩ましい吐息を漏らす度、何やら色めいた気持ちになるのだ。
ましてや血気盛んな男盛りの騎士であれば……聞きたいけれど聞きたくない。そんな気持ちなのだろうか、ステラが抱き着いたまま遠慮がちに続ける。
「なにかこう、無理強いされたりはしませんでしたか? そそその、口付けとか……?」
「え……」
そういえば、帰りの馬車でずっと抱きしめられた。
包み込むように回された太い腕と、ほのかに香るムスクの香りを思い出し、ミリエッタは思わず赤面する。
その様子を固唾を呑んで見守っていた令嬢たちは、ガタガタと椅子から立ち上がり、至近距離でミリエッタを取り囲んだ。
「なにを、何をされたのですかッ」
「まさか無体な事を!?」
あ、まずいこのままではジェイド様にあらぬ疑いがかかってしまうと、ミリエッタは大慌てで否定する。
「ちがっ、違います! 前日も帰宅が深夜だったとのことで……お酒も入り、業務の合間を縫っていらしたので、お疲れだったのでしょう。帰りの馬車では、私を枕代わりに寝入ってしまわれただけです」
無理をさせてしまい、むしろ謝るのは私のほうですと、ミリエッタは恥ずかしそうに微笑む。
本当かなぁと疑いの眼差しを向けるステラと他数名。
その時、別館に集まった大人達から、もしよければ是非検討会に参加しないかと声がかかったため、ミリエッタは一礼してお茶会を後にした。
後に残され、暫くの間沈黙していた令嬢たちは、それぞれに視線を交わす。
「……皆さま、どう思われますか?」
ステラが口火を切ると、皆一斉に捲し立てるように訴え始めた。
お茶会はもう一話続きます(明朝、投稿予定)
↑あ、昨日も……汗