8. 四大公爵家の緊急会議② ~丁度良い落としどころ~
「ではこうしよう。二日後のラーゲル公爵家のお茶会に、確かゴードン伯爵夫人も招待されていたはずだ。……そこで、ゴードン伯爵夫人を説得し、それぞれに機会が与えられるよう、ハンカチをもう三枚追加すればいい」
エントリーできるのは合計四枠。
そのうち一枠は既に埋まっているため、残り三枠を奪い合えばいい。
「ゴードン伯爵夫人を説得できなければ、そこで話は終いだ。あまり強制する類の話でもないからな、その辺りの見極めは、貴公らに任せよう。……但し、これだけ譲歩するのだから、条件を三つ出させてもらうぞ」
一つ目は、直接の紹介は今までどおり禁止とし、あくまでミリエッタ自身に選ばせるという体を為すこと。
二つ目は、今回のトゥーリオ公爵のように、意図的な選択肢を与えての誘導は禁止とすること。
また同様の不服申し立てとなり、キリがないからだ。
三つ目は、期限を設けること。
ミリエッタももう十八歳。三か月を期限とし、その間に成し得なければ、この話は無効とする。
「これならどうだ? 納得のいく落としどころだろう」
トゥーリオ公爵の言葉に、それであればと三人の公爵は満足げに頷く。
かくして、四大公爵家の緊急会議は、無事散会となった。
***
手短に会議を終えたものの、トゥーリオ公爵が帰宅する頃には夜も更け、湯浴みは明日にするかと疲れた身体で馬車から降りる。
出迎えた執事を労うと、二階からドタドタと音を立て、トゥーリオ公爵目掛けて猛然とジェイドが走ってきた。
「ま、待て! どうした落ち着け! 頼むから止まれ!!」
脇目も振らず、一心不乱に猛スピードで駆け寄る巨躰に慄き、後退るが、如何せん相手は肉弾戦に長けた騎士。
逃げる暇もなく、ましてや逃げおおせる訳もなく、目の前に来たと思った瞬間、脇に手を差し込まれ、視界が一気に高くなる。
「ちょ、待っ、う、うわあぁぁああッ!? アガガガガガ」
百九十センチを超える巨体に、赤子のように高い高いをされ、上下にガクガク揺さぶられるトゥーリオ公爵。
小さいほうではないが標準的な身長であり、適度に筋肉も付いているため、そこそこの重さがあるはずなのだが、それを物ともせず、今度は高く持ち上げたままグルグルと回り始める、公爵家次男。
騒ぎを聞きつけ、夫人と長男が呆れ顔で二人を見つめている。
「待てッ……酔う、酔う、吐くから止まってくれ!!」
堪らず叫ぶと、ようやく父の異変に気付いたのか、ジェイドはそっと、トゥーリオ公爵を床に降ろした。
ガシリと両肩を掴み、「ありがとうございます!」と、感極まったように礼を言う。
そうか、それなら良かったと、吐き気を堪えながら弱々しくへにゃりと微笑むと、勢いよく頷くジェイドの太い指が肩にめり込み、大層痛い。
「分かったから、一旦落ち着け! 折れる! 折れるから!!」
本人はさして力を入れているつもりは無いのだが、メリメリと肩に食い込む指に、思わず叫ぶと、今後はぎゅむっと抱きしめられた。
「ありがとうございます!!」
聞いた聞いた、さっきそれは聞いたから。
暑苦しいから離せと騒ぐトゥーリオ公爵を、肋骨が折れそうなほど強く抱きしめた後、再度礼を言い、ジェイドは自室に帰って行った。
嵐のような男だと、ドッと疲れて項垂れるトゥーリオ公爵に、夫人が寄り添い、背をさすりながら優しく微笑んでくれる。
「先程観劇のチケットを譲ってくれと頼まれたのですが、一抹の不安が残りますね」
芝居なんて観たこともないくせにと、長男のアランが呟き、三人は不安そうに顔を見合わせた。
***
(SIDE:国王)
平民同様、貴族社会の晩婚化を憂慮し、月に一度開かれる王家主催の夜会。
王家主催と言っても厳格なものではなく、今時の若者世代に配慮したフレキシブルなもので、好評を博している。
問題など起ころうはずもないその夜会の後、四大公爵が集まり緊急会議が開かれたとの報告があり、すわ一大事かと護衛を伴い、慌てて『討論室』へと向かった国王は、扉の隙間からそっと会議の様子を窺った。
途中、デズモンドが拳で机を叩き割る場面はあったものの、トゥーリオ公爵は終始穏やかで、話し合いは無事に終わり、皆笑顔で散会する。
実にくだらない議題だったが、丸く収まって本当に良かった。
国境付近でたまに他国との交戦があるものの、デズモンドのおかげで大事に至ることもなく、外交についてはトゥーリオ公爵が一手に担い、同盟国ともとても良い関係を築けている。
資源も豊かで、領内に港を持つオラロフ公爵が、貿易により多額の収益を上げてくれるおかげで国庫は潤い、家門から学者を多数輩出しているラーゲル公爵が各領地の営農指導に尽力しているため、食糧庫は常に一杯。
国民がお腹いっぱい二年は食べられる程の備蓄を有している。
我が国は本当に平和だな……。
良かった良かったと、国王は安堵の溜息をつき、自室へと戻って行った。