表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/39

5. 多忙を極めた五日間


 店の一階には人が溢れ、席待ちの行列が出来ている。


 二人が店に近付くと、オーナーだろうか、奥から三十代前後の女性が走り寄り、ジェイドと言葉を交わした。


 そのまま裏口に通され、二階にある、少し広めの個室へと案内される。


 一階席は多くの客で賑わい庶民的な雰囲気だったが、二階は一転して品のある調度品が並べられ、スイーツ店というよりは高級レストランのようだ。


「実はここ、()()()出資をしているお店なんです。二階は予約席となっていまして個室が四つあるのですが、本日は個室席の予約客がいなかったため、折角なので二階を丸ごと貸し切りにしてもらいました」


 給仕によって運ばれてきた調理ワゴンには、季節のフルーツが盛られたケーキに、シュークリーム、クッキーやチョコレート等、色とりどりのスイーツが所狭しと並べられ、目を楽しませてくれる。


「美味しそう……落ち着いた雰囲気の、素敵なお店ですね」


 こんなに沢山あると迷って選べないわ、とミリエッタが悩んでいると、先程のオーナーらしき女性が給仕に続き入室した。


「ようこそお越し下さいました。私は当店のオーナパティシエ、マーリンと申します。もしよろしければ、本日のおすすめ『クレープ・シュゼット』は如何でしょうか」


 マーリンの言葉を受け、ジェイドも慌てたように口を開く。


「この店は『クレープ・シュゼット』が絶品なんです。目の前で焼いてくれるので、苦手でなければ是非」


 二人に薦められ、それでは折角だからとを注文すると、マーリンがクレープを薄く手焼きし、片手鍋に入れ、他の材料と一緒に煮込んでいく。


 仕上げにとフランベした瞬間、ボッと音を立てて片手鍋から炎が上がり、室内に甘い香りが立ち込めた。


 取り分けられ、フルーツを添えた皿が目の前に運ばれると、それまでマーリンの手元を楽し気に見つめていたミリエッタが、思わず「わぁっ」と小さく歓声をあげる。


 タイミングを同じくしてティーカップに紅茶が注がれ、給仕とマーリンが退室すると、「まだ熱いので、気を付けてお召し上がり下さい」とジェイドが優しく声を掛けた。


 それでは頂きますと、ソースをたっぷり付けて頬張ると、オレンジの良い香りが口腔内から鼻腔をつく。


 焼き立てのもちもちした生地の美味しさに、ミリエッタは蕩けるような笑顔をジェイドへ向けた。


「美味しい! ……こんなに美味しい『クレープ・シュゼット』は初めてです。素敵なお店を紹介してくださり、ありがとうございます!」


 頬に手を当て喜ぶ姿に、ジェイドも、それはそれは嬉しそうに相好を崩す。

 剣ダコだらけの指からは想像ができないほど優雅に切り分け、ミリエッタが口に運ぶタイミングに合わせて、彼もまた自身の口へと運んでいく。


 少し休憩と、手元のティーカップを傾けたミリエッタは、一口飲んで驚いたように目を瞠った。


「……ッ! こちらのお店は、随分と珍しい茶葉を扱っていらっしゃるのですね」


 爽やかな香りの中に、ほんのりとした甘み。

 僅かな渋みが口内に拡がり、甘くなった舌を中和する。


「つい先日、ドラグム商会が領地に訪れまして」


 大陸を跨ぐドラグム商会は、各国の珍しい特産品を扱っているのだが、贅沢品が多いため、質素倹約をモットーとするゴードン伯爵領へは滅多に立ち寄らない。


 ところがつい先日、――三日前に珍しい茶葉が手に入ったから是非にと訪れ、ミリエッタも同席し、いくつか試飲をさせてもらった。


 その中で数点、気に入ったものを購入したのだが、今口にした紅茶はその中の一つである。


「品質も良く、お値段も手頃だったため購入したのですが……まさかここで飲めるとは、思いもよりませんでした」

「……それは、偶然ですね。公爵家でも好評だったため、まとまった量を購入し、店に卸したところです。こちらの茶葉は高地で摘まれるのですが、標高の高さで味が変わるそうですよ」


 ジェイドが解説をすると、ミリエッタがキラキラと目を輝かせ、飴色の液体を再度口に運ぶ。


「とてもお詳しいんですね! こちらは恐らく標高二千メートル帯で摘まれたものでしょうか?」

「はい、仰る通りです」


 気のせいだろうか、心なしかジェイドの頬が少し引き攣った。


「二番摘みかと存じますが、お薦めいただいたスイーツとの相性も素晴らしいです」

「……そうですね」


 ああ、どのスイーツと合わせればよいかしら。

 その場合は、あれとこれと……。


 スイーツと紅茶のマリアージュを、夢中で語り始めたミリエッタだったが、ふと顔をあげ、ジェイドを真正面から見つめた。


「一番摘みですと、ジェイド様はどのスイーツが合うと思われますか?」

「……そ、そうですね、うううーん」


 ワゴンに並べられたスイーツを、ミリエッタはうっとりと思い出す。


「ああ、でも渋みが強いから、ミルクティーのほうが良いかもしれないわ。ジェイド様はどう思われますか?」


 まさか紅茶談議に花を咲かせられるご令息がいるとは!

 予想外に博学なジェイドに嬉しくなったミリエッタは、次から次へと矢継ぎ早に質問を投げかける。


 もはやデートであることをすっかり忘れ、仲のよい友人とお茶をしているような心持ちのミリエッタ。


 楽し気な姿を嬉しそうに見つめながら、ジェイドはテーブル上の呼び鈴をそっと肘で押した。



 ***



(SIDE:ジェイド)


 兄から()()()()()芝居のチケット。


 早めに到着できれば、観劇後の夕食だけでなく、女性が好みそうなスイーツを御馳走出来る機会があるかもしれない。


 一緒に過ごす時間は、長ければ長い程良いに決まっている。


 ゴードン伯爵領からの帰り道、王立劇場近くで飲食可能なスイーツ専門店を物色しに行ったが、ミリエッタの好みに合いそうな店が見つからない。


 ジェイドは早々に予約を諦め、それでは思い通りに改装してやろうと()()調()()で判明していた情報を元に、これまで使い途の無かった祖父の遺産で、人気のスイーツ店を丸ごと買い上げた。


 翌日、ドラグム商会を呼出し、ミリエッタが好きそうな珍しい紅茶を数点提案させるが、如何せん値段が高い。


 それなら差額を払うからと、半分の金額で提示するよう依頼し、ゴードン伯爵領へと向かわせたのが四日前。


 思惑通り、気に入った紅茶をミリエッタが購入し、同じものを店用に仕入れたのが三日前だ。


 加えてスイーツ店の改装も必要なため、トゥーリオ公爵家御用達の職人を急ぎ手配する。

 一階は現在営業中、しかも間に合わないため二階のみを改装し、完了したのが二日前。


 同時並行で、スイーツが得意な公爵家の料理人に声を掛け、オーナパティシエとして雇い入れる。


 ……どんなに腕が良くても、男はダメだ。

 あまりの美味しさに、ミリエッタが話しかけてしまうかもしれない。


 運が良ければ女性目線ならではのアドバイスも貰えるかもしれないと、兼ねてより自分の店が持ちたいと語っていた女料理人のマーリンに、白羽の矢を立てた。


 なお、本件については()から了承を得ているため、何ら差支えはない。


 ……料理人は騎士同様、序列の厳しい体育会系。


 ご令嬢の興味を引くには、やはりライブ感があったほうが良いだろう。


 改装されたスイーツ店二階のキッチンで、穏やかな会話から始まった特訓は深夜にまで及び、段々と熱を帯びてくる。


「全然駄目だ、お前の本気を見せてみろ!」

「ハイッ!」

「成功報酬も出してやる! 王都で夢だったスイーツの店が持てる、これは凄いチャンスだ!」

「ハイィッ!」

「いいぞ! これだ、この味だ!」

「ぅおお、ありがとうございます! ジェイド様、私、ついに夢が叶うのですね!」


 さりげなく同じ動作をすると、相手に親近感を与えることができるという素敵な情報まで入手し、あとは決戦の時を待つだけと、満足感に満たされながら公爵邸へと戻ったのが、前日の夕刻。


 マーリンとの激しい特訓でほとんど睡眠を取っていなかったため、食事もそこそこに湯浴みをし、さあ眠ろうと横になるが、緊張と高揚感で眼が冴え、まったく眠くならない。


 このまま夜々中に眠りに落ち、寝坊でもしたら一大事とジェイドは寝台から起き上がると、徐に準備をし、部屋を出た。


 その足で邸宅外れの使用人宿舎に向かうと、御者を叩き起こし、事前に手配をしていた巨大な花束を抱え、そのままゴードン伯爵邸へと向かわせる。


 そこからは計画通り。


 店の雰囲気や内装に目を留め、『本日のおすすめ』に舌鼓を打ち、美味しい紅茶に顔を綻ばせるミリエッタ。


 店も料理も、気に入って当然。

 なぜならミリエッタの()()()()()()に、準備をしたのだから。


 付け焼き刃の知識も披露し、よしよしとほくそ笑んでいたジェイドだが、ミリエッタの次の言葉に固まった。


「とてもお詳しいんですね! こちらは恐らく標高二千メートル帯で摘まれたものでしょうか?」

「はい、仰る通りです(……標高二千メートル帯?)」


「二番摘みかと存じますが、お薦めいただいたスイーツとの相性も素晴らしいです」

「……そうですね(二番摘み? 番号があるのか?)」


「一番摘みですと、ジェイド様はどのスイーツが合うと思われますか?」

「……そ、そうですね、うううーん(食べられればなんでも……)」


「ああ、でも渋みが強いから、ミルクティーのほうが良いかもしれないわ。ジェイド様はどう思われますか?」


 わくわくと期待に満ちた眼差しを向けられるのは非常に嬉しいが、これ以上は厳しい。


 ……知ったふりをしてごめんなさい。


 ジェイドはついに観念し、テーブル上の呼び鈴をそっと肘で押した。


 ちりん!

 呼び鈴が床に転がり、慌ててマーリンが駆けつける。


 ……タスケテ!


 必死の目で訴えるジェイドの救援信号を受け取ったマーリンが、ちゃっかり成功報酬アップを示唆しつつ、ミリエッタの会話をすかさず拾う。


 バトンは無事、生粋の料理人であるマーリンへと引き継がれた。


 紅茶の勉強をする必要があるな。

 そういえば、『大陸紅茶大全』なる図鑑が、書庫にあったような……。


 仲良く紅茶談議をする女性二人を眺めながら、共通の話題でもっと仲良くなろうと、ジェイドは新たな扉に手をかけた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ