4. むしろ役得です!
さすがは公爵家の馬車。
王都中心部まで道が舗装されていることもあるが、揺れも最小限に留められ、伯爵家の馬車と比べ段違いに快適である。
家族以外の男性と二人きりで馬車に乗るなど初めてのことだったので、始めは緊張して上手に話せなかったが、終始笑顔で話しかけてくれるジェイドに、ミリエッタの緊張も少しずつ解けていった。
「少しお時間も早いようなので、差支えなければ、王立劇場の近くを少し散策しませんか?」
最近出来たのですが、とても美味しいスイーツのお店があるんですと、ジェイドが提案してくれる。
向かい合わせで馬車に乗った直後は、身を乗り出すように距離を詰めて話しかけてきた。
その度に、ミリエッタが少し怯え、顔を強張らせていたことに気付いたのだろうか。
程なくして彼は身を乗り出すのを止め、ゆったり座席に腰掛けて一定の距離を保ちながら、怖がらせないよう、優しく話しかけてくれるようになった。
騎士という職業柄、荒事を引き受けることも多い。
初対面では騎士服だったこともあり、無骨な印象を持っていたが、翌日領地を訪れた姿はむしろ、洗練された貴族令息そのもの。
だが高位貴族にありがちな横柄さもなく、よくよく観察すると少々不器用な面があるものの、物腰は柔らかく、相手を尊重しようとする姿はとても好ましい。
程なくして目的地に到着し、御者が扉を開けると、ジェイドが手を差し出し、エスコートしてくれる。
馬車から降りたミリエッタが、彼の腕に手を添えたほうが良いのかしらと思案していると、目線を合わせるように、ジェイドが腰を屈めた。
「少しだけ歩きますが大丈夫ですか? ……歩き疲れたら、抱き上げますので、なんなりとお申し付けください」
茶目っ気たっぷりの表情を見せるジェイドに、つられて笑顔になり、コクリと小さく頷く。
「遠慮は無用です。やわな鍛え方はしていませんので、片腕でも余裕です!」
「ふふ、そんなことをしたら、ジェイド様が疲れてしまいます」
後で試してみますかと真面目な顔で冗談を言いつつ、早く早くと腕を差し出してくる。
思わず噴き出したミリエッタは、さっきまでの葛藤が嘘のように自然と、その腕に手を添えることが出来た。
「ジェイド様は、とても慣れていらっしゃるのですね」
慣れないデートに固くなるミリエッタの緊張を解し、スマートにエスコートしてくれるジェイドに、感嘆の息をつく。
「実を申しますと、私は背も低く、すぐに迷子になってしまうため、人混みがあまり得意ではないのです」
努力して出来るようになることもあるが、如何せん方向音痴だけは直らない。
「……ですが、ジェイド様がエスコートしてくださるなら、安心ですね」
ジェイドの腕に手を添えながら、もう片方の手を口元にあて、下から見上げるように微笑むミリエッタ。
目線が交差すると、ジェイドの身体がビクッと硬くなる。
次の瞬間、全身を真っ赤に染め、ミリエッタから顔を背けた。
具合でも悪いのだろうかと、心配げに腕をさすると、何やら小刻みに震え始める。
自分の発言で気分を害し、怒らせてしまったのだろうかと不安になったミリエッタが、添えた腕を引こうとした瞬間、ジェイドはミリエッタの手を、包み込むように両手で掴んだ。
「いつでも……お望みならば、いつでもエスコートしますッ!」
「!? あ、ありがとうございます」
一気に縮まる距離に、今度はミリエッタの顔がほんのりと色付く。
ジェイドはミリエッタの手を握りしめたまま、目的の店へと歩を進めた。
「え、ちょ、ジェイド様!」
「ご安心ください、目的地まで、あと数分程度です。十メートル先に見える看板を曲がった場所にありますので、俺が責任を持ってご案内します」
「いえ、その違くて、手が……手がッ!?」
どの言葉が彼の琴線に触れてしまったのだろうか。
まるで任務にあたるように目を配りながら、優しくミリエッタの手を引くジェイドの耳には、最早周囲の雑音は届いていないらしい。
かくして二人は無事、スイーツの店へと辿り着いた。
貸し切りになっていた二階席へ案内された後、ミリエッタから感謝の言葉を贈られたジェイドは、それはそれは嬉しそうに相好を崩したのだった。