38. 大好きな貴方と
主祭壇の左右に、向かい合わせに置かれた巨大なパイプオルガン。
荘厳で厚みのある美しい音色は、見上げるほど高い天井を突き抜けるように空気を震わせ、大聖堂の内部を満たす。
大窓を飾る豪奢なステンドグラスから差し込む陽の光……柔らな輝きが花嫁を包み込み、その幻想的な姿に参列者たちは息をするのも忘れ目を奪われた。
ドレスのスカート部に施された平織りのシルクオーガンジーは、上品な透け感と独特の光沢が見事に調和し、花嫁の動きに合わせてふわりふわりと揺れ動く。
諸外国の要人や王族、並み居る貴族達が見守る中、少し高い主祭壇の前で誓いの証を立て指輪の交換をすると、泣いているのだろうか、友人席から鼻をすする音が聞こえた。
花嫁の顔を覆うベールを震える指で上げると、そこには、恥ずかしそうにジェイドを見上げるミリエッタの姿。
裾がフレアに拡がったプリンセスラインのウエディングドレス。
身頃に縦方向へと入ったダーツは美しい身体のラインをより際立たせ、大きく開いた肩口からは、目映いばかりに艶めく肌がのぞく。
大聖堂の荘厳な雰囲気の中、淡く光をまとい輝くように微笑むミリエッタは、純白のドレスも相まって女神のように美しい。
二人を遮るものがなくなり、そっと目を閉じるミリエッタの頬に、ジェイドは優しく包み込むように触れた後、泣きそうに目を瞬かせると顔を傾け、優しく優しくキスを落とした。
ゆっくりと唇を離し、頬を染めながら見上げるミリエッタを潤んだ目で見つめる。
あとは祈りを捧げ、結婚証明書にサインをするだけ……なのだが、それきり固まって動かなくなったジェイドに、ミリエッタは小さく声を掛けた。
「ジェイド様、ジェイド様、……あの、どうかされましたか?」
困ったように眉を下げるミリエッタの唇を凝視したまま、ピクリとも動かない。
「……これは、夢?」
「ええっ!? しっかりなさってください。夢ではありません、現実です」
「でもミリエッタが俺と挙式を」
「現実です。そして今誓いのキスをしたところです」
誓いのキスが終わるや否や、何やらもにょもにょと話し始めた二人に、会場が僅かにざわりと揺れる。
これはまずいとミリエッタは、ジェイドを正気付かせようと顔を覗き込んだ。
「しっかりしてくださ……ん」
誓いのキスは先程終わったばかりなのに、またしても優しくキスをする。
「ジェイド様、あのもう……んん」
いつの間にか腰を抱かれ、指の間に耳を挟むように頬を固定し、もう一度。……また離し、ミリエッタをしばらく見つめ、再び唇を寄せる。
ふわりと優しく唇を重ねること数回、困ったミリエッタがそろそろと瞼を持ち上げると、蕩けるような瞳で見つめられ、それ以上何も言えなくなってしまった。
抱きしめられ、繰り返し触れる優しい唇を、されるがままミリエッタは受け入れ……いつまで経っても終わらない口付けに、ゴホゴホと司祭が咳払いをすると、参列者達から笑いが起こる。
「……ありがとう」
ミリエッタが結婚証明書へサインをすると、しばらく黙ってそれを見つめていたジェイドが、震える声で小さく呟いた。
ふと口から漏れ出た、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声。
その声を耳で拾い、微かに笑みを浮かべたミリエッタは、固く握られたその手に触れ、そっと解し指を絡ませる。
「……ジェイド様、大好きです」
指先で触れながらそっと視線を送り、小さく囁くと、ジェイドは驚いたように目を大きく見開いた。
「口付けは後でいくらでもしますから、今は我慢してくださいね?」
衝動的にミリエッタを抱き締めようとするので、ジェイドにだけ聞こえるよう耳元に口を寄せて可愛く注意すると、コクリと大きく頷き、神妙な面持ちで大人しくなる。
よし、これでもう安心。
式も終わり外に出ると、雲の切れ間から太陽の光がこぼれ、参列者達のフラワーシャワーにより舞った花びらがキラキラと、光の粒になって降り注ぐ。
「ミリエッタ様――ッ!」
「おめでとうございます!!」
「ジェイド、幸せになれよ! ミリエッタ様、こいつをお願いします!」
「幸せになってくださいね――!」
ジェイドの同僚や、ミリエッタの親友達、家族や今まで出会った様々な人達……数えきれない程沢山の祝福の声に囲まれて、二人は幸せに包まれながら手を振り続ける。
ジェイドは眩しそうにミリエッタを見つめ、柔らかに微笑むと、次の瞬間軽々と抱き上げて、そのままキスをした。
「お前何をやってるんだ!」
「キャーッ、ミリエッタ様――!」
デズモンド兄妹がさすがの声量で叫ぶ声が聞こえる。
「ちょ、ジェイド様、ここでは、んぅ――!」
長い長いキス。
参列者達から、どっと笑いが湧き起こる。
「ちょっと待」
「後でいくらでもするって、言ってただろう?」
「えええ、そりゃあ言いましたけど、ちょ、ちょっと待ってください。今じゃなくてまた後で」
ジェイドの口を両手で押さえ、大慌てのミリエッタに、ジェイドの目が柔らかく歪む。
「大事にする」
「……もう、何度も聞きました」
「何度でも。……毎日でも」
「ふふ、ふ、いくら何でも毎日は多いです」
そう言うと、逞しい腕の中でミリエッタは少し考えるように小首を傾げ、それからジェイドの頬を両手で包んでキスをした。
おおおッ!? と、どよめく観衆。
「披露宴は後日にする。今日は解散」
ミリエッタの小さな手に包まれて、ジェイドは目を丸くした後、このまま披露宴会場に行くはずが突如中止を宣言し、勝手に馬車に乗り込んで帰ろうとする。
爆笑の渦に巻き込まれたミリエッタは、ジェイドに再度キスを落とし、唇を耳に寄せ囁いた。
「今は駄目です。……後で、いくらでも」
湯気が出そうな程、顔を上気させ思わず俯くジェイドと、ニッコリ微笑むミリエッタ。
つ、強い……これは無理だ。
こんなご褒美をぶら下げられたら、逆らえる男なんていないだろ……。
いいように転がされてますね。
花びらを撒く三人の友人は、顔を見合わせ、ひそひそと言葉を交わし、……幸せそうな二人に祝福の声を掛けるのだった――。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
タイムラグがあり恐縮ですが、感想へも徐々にお返事していきますので、もう少々お待ちください。
この後、不定期で閑話を追加予定なのでブクマはそのままにしていただけると嬉しいです。
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なお、本編とは別建てのほうが収まりが良くなるため、【番外編】を追加しています。
下スクロールしていただくとリンクがありますので、是非ご覧ください。
①【番外編】キール×アンナ
②【番外編】イグナス×ステラ
③【番外編】アレク×??? ※準備中
また最後になりますが、読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました。
嬉しかったです。