37. 【閑話】とある休日の一幕
ティナとミリエッタが、キールの出資する店へ遊びに行くらしい。
しかも王都で話題の店にまで立ち寄ると聞き、ジェイドは心配で居ても立ってもいられず、こっそりと遠くから、隠れて尾行していた。
デズモンド公爵家の騎士もいるから心配ないとミリエッタは言うが、あんなことがあったばかりである。
傍に付く騎士がどれほどの腕かも分からないし、万が一ということもある。
「キール様も顔を出してくださるそうなので、小物を新調してきます」
一階は、何種類かの規格から半オーダーメイドのような形式で注文が出来、一部既製服の取扱いもある少しリーズナブルなお店。
二階は馬車を横付けして、人目に付かず裏口から入店できる仕様になっており、生地の選定から縫製まで、隣接するアトリエで一貫しておこなうことが出来る、貴族を対象にした完全オーダーメイドのお店。
二人が遊びに行くため、キールも顔を出すようだが、如何にも貴公子然としたあの様子から見るに、有事の際、身体を張ってミリエッタを守ることは難しいだろう。
故にこの尾行はやむを得ない……必要に迫られたものである。
そんな言い訳を自分にしつつ、植え込みの影に大きな身体を隠していると、キールの声はボソボソとくぐもって聞こえないものの、ティナとミリエッタの声は、少し開いた二階の窓から何とか聞き取ることができた。
キール 「(ぼそぼそ)……、どうだった?」
ティナ 「うーん、正直ちょっと期待はずれでした」
ミリエッタ 「あら、ティナ様も? わたしもです。イマイチというか……満足のいくものではなくて」
え? 一体何の話?
なにやら不穏な会話をする三人。
ティナはルークとの婚約が決まったと聞いている。
買い物に行くと見せかけて、二人はキールに互いの婚約者の愚痴を言いに来た……ということだろうか。
キール 「(ぼそぼそ)……、不満があるなら言ってくれれば、僕も期待に沿えるよう頑張るよ」
ティナ 「まぁ嬉しい! いつも単調で、もっとこう工夫を凝らしてもらいたくって」
ミリエッタ 「おっしゃるとおり、いつも代わり映えしないから、飽きてしまいますよね」
い、いつも単調!?
いつも代わり映えしない……?
飽きられるのは困るから、言ってくれれば幾らでも努力する所存だが、キールお前ふざけるな、何を頑張るつもりだ。
キール 「(ぼそぼそ)……、そういう時は、思い切って捨てるといい。スッキリする」
ティナ 「そうですよね、必要ないものをいつまでも傍に置いておくのもねえ」
ミリエッタ 「でもなんだか申し訳ない気持ちだわ」
ミリエッタとの婚約をあんなに祝ってくれたのに、お前なんてことを言うんだ。
ティナも大概辛辣だが、ミリエッタのように同情心で一緒にいられても……だが捨てられるくらいなら、傍にいられるだけマシなのか?
ぐるぐると頭の中で激しくツッコミを入れていると、突然二人から歓声が上がった。
キール 「(ぼそぼそ)……悩むなら試してみたほうが早い」
ティナ 「キール様、これすごい……気持ちがいい」
ミリエッタ 「こんなの初めてです。あ、お待ちくださいそんな、え? うそ、すごい」
何をしているのかは分からないが、きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃぐ二人の声。
もう、駄目だ! これ以上は看過出来ない!
三人の会話に、如何わしい事でもしているのではと我慢出来ず、ジェイドはミリエッタのいる二階に駆け上がろうと植え込みからガサリと飛び出した。
と、同じタイミングで数メートル先の木の陰から飛び出した、筋骨隆々の怪しげな男……。
二人はしばし無言で見つめ合い、そして、通じ合った。
ジェイドを先頭に、訓練さながらのスピードで階段を駆け上がると、入口の扉を開き、先程三人がいた部屋へと飛び込む。
「お兄様っ!?」
「ジェイド様、なぜここに?」
テーブルいっぱいに広げられた革製品の見本表に、手袋のデザインブック。
キールが少し大きめのサンプル帳を開き、そして二人は各々手を触れている……という状態。
飛び込んできた二人に驚き、ティナは触れていた素材サンプルを手離し、そしてミリエッタもまた、装飾の刺繍見本表から指を離した。
「「……」」
何かを察したティナとミリエッタに、じと目で睨まれる二人。
ふと見ると、キールが肩を震わせて笑っている。
「……あー、だめだ。面白い……思っていたよりも頑張ったね。もう少し早く入ってくるかと思っていた」
キールの言葉に、ティナとミリエッタが驚いたように目を瞠る。
「やはりお前、わざとか。気付いていたなら何故言わない」
「いや、だって二人とも一生懸命隠れていたから、声を掛けられない事情があるのかと、これでも気を遣ったんだけど」
笑いながらキールが窓際に行くよう促す。
二人が覗くと、先程隠れていた場所が丸見えになっている。
「そもそもあんな場所に、その身体で隠れられるとでも思った? 着いて早々、一階の店員から『大きな男性が二名、不審な動きをしている』と、報告が上がってきたよ」
くそ、こいつ、最初から分かっててあの紛らわしい会話かと、ジェイドとルークが睨み付けるが、ものともしない。
「オーダーしても、手袋はいつも同じようなデザインになってしまうし、最近できた話題のお店を見に行ったものの何だか期待外れ……そこで、輸入したばかりの新しいサンプルを紹介していたところだ」
顔を見合わせるルークとジェイド。
「あれほど、付いて来ないでと言ったのに……」
「す、すまない」
怒り始めたティナに、わたわたと謝るルーク。
一方ジェイドは、ミリエッタに冷たい視線を向けられ、それ以上は何も語らず、少し離れたところに静かに座った。
「素敵な素材が見つかったから、ミリエッタ様とお揃いで注文をして……折角だから、お兄様のもお揃いでお願いしようと思ったのに!」
えっ、そうだったのと驚くミリエッタ。
そうなると、自動的に俺とミリエッタもお揃いになるが、お前はそれでいいのかと疑問に思うが口に出せない様子のルーク。
……俺の分は? と思いつつも下手に口を出すと藪蛇になりそうなので、置物のように沈黙を守るジェイド。
「それじゃあ、私もジェイド様とお揃いにしようかしら……?」
「それでは四人でお揃いですね!」
差支えはないが、ティナとミリエッタがいないと、男だけ……ルークとジェイドが二人でお揃いを身に付けているように見えはしないか?
微妙な顔で視線を交わすルークとジェイド。
「使用する場面や、それぞれの骨格でデザインも変わってくるから、それじゃあ同じ素材を使って、デザインを見てみるか。ルークとジェイドも少し時間はあるかな?」
渋い顔の男二人にすかさず助けの手を差し伸べ、先程の悪戯を帳消しにしたキールが早速デザイナーを呼ぶと、少し細身な四十前後の男性が部屋に入ってきた。
ルークとジェイドの手を確認し、素早く何かを記録した後、徐にティナとミリエッタの元へ歩み寄る。
それを見て、同じタイミングで椅子から立ち上がった筋骨隆々の二人の男。
ふたりはしばし無言で見つめ合い、そしてまた通じ合った。
「「交代で」」
まぁ、そう言うと思ったよ、とキールは笑い、女性デザイナーに交代するよう指示を出す。
こいつ俺達で遊んでるな……。
絶対に確信犯だろう……。
楽しそうに指示を出すその様子に、ルークとジェイドは再び視線を交わし、またしても通じ合うのだった。
***
(閑話おまけ)
王宮での執務を終え、トゥーリオ公爵は疲れた身体で馬車から降りる。
出迎えた執事を労うと客室の扉が音を立てて開き、大きな獣のような黒影が、トゥーリオ公爵目掛けて猛然と突っ込んできた。
「ま、待て! 何なんだ、どうした落ち着け! 頼むから止まれ!!」
既視感を覚え慌てて制止をするが、一向に止まる気配はない。
脇目も振らず、一心不乱に猛スピードで駆け寄る巨躰に慄き、後退るが、如何せん相手は王国最強の騎士。
逃げる暇もなく、ましてや逃げおおせる訳もなく、目の前に来たと思った瞬間、「ありがとうございます!」と叫び、ぎゅむっと抱きしめられた。
「分かった、分かったから、ちょっと待て!」
大方ティナの件だろうと見当は付いているのだが、太い腕で力一杯抱きしめられたトゥーリオ公爵の身体がミシミシと音を立て、今にも骨が折れそうになる。
興奮して聞こえていないのか、「ありがとうございます! ありがとうございます!!」と再度叫び、感極まったように礼を言うと、またしても腕に力が入った。
聞いた聞いた、さっきそれは聞いたから。
「一旦落ち着け! 折れる! 折れるから!! ちょ、待っ、ぐはッ!?」
百九十センチを超える巨体に抱き潰され、ぐぎぎと身体に力が入って足が浮く。
「お、お前もかぁあぁぁッ」
心配そうに見守る夫人と長男。
何故か嬉しそうに微笑むジェイド。
暑苦しいから離せと騒ぐトゥーリオ公爵を、肋骨が折れそうなほど強く抱きしめた後、再度礼を言い、ルークは帰って行った。
「嬉しいのは分かったから、もう少し普通にできんのか……」
今回限りにして欲しい。
だが何度言ってもまたやりそうだ。
思い詰めたように相談をしに来た時の絶望した顔を思い出し、先程の喜びに満ち溢れた笑顔を思い出し、「まぁ、いいか」と呟いてトゥーリオ公爵は口元をほんのりと緩ませた。
※本日の夜に、最終話を投稿予定です。
誤字・脱字報告をいただきありがとうございます。
複数件ありまして、最終話更新前に反映予定なので、通知がいってしまったら申し訳ありません。
また、表現につきましては、敢えてその記載をしているものも中にはありますので、その場合は現行のままとさせていただきます。(でも、報告嬉しいです!ありがとうございます!)