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36. 【ルーク × ティナ】それが、デズモンドでしょう?


(SIDE:ルーク)


 件の夜会が開かれた一週間後。


 オラロフ公爵家の経営する王都の店で、改めてルーク、ジェイド、キール、イグニスの四人で集まって杯を交わしたのだが、腹が膨れるほど食べ、美味い酒を酩酊するほど飲み、皆口々にジェイドを祝い、揶揄い、笑いあい……本当に楽しい時間だった。


 ゴードン伯爵からも無事に許可がおり正式に婚約となったため、後は結婚式の準備を進めるだけだと、ジェイドが嬉しそうに話していたのを思い出す。


 そして、ルークもまた、めまぐるしく状況が変化した。

 約束通りトゥーリオ公爵が動き、デズモンド公爵家から一度籍を抜き、入り婿として戻る形でティナとの婚約を許されたのである。


 トゥーリオ公爵の手にボールが渡った途端、アッと言う間に話がまとまったのにも驚いたが、前公爵夫人の兄が、ルークを養子に迎え入れたいと手を挙げてくれたのも大きかった。


 ルークの母が慕う前公爵夫人の家門に籍を移してから、デスモンド公爵家へ婿入りし、敬愛する両親のもとで愛するティナを娶り、デズモンド次期公爵としての執務を学ぶという、考え得る中で一番良い形で話が進み、改めてトゥーリオ公爵の手腕に驚かされる。


 だがあの事件以降、屋敷の者がティナを気遣い外の情報を入れないようにしていたため、ティナはルークが騎士団長を辞したことも、ジェイドとミリエッタが婚約したことも……ルークの今の状況も、何も聞かされていないのである。


「ふぅ、……これは緊張するな」


 デズモンド公爵家の騎士服に身を包み、ルークはひとつ息をついた。


 ……ハンカチを貰っただけなのに、翌日に元気いっぱいゴードン伯爵家を訪問し、婚約の申込をしに行ったジェイドの偉大さが身に染みる。


 部屋をノックし、声をかけて扉を開けたルークの姿を見て、ティナが目を丸くした。


「お兄様……?」


 ベッドの上で上体を起こしたティナが驚いて目を丸くする。


 ルークは緊張をほぐすように咳払いをすると、ティナが座っているベッドサイドの椅子に腰かけた。


「体調はどうだ?」

「……はい、おかげさまで。比較的軽傷だったこともあり、火傷もほぼ癒え、明日には外に出て良いそうです」

「そうか、それは良かった」


 それだけ言うと、黙りこくったルークのらしくない姿に、ティナは首を傾げる。


「ところでお兄様、あの……その出で立ちはどうしました?」


 なぜ屋敷の中で、騎士服を着ているのだろうか。

 それも、騎士団長の服ではなく、デズモンド公爵家の騎士服を。

 ティナはそう呟き、怪訝そうに首を傾げた。


「ん? ああ……そういえば、騎士団長を退任したんだ」


 その言葉に、ティナの目がこれ以上ないほど開かれる。


「私の……私の、せいですか?」

「お前のせいではない」

「でも、でも何の役にも立たず囚われて、結局捜査の足を引っ張ってしまった……!」

「問題ない。お前もミリエッタも、どちらも無事だった。それで充分だ」


 事件後、目を覚ますなりミリエッタの安否を気にして取り乱したため、詳細は伝えず、ミリエッタが無事だったことだけは伝えてあった。


「お前の心身を気にし、細かい情報を伝えておらず、すまなかった」

「ミリエッタ様はあの後、お会いになりましたか? お元気そうでしたか?」

「ああ、退任日にミリエッタが騎士団へと挨拶に来てくれた……あとは、ラーゲル公爵家の夜会でも会った。とても元気そうだった」


 それはなによりです、とティナは安堵したように、ほっと息をつく。


「それに、騎士団長を辞したのは、あの事件がきっかけではあるがそれだけじゃない。……本気で守ろうと決めたからだ」


 ルークが決意したように言うと、ティナは下を向いて、黙りこくってしまった。


「……ティナ? どうした?」


 なぜ、指が白くなるほど拳を握りしめているのか。


「さ、さすがミリエッタ様ですね。お兄様がそこまで……わ、わわわたしも、早く素敵な方を探さなくては……」


 何を勘違いしているのか、唇を噛んで、またそのまま黙りこくってしまった。


 ルークは短く息を吐き、ベッドの上、ティナの座っているすぐ隣に腰をかける。


 その重さでふかふかのマットがズシリと沈む。

 傾いたマットの上で、倒れこむようにして身体を預けてきたティナへと、ルークは腕を回した。


「またすぐこういう事を……」


 一生懸命涙を堪えたのか、まつ毛に小さな滴がついている。


 ルークは何も言わず、その目元に口付けた。


「ちょ、はぁあああ!? ミリエッタ様がありながら、何てことをするんですか!」


 いい加減自制してくださいと、目元どころか耳たぶまで赤くして叫ぶティナに、ルークは我慢できず、声をあげて笑ってしまった。


「さっきから、何を見当違いなことを言ってるんだお前は。ミリエッタには、()()()フラれている」

「ええっ!?」

「手に入らない玩具を欲しがって駄々をこねる子供と同じだと、言われてしまった」

「まぁミリエッタ様ったら、天下の騎士団長様になんてことを……」

「後にも先にも、あそこまで眼中に入れてもらえないのは初めてだ」


 これでも多少自信があったのだがと笑うと、ティナに頬をぎゅっと(つね)られ、ルークはイテテと顔を顰めた。


「……それでは猶更、何故騎士服なんですか?」


 訳が分からないと益々ティナが首を捻ると、寄り添うようにその肩を再度抱き寄せ、小さな頭に頬をつける。


 ティナが実母を思い出して泣いた時。

 友達と喧嘩して落ち込んだ時も、ジェイドに淡い恋心を折られて怒り狂った時も。


 こうして抱き寄せ、気持ちを落ちつかせると、いつも最後はルークが大好きな元気いっぱいの笑顔を見せてくれる。


 ティナは何も言わず、静かに寄り添い、昔のことを思い出すように少しだけ目を伏せた。


「改まった場は正装と決まっているからな……実は俺は、こう見えて融通が利かない人間なんだ」


 脈絡なく、突然周知の事実を告げるルークに、ティナは伏せていた目をぱっちりと開ける。


「ん? どこが改まった場なのかは存じませんが、実はも何も周知の事実です」

「……いや、まあそうなんだが、つまりは肝心な事はきちんとした手順を踏まないと、動けない性格だということだ」

「はぁ。それがどうかしましたか?」

「うん……それで先日、その手続きというか、前準備が終わったところだ」


 何が言いたいのか全く要領を得ないルークに、ティナは訝しげに目を向ける。


「近いうち、前公爵夫人の兄……お前の伯父の家へ、養子に出ることになった」


 腕の中でティナが身動ぐが、頭に頬をつけたまま、ルークは続ける。


「え……? なぜですか? デズモンドが嫌になったのですか? そんなに家を出たいと……?」


 ティナの声が震える。

 ルークが家を出る日が来るなんて、考えたこともなかったのだろう。


「嫌になど、なるはずがない。……お前を、貰い受けるためだ」

「……?」

「お前が了承してくれれば貰い受けたいと、何年も前から両親を説得し……そして先日やっと許可を得た。お前と添うには、どちらかの籍を抜く必要があるだろう?」

「……ッ」

「どうだ? トゥーリオ公爵曰く、『頼もしく包容力がある我が国最強の騎士』を、婿に迎える気はないか?」


 ん? と視線を落とすと、ティナはルークを見上げ、その騎士服を皴になるほど強く掴んだ。


 しばらくわなわなと唇を震わせ、一度ごくんと喉を鳴らす。


「あっ……」

「?」

「あります!!」


 迎える気ありますぅぅぅ……と泣き出したティナに少し吹き出して、ルークは腰ひもに結び付けていたチェーンを引っ張り、何かを取り出した。


「ちゃんとした指輪もあるのだが、その前にこれを渡したい」

「な、なんでしょう」


 なんでも貰いますくださいと、泣きながら手を差し出すティナが可愛くて、また吹き出し、チェーンから小さな指輪を取り外した。


「初めて稼いだ金で、お前に何か渡したくて、一度だけ王都の店に行ってこれを買った」


 宝飾品を自分で買いに行ったのは、後にも先にも一度きりだ。


「渡す機会もなく、そのまま御守り代わりにつけていた。これのお陰で、いつも怪我をすることなく今日までこれた。……俺の宝物だ」


 だが少し女々しいなと、ルークは情けない顔をする。

 ルークの難しい立場はいつも、国のため家門のため正しくあることを余儀なくされ、自由でいることを許さなかった。


 そんな彼がティナを想い、どんな時も身に着けていた、少し傷のついた小さな指輪。


「決して高価な物ではないが、持っていてくれると嬉しい。少しだけ、報われる気がする」


 ティナの手のひらにそっと乗せると、ぎゅっと握りしめ、「ずっと大事にします」と震える声でそう告げた後、小指に嵌めた。


「……だが、ひとつだけ。この先、どうしても選ばなければならない時、俺はきっとお前よりも、国や家門を優先させる時が来るかもしれない。その覚悟を持って、共に歩んで欲しい」


 いつもは浮ついた台詞を吐くくせに、肝心な時に融通が利かない真面目な王国最強の騎士。


 ティナはその言葉に、何をいまさらと首を傾げた。


「そんなの……当たり前です! ……だって、それが、デズモンドでしょう?」


 誇らしげにそう宣言する、デスモンド公爵家の長女ティナ。

 いつも元気でくじけず、たまに困ったところもあるが、芯が強くて誰よりも真っ直ぐな、ルークの宝物。


「はは……何故だか分からんが……、その一言ですべてが報われる思いだ。泣いてしまいそうになった」

「ええっ!? どの部分でですか?」


 うっすら浮かんだ涙を散らして、ルークはティナの顎下に手を差し入れ、上向かせると、口付けを落とした。


「んっ!?」


 突然口をふさがれ、バタバタと暴れるティナの手首を掴み、角度を変えてもう一度。


「んんんー!」


 はぁはぁと肩で息をつくと、「続きは完治してからだな」と笑うルーク。


「何が完治してからですか! 心の準備というものがあるんですよ!?」


 ティナが真っ赤な顔で怒ると、ルークは晴れ晴れとした顔で笑う。


「それもまたデズモンドだ」

「……そんなわけないでしょうがあぁぁッ!」


 尽きない話に、楽しそうにじゃれ合う二人。


 幸せな夜は、ゆっくりゆっくり、更けていく。









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