34. 翌朝の訪問者
今朝は早起きをして、朝食後すぐに身支度をした。
そわそわしながら、廊下に出るとゴードン伯爵夫人が困った顔で窓の外を覗いている。
「ああ、ミリエッタ。丁度良かったわ。昨夜のうちに先触れが来たのは良いのだけれど、今朝もその……、早くからそのね……」
言いづらそうに、口籠る。
覗くと裏門には、トゥーリオ家の紋付き馬車が停まっていた。
「差し支えなければ、お声がけをしても宜しいですか?」
家に招き入れるようお願いし、そのまま自室に戻って呼ばれるのを待とうかとも思ったのだが、何だかソワソワ落ち着かない。
一階の様子が気になって、廊下に隠れてこっそり顔だけ覗かせると、ジェイドが父と母に挨拶をし……二階を見上げ、バチリと目が合ってしまった。
笑顔で手を振るジェイドと、覗き見しているミリエッタを呆れ顔で睨むゴードン伯爵夫妻。
「昨夜はありがとうございました……ジェイド様はいつも早起きですね」
見つかってしまったので観念し、応接室に移動し昨夜のお礼を述べると、正装に身を包んだジェイドが、大きな花束をミリエッタに手渡した。
「わぁ……とても綺麗です! ありがとうございます」
「またしても先触れが直前となり申し訳ありません。俺……いや、私こそ昨夜はありがとうございました」
背筋を伸ばして改まるジェイドに、ゴードン伯爵夫妻は顔を見合わせてクスリと笑う。
「……本日は、どうされましたか?」
ゴードン伯爵の問い掛けに、ジェイドは緊張した面持ちで口を開いた。
「本日は、昨夜のお礼と、……こ、婚約の申込に」
その言葉に、私達は少し席を外しますねと、ゴードン伯爵夫人が退室を促し、部屋にはジェイドとミリエッタの二人きりになる。
ジェイドは意を決したように立ち上がり、ソファーに座るミリエッタの前に右膝をつくと、その手を取り、一度額に当てた。
なぜだろう、何を言われたわけでもないのに、ただその姿に、じわりと瞳が潤む。
ミリエッタの手を握るその指が、緊張で震えている。
ジェイドは小さく息を吐いた後、ごくりと喉を鳴らし、ミリエッタに目を向けた。
「……ミリエッタ、俺は君に出会えて良かった」
優しく包み込むような眼差しで、ジェイドは告げる。
「ミリエッタを好きになってから、毎日が本当に幸せだった」
「……」
「俺に気付いていない時も、やっとその目に映るようになってからも、……幸せな気持ちにしてくれるのは、いつもミリエッタだった」
「……」
「……失敗ばかりで言葉が足りず、誤解させてしまうこともあったが、一生懸命努力する」
「……はい」
「悲しませないようにする。分からない時はなるべく相談する。俺はそれほど頭が良くないけど、ミリエッタが悩んでいる時は、一緒に考える」
また子供みたいなことを言ってしまったと、ジェイドは恥ずかしそうに笑う。
「この前みたく、状況によっては、どうしても優先できない時が来るかもしれないけど、でもミリエッタを最優先できるよう心掛ける」
以前も思ったが、どうしてこう嘘がつけないのか。
でも、彼らしい。
「俺も、君を幸せにしてあげたいんだ」
手を取り、真剣な顔で跪くジェイドの輪郭が、ミリエッタの瞳の中でにじんでいく。
「何があっても、守ってみせる。だから……これからの人生を、俺に預けてくれないか?」
意に染まぬ結婚を強制する気はありません! と元気よく宣言した姿を思い出す。
突然婚約の申込をし、自分を知って心の片隅に置いて欲しいと、嬉しそうに語る、彼の姿を。
黙りこくったミリエッタに、段々不安になったのか、ジェイドの瞳が不安そうに揺れる。
「私も……私も、幸せにしてあげたい」
ミリエッタの口から、思わずぽつりとこぼれた言葉。
「……ずっと一緒に、いさせてください」
目の端ににじんだ涙を、甲で拭うと、すぐ目の前にあるジェイドの顔が、ぐしゃりと何かを堪えるように歪んだのが見えた。
しばらく涙を我慢するように俯いていたが、堪え切れなくなったのだろうか。
ジェイドはミリエッタを抱きしめようと腕を伸ばし……でも、ふらりとよろけて立ち上がれず、そのままミリエッタの膝の上に突っ伏して、泣き出してしまった。
子供のように泣く大きな身体に、ミリエッタは何とも言えない愛しさを感じ、その髪を優しく撫でる。
そして上から覆いかぶさるようにして抱きしめると、じんわりにじむ涙が見えないよう、ジェイドの頭に頬を付けた。