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33. 【ジェイド × ミリエッタ】最後のハンカチ


 よりによって、こんな日に護衛任務……。


 ジェイドは壁際で、会場内に隈なく目を配り、本日五回目の溜息をついた。


 三日間徹夜して出来る限り手を尽くした後、一週間の謹慎期間に入り、本日無事謹慎が解けたのだが……寝ても覚めても、()()()の出来事が頭から離れない。


 ――割れたガラスの隙間から叫ぶ、ミリエッタの声。

 縛られた両手に、乱暴に引き摺られる姿……迷い、ティナではなくミリエッタを助けに行こうと、身体の向きを変えたその瞬間、微笑み頷いた顔。


 彼女が()()()()、自分の身を守れることは知っていた。

 あの場をミリエッタの機転に任せ、ティナを助けに行ったことは、冷静に状況判断をした結果だし、誤りではなかったと頭では分かっているのに。


 ルークがいつも、「自分の判断が他人の生命を左右することを、いつも心に留めておけ」と言っていた理由が、身に染みて分かる。


 ティナは火傷を負ったが、思ったよりも状態は良く、来週には回復して外に出られるようになると手紙が来た。


 ミリエッタは……。


 ハァ、と本日六回目の溜息をつく。

 ……あの後、手紙を送ったが、返事は来なかった。


 その時、ワイワイと肩を組みながら、大中小、三人の男が揉みくちゃになりながら近付いてくるのが見えた。


「元気そうだな!」


 手をあげて、元気にルークが声を掛けてくる。


「……任務中です」

「問題ない、先程王太子の許可を得た。今日はいつもより護衛の人数が多いから、今この時をもってお前は非番だ」

「はぁ!?」

 

 それなら初めから非番にしてくれれば良かったのに!

 王太子を睨むと、ごめんごめんと笑っている。


「……ルークも、元気そうで良かった」


 しばらく無言でルークを見つめ、安堵したように息をついたジェイドと、腕を交差する。

 子供の頃からやっていた、二人の挨拶。


 いつしかやらなくなってしまったが、なぜだろう、自然と出てきてしまった。


 騎士団長を辞すると決めた時、ルークは謹慎中のジェイドの元へ、会いに来てくれた。


 後にも先にも、ルークの前で泣いたのはあの時だけ。

 彼が守ってきたものを自分も守ると、誓ったのは、あの時から。


「久しぶりに乾杯といくか」


 笑顔の二人にほっとした顔で、キールがグラスをあげる。


 久しぶりに飲む酒は、喉を焼きながら胃を熱くする。


「……随分と()()な」


 度数の強さに驚くと、ルークが次のグラスをひょいと渡す。


「だが美味い!」


 違いない、と呟いてまた乾杯をする。


 ……何杯飲んだだろうか。次々に杯を空けていると、急に静かになり、会場の空気が変わった。


 四人が無言で扉に目を向けると、そこには、ミリエッタ。

 兄のアレクを伴い、会場に入ったミリエッタ・ゴードンの姿があった。



 ***



 一瞬、四人のほうに目を向け……だが、すぐに目を逸らし、いつものように順に、公爵達と歓談する。


 そして一通り話し終えると、思いついたように、先程まで歓談していた白髪の男性へと話しかけた。


 「閣下、恐れ入りますが、少々お尋ねしても宜しいでしょうか」


 ミリエッタに呼び止められ、先程まで歓談していた年配の男性は立ち止まる。


「実を申しますと本日の夜会で、どなたかに『ハンカチ』を渡すよう、母に申し付けられておりまして……渡しても角が立たない、婚約者のいない未婚男性で、お薦めの方はいらっしゃいますでしょうか?」


 その問いに、周囲の視線がミリエッタへと集まる。

 壁際で歓談していた四人の公爵令息達が、息を呑んだ。


「ふむ、何名か心当たりはあるが……ミリエッタ嬢は、『老い先短い年上と、共に歩み末永く愛を育める年下』、どちらがお好みかな?」


 閣下と呼ばれた白髪の男性は、面白そうに目を輝かせて、ミリエッタに二択を提示する。

 その問いにミリエッタは目を瞠る。


「その二択ですと、やはり『老い先短い年上』でしょうか」


 ミリエッタの答えに、先程まで歓談していた一人目がビクリと大きく肩を震わせ、顎が外れたように、あんぐりと口を開けるのが見えた。


「では、『理性と知性が共に不足がちな体力勝負の脳筋騎士と、知性溢れ文化的な要職に就く思慮深い男性』なら、どちらかな?」


 不思議な問い掛けに我慢できなくなったのか、ミリエッタは口元に手を当て、クスクスと笑い出した。


「……『理性と知性が共に不足がちな体力勝負の脳筋騎士』です」


 今度は二人目が、今にも膝から崩れ落ちそうに、柱に掴まった。


「――?」


 前回同様、何やら不穏な気配を発する、少し健康に不安がありそうな二人の男性。


 ミリエッタが心配気に目を向けると、「ああ、あれは気にしなくていい」と、白髪の男性は微笑んだ。


「ミリエッタ嬢のおかげで、だいぶ絞れてきたな。それでは最後の質問だ。『猪突猛進で一途だが融通の利かない騎士』と」


 温かい眼差しをミリエッタに向け、嚙みしめるように、ゆっくりと、選択肢を提示してくれた。


「……『頼もしく包容力がある我が国最強の騎士』。どちらかな?」


 最後の問い掛けに、ミリエッタは少しだけ、小首を傾げた。


「……選べるような立場ではないので、恐縮ではございますが、そのお二人ですと、前者でしょうか」


 後者の方は、他にお似合いの方がいそうです。

 ミリエッタがそう答えると、今度は直前に話をしていた三人目が、困ったように眉尻を下げた。


 先程までミリエッタに問いかけていた男性が、声を上げて笑い出し、壁際に立つ一人の騎士を顎で示した。


「それならば、ほれ、そこに立つ騎士はどうだ? 王太子殿下の近衛騎士で、腕は確か。なに、婚約者も恋人もいないような堅物だ。あとから間違えましたと訂正は……しないでもらえると有難い」

「まぁ閣下。とても参考になりました……ありがとうございます。それではご助言に従い、そのように致します」


 誰もが息を呑み、ミリエッタの一挙一動を見守る中、ミリエッタは一歩一歩、壁際に立つ四人の男性達に近付いていく。


「あの……」


 騎士姿の男性の前で立ち止まり、ミリエッタが声を掛けると、その騎士は驚いて目を見開いた。


「これ、最後のハンカチなのですが」


 波を打ったように静まり返る会場で、ざわりと空気が揺れる。


「……今度は『適当』なんかじゃありません。『心を寄せる方』へ、お渡しするものです」


 ……受け取って、下さいますか?

 上目遣いに微笑むと、あの時と同じくハンカチを差し出した。


 少しだけ震えながらハンカチを差し出すと、しばらくして騎士が無言で手を伸ばし、ハンカチを受け取ってくれる。


 ミリエッタは見上げるほど背の高いその騎士に、柔らかい視線を向け、微笑んだ。


「……ジェイド様?」


 何も声を発しないジェイドが心配になり、声を掛けると、小さく小さく肩が震えている。


「……泣かないで」


 そんなミリエッタの声も、湿り気を帯び、揺れる。

 雨が降ったように、騎士靴の上で雫が弾けて、溶けていく。


「あなたが泣くと、私も悲しい」


 その言葉に、ついに堪え切れなくなり、ジェイドは人目も憚らず、泣き出してしまった。


 逞しい腕で抱きしめると、ミリエッタもそっと、ジェイドの背に腕を伸ばす。


 その様子を嬉しそうに見つめるトゥーリオ公爵。

 残念そうに、けれど温かく見つめる三公爵。


 抱き合って泣く二人を優しく見つめた後、ルークが大きな声で杯を掲げた。


「よし、乾杯といくか!」


 わっと会場が湧き上がる。

 場の空気が変わったことに気付き、ジェイドが顔をあげ、ミリエッタをじっと見つめた。


 真正面から、じっと視線を向けられ、なにやら恥ずかしくなって視線を逸らしたところで、再度ジェイドに抱きしめられる。


「……今から教会へ行こう」


 突如、式を挙げたいと言い出すジェイドに、ぱちくりと目をあけ……だがミリエッタはもう、動じなかった。


「まぁ、ジェイド様。……私は先程、『理性と知性が共に不足がちな体力勝負の脳筋騎士』が良いと答えましたが、『思慮深い男性』も好みです」


 にっこりと微笑むミリエッタ。

 しおしおと落ち込み、気を付けますと謝るジェイド。


 ついに手懐(てなず)けたか……。

 あ、これは尻に敷かれるな。

 いいように転がされそうですよね。


 少し距離をあけた三人の友人は、顔を見合わせ、ひそひそと言葉を交わし、……嬉しさにまたミリエッタを抱きしめるジェイドを、優しく見つめるのだった――。








ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

※ここでお知らせですが、【番外編】キール × アンナ を投稿しました。

⇒ いまさら逃げても、もう遅い。『門前払い』された次期公爵は、貧乏令嬢を逃がさない(下にリンクあります!)


※物語の構成上、別建てのほうが本編が綺麗にまとまったため、短編として別投降させていただきました。

※なお、番外編なので、連載予定はありません。キールが幸せになるお話なので、ご覧いただけますと嬉しいです!

※本編はあともう少し続きます。完結しましたら感想欄をOPENにする予定です

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