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32. 【イグナス × ミリエッタ】みんな、僕の。


(SIDE:イグナス)


 ラーゲル公爵邸の大広間に足を踏み入れた者は皆、その素晴らしさに声を失う。


 百年以上前からある天井画には、拝する女神が天地を創造する姿が見事に描かれ、専属の美術修復師により当時の姿をそのままに、今もなお鮮やかな色彩を保ち続けている。


 石膏で造られた壁掛けのレリーフ、緻密な彫刻が施された調度品の数々……ひとつひとつが、博物館に展示されるような逸品が、会場内にずらりと並ぶ。


「イグナス、先日の一件は世話になった」


 ふらりと来たルークに声を掛けられ、ラーゲル公爵家の次男イグナス・ラーゲルはぺこりと頭を下げた。


 ()()()()()、押収した美術品をすべて鑑定し、使用されている顔料や素材等の解析・産地の特定から取扱業者に至るまでを調べ上げ、裏方として暗躍した。


 なお、若干十六歳と若いが、王立学園在籍中に発表した学術論文が認められ、博士号も得ている。


「こちらこそ、お世話になりました。……随分とお元気そうですね」


 なにやらご機嫌な元騎士団長に、イグナスは怪訝そうに眉を顰めた。


 騎士団を辞する数日前に会った時は、生気が抜け別人のようだったが、本日はすっかり覇気が戻り、いつもの飄々とした姿で笑っている。


「……ルーク様は、そうでなければ」


 四大公爵家の次代を背負う者達の中では、最年長。

 その堂々とした姿に皆、憧れてきたのだ。


「そうか」


 ルークは一言呟くと嬉しそうに笑い、イグナスの頭をぐりぐりとこねるように撫でた。


「……もう十六歳ですから、やめてください」

「何を言う。まだまだ子供だろう」


 楽しそうにじゃれ合う二人に気付き、笑顔のキールが近付いてくる。


「ん? ルーク、随分ご機嫌だな」


 イグナスと同じことをキールにも言われ、ルークは「まあな」と、照れくさそうに笑う。


 しばらく歓談していると、ふとルークが思いついたように、イグナスの肩をガシリと掴んだ。


「……そういえばイグナス、何か忘れていないか?」

「何をですか?」

「いや、公爵家の夜会と言ったら、アレしかないだろう」


 なぜ肝心な部分を伏せるのかは不明だが、その言葉にキールが、はいはいアレね! と頷いている。


 普段は頼れる最高の兄貴分達だが、こういうところは正直鬱陶しいなと内心毒づきながら、イグナスは溜息をついた。


「ミリエッタ嬢のハンカチの件ですか?」


 イグナスの言葉に、面白そうに目を光らせる兄貴分達。


「いや、もう持ってますけど」

「「……?」」

「いやだから、かなり前に貰ってます」

「「はぁああああ~~!?」」


 二人して、一体なんなんだ……。


「うちで開発した染料が特許取得した際に、記念にその染料を使った二色染の糸を配布したんです。その時、ミリエッタ嬢にもお渡しして……後日お礼にと頂いたんですよ」

「……俺たちがあんなに苦労して得たものを、お前はそんなに軽々しく手にしたというのか」


 凄まじい圧を放ち、元騎士団長が凄味をきかせるが、それほど苦労なく手に入れたと記憶している。


「……許せないな。自身の力で勝負しないなど、男の風上にもおけない」


 突き放すような冷淡な眼差しを向ける翠眼の貴公子は、流れ作業のような漁夫の利で、入手したはずではなかったか。


「そういうお二方は、この後どうされるおつもりですか?」


 面倒臭くなって二人に問うと、お互いに顔を見合わせ笑い出した。


「俺は、既に断られた。容赦なく、すっぱりと一刀両断だ」

「ははは、ルークもか。実は、僕もだ。……いや、ルークはまだいい、僕など最後まで気付いてももらえなかった」


 どこか吹っ切れた顔の二人の背中に、イグナスはくすりと笑って、手の平を当てる。


「何があっても、僕の、自慢の兄さんたちですよ」


 なんだお前可愛い事を言うなぁと、頭をくしゃくしゃと撫でるルーク・デズモンド。

 急にどうしたと優しい目を向けて、ほっぺたをつねるキール・オラロフ。


 ……ミリエッタは王立学園に通っていなかったので、学生として接する機会はなかったが、学術会や博覧会で何度も話す機会があった。


 一目見て好きになり、顔を見れば話しかけ、少しでも気を引こうと頑張るが、意図しているのかいないのか、いつものらりくらりと躱される。


 出会ったのが十歳の頃、さらには二歳年下なのも相まって、彼女からしたら『弟』にしか見えなかったのだろう。


 学術論文が認められ、博士号を取得した時も、開発した染料が特許を取った時も、他にも他にも……いつも柔らかく微笑んで、『すごいわイグナス! 頑張ったわね!』と褒めてくれる、優しいけれど、残酷な憧れの人。


 ルークのように強い肉体があれば。

 ジェイドのように愚直なほどの熱い想いがあれば。

 キールのように包みこむような優しさが、あれば。


 自分にも少しは望みがあったのだろうかと、彼らよりもずっと小さい自分の手の平を、一晩中眺めたこともあった。


 ……あのハンカチは参加証として、机の引き出しに大事にしまってある。

 これからもきっと、御守りのようにしまい続け、時々思い出したように手に取るのだろう。


 イグナスは二人に揉みくちゃにされながら、むくれたような顔をして壁際に立つ、もう一人の兄貴分ジェイドに目を遣る。


 一週間の謹慎が解け、今日も王太子の()()に付き合って、護衛任務に励んでいるらしい。


「……みんな僕の、自慢の兄さんたちです」


 その言葉に、また、ルークが頭を撫でた。











※本日この後、もう一話更新予定です

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