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28. どう責任をとるつもりだ?


 入念に準備していたのだろう。

 会場の内外が騒然とする中、予め準備されていた囮に攪乱されて、追尾先を見失う。


 攪乱のために用意された囮を深追いしても意味はなく、また費やす時間も正直惜しい。


「こうなると、予めマークしていた潜伏可能箇所を、しらみ潰しに回るしかないな」


 まさかこの場で攫うとは思いもよらなかったが、国外に逃げるとしても、必ず一度はどこかに潜伏するはずである。


 早々に方針転換をしたルークが数人毎に組み分けをし、一つずつ手分けしてあたるよう指示を出していると、騎士達と揉み合いになっているジェイドが目に入った。


「何をしている!? 今は仲間内で揉めている場合ではないだろう」


 慌てて駆けつけ、力任せに押さえ怒鳴りつけると、ジェイドは血走った目でルークを睨み付けた。


「しらみ潰しに回らなくても、決まっている。……エルドール伯爵邸だろう?」


 貴族の邸宅内に強制的に立ち入るためには、『許可状』を事前に発行しなければならない。


 承認審査を経るため、通常はどんなに急いでも二日はかかる代物である。


「これだけ周到に準備をするような男だぞ? 許可状もなく立入捜査が出来ような場所に、わざわざ潜伏すると本気で思っているのか?」


 実行犯だと断定すれば、特例として、許可状なしに立入捜査ができるはずだとジェイドは言うが、今回の拉致は暗闇の中でおこなわれたため、犯人を目撃した者はいない。


「ニース・エルドール自身も一緒に連れ去られた可能性がある以上、王国法に定められたとおり、今の段階でエルドール伯爵邸に立ち入ることは出来ない。先程指示し、許可状の申請を出した。承認が下りるまでは国境と港に兵を配置し、検問にかけて炙り出すしか方法がない」


 だから落ち着け! とルークが必死で説得をするが、それでは遅いとジェイドはなおも抗う。


 だが、家宅捜査については公爵家であっても手順を踏まなければならず、許可なく立ち入ることは絶対に許されない。


「クソッ……」


 ジェイドは押さえつける腕を振りほどくと、道に停まっていた馬車の御者を引き摺りおろして馬を奪い、そのまま駆けて行く。


「あの馬鹿ッ!」


 こうしている間も時間は刻一刻と過ぎていく。


 あっという間に見えなくなったジェイドにルークは舌打ちし、身軽に動くことが許されない自分の立場に歯噛みした。



 ***



 馬を城門の衛兵に預け、ジェイドは全速力で近衛騎士団の団長室に駆け込んだ。


「王太子殿下はどちらにいらっしゃいますか!?」


 今にも殴りかかりそうな勢いで尋ねるジェイドに、近衛騎士団長は溜息をついた後、扉の入り口にいた隊士に席を外す旨を伝え、連れ立って王太子の居城へと向かう。


「まずは落ち着け。お前がいくらトゥーリオ公爵家の人間でも、謁見の許可も無しに、その状態で王太子殿下の執務室に跳び込んだら、不敬罪で処罰されるぞ」


 早く早くと急かすジェイドを一喝し、侍従を通じて謁見の許可を得ると、執務室の扉が開き、のんびりとした王太子の声が室内に響いた。


「あれ? ジェイドお前、今日は非番じゃなかったっけ?」


 緊張感のない声に、一瞬膝から崩れ落ちそうになるが、ジェイドは気を取り直して王太子の執務机の前まで歩いていく。


「ミリエッタ嬢が攫われました……エルドール伯爵邸内へ立ち入る為の、『許可状』を発行してください!」

「え? 突然? 待て待て、それでは何が何やらさっぱり分からん」


 言いたい事だけを言って、許可状を発行しろと強要するジェイドに驚き、まあ落ち着けと声を掛ける。


「そもそも、現行犯であることを視認した者はいるのか? ニース・エルドールが一緒に攫われた可能性は?」

「視認した者はいません。ですがこれまで何度もミリエッタ嬢の馬車を襲おうと待ち伏せした前科があります」


 犯人は彼に間違いありませんと主張するジェイドに、一旦黙るよう命じ、王太子は頭を抱えた。


「その内容では、今ここで許可を出すことは出来ない。そもそも、ルーク騎士団長から申請があがっているのであれば、それを待つべきではないのか?」


 当然の帰結に一瞬言葉を詰まらせ、それでも引き下がれないジェイドは、なおも続ける。


「ですが正規の手続きを待っていては、最短でも二日かかります。また、ミリエッタ・ゴードンだけでなく、ティナ・デズモンドもともに攫われており、こちらは命の危険性も否定できません。何かあってからでは遅いのです!」


 聞く耳を持たない様子に溜息をつき、王太子は口調を強めた。


「……仮に緊急の許可状を私の名前で発行したとして、ニース・エルドールの容疑が晴れた場合にお前はどう責任をとるつもりだ?」


 四大公爵家といえど、王国法はすべからく適用される。

 ただではすまないぞ? それに巨額の賠償も必要になる、と王太子が重ねて脅しをかけると、ジェイドはまっすぐに王太子を見つめ、迷いなく答えた。


「もし誤りだった場合は、すべての私財および私の身分を」


 その場にいた全員が驚いてジェイドに目を向ける。


「それでも不足であれば、生涯をかけて償います」


 だからどうか。


 必死に縋るジェイドを無言で見つめ、王太子は溜息をつく。


 やれやれと呟いて、侍従に言伝(ことづて)をすると、数分も経たず、書状を持って戻ってきた。


「……その言葉、忘れるなよ?」


 さらさらとサインを書き入れ、ジェイドに向かってポンと投げつける。


 受け取るや否や、頭を下げて弾丸のように飛び出したジェイドを見送り、念のためトゥーリオ公爵にも連絡をするよう、王太子は侍従へと指示を出した。



 ***



 潜伏先の調査報告を待ちながら現場で指揮をとっていたルークは、一刻も経たず騎馬で戻ってきたジェイドから書状を手渡され、驚きに目を見張った。


「これは……こんなに早く?」


 お前一体何をしたんだと、震える手で許可状の内容を確認する。


 正規の手続きを踏んでいないことは明らかだが、これでエルドール伯爵邸内に合法的に立ち入り、捜査をすることが出来る。


 ルークは調査に向かった者達が戻り次第、伯爵邸に向かうよう指示をすると、その場にいた数名の隊士を引き連れ、騎士団の厩舎から連れてこさせた馬に跨り、ジェイドとともにエルドール伯爵邸を目指した。


 攫われてから、既に一時間半。

 どうか、二人とも無事でいて欲しいと、強く強く願って。








※重い話があと一話だけ続き、その後はのんびりとした日常に戻ります。


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