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27. ずっと欲しかったものは


 選ばれた者だけが入ることを許される、オークション会場。

 多目的ホールとしても利用される講堂の地下空間は、百名をゆうに超える参加者達を楽に収容できるほど広く、ミリエッタは驚きの声をあげた。


 なお、出品商品の一部は、事前に開催された下見会にて展示・公開され、状態確認を済ませた上での入札となる。

 会場は熱気で溢れかえり、各々配布されたパドルを机上に置き、参加者達は開始の鐘を待ち侘びていた。


「今回は競り売り方式で行われます。正面でビッドをとり、競り上げていくのがオークショニア……競売人です」


 隣に座るミリエッタを、蕩けるような目で見つめながらカタログを広げ、ニースは丁寧に説明してくれる。


「すべての商品にはロット番号が振られ、開始価格と併せてカタログに掲載されます。……入札は原則、このロット順に行われます。購入を希望する場合はオークショニアに見えるよう、パドルを挙げてください」


 分かりやすい説明に感心しながら、ふむふむと頷くミリエッタ。


「最後の一人になると、ハンマーが打たれます。オークショニアが読み上げたパドル番号が、その商品の落札者です」

「落札金額に加え、手数料が必要なのですか?」


 カタログの備考欄に小さく記載された文言を目に留め、ニースに質問をすると、「その通りです」と答え、カタログの最終ページを開いてくれた。


 今回は落札価格に、手数料を一割加えた金額が、購入価格になるという。


「そういえば……」


 ミリエッタは、ふと思いついたように呟いた。


「オークショニアは、開催するオークションに係る一切の責任を、数年に渡り負う義務があると伺ったことがあるのですが……記載事実と異なる場合、その賠償責任を負うのでしょうか?」


 カタログの説明文を指でそっとなぞり、ニースの表情を窺う。


「膨大な知識が必要になりますね。それぞれの分野ごとに、専門の鑑定家がいらっしゃるのかしら?」

「……そうですね。我がエルドール商会からの出品物については、専門機関へ委託をしていますので詳しくは存じませんが」

「すごいわ! 専門機関まであるのですね」


 ニースを取り巻く空気が突如変わったため、ミリエッタは早々にこの話題を打ち切り……ふと視線を感じ前方を見遣ると、最前列のラーゲル公爵家、イグナスとその姉フランシスが、ひらひらと手を振っている。


 笑顔で手を振り返し周囲を見回すと、少し離れた後方に、デズモンド公爵家のルークとティナが座っているのが目に入った。


「オークションに参加出来ただけでも嬉しいのに、こんな素敵なお席で……エルドール卿、本当にありがとうございます」


 ミリエッタ達が座しているのは、オークショニアから数えて二列目。


 商品が掲げられるステージに近いVIP席を、商会のコネクションを使ってわざわざ押さえてくれたらしい。


 ミリエッタが嬉しそうに微笑むと、またニースの雰囲気が穏やかなものへと変わった。


 続けて、落札の仕組みについて質問をしているうちに開始の鐘が鳴り、司会者が挨拶を終えると同時に会場の照明が落とされ、浮かび上がるようにステージへとスポットが当たる。


『これは本物』

『これも、本物』

『これは……うーん、偽物かもしれないので、後で要確認』


 次々と変わる商品ごとに、ミリエッタは頬杖をつくふりをしながら、こっそりと予め決めていたサインを出していく。

 下見会での確認内容とあわせイグナスも同様にサインを出し、それを後方から確認したルークが、カタログに書き留めていった。


 名だたる絵画、壺、彫刻等、数十点にも及ぶ商品が次々に落札され、あっという間に最後……となったところで不意に、ニースが腕を伸ばし、頬杖をついていたミリエッタの手を握った。


「……え?」


 突然のことに驚いて横を見ると、顔を赤らめ燃えるように熱を帯びたニースと、視線が交差する。


 ニースはミリエッタを見つめたまま、掴んだその手を自分の口元に寄せ、唇をあてた。


 ぞわりと粟立つような不快感。

 えも言えぬ恐怖が、ミリエッタの全身を襲う。


「……本当はいらないんだけど、邪魔だから、あの子も一緒に連れて行くことにしたんだ」


 何を言われているのか分からず、身体を硬直させたミリエッタの腰をもう片方の腕で抱き寄せると、すうっと目を細めてニースは耳元で囁いた。


「ああ、言ってなかったね。本日最後の商品は……君だよ」


 僕が、落札したんだ。


 ニースが微笑んだ次の瞬間、ルークが異変を察知して、ミリエッタに向かい走り出そうと席を立つ。


 ガタンと椅子が倒れた音を合図に、バチンと会場の全照明が落ち、場内は騒然となった。


 立ち上がり、逃げ惑う参加者達に邪魔をされ、暗闇で視界が悪いのも相まって、思うように前へ進めない。


「おい、急げッ! 配電室だ!」


 ルークの怒鳴り声を受け、潜んでいた騎士達が配電室に飛び込み、二分と経たず場内の照明が回復する。


「……くそッ! おい、地上に待機している者達に至急連絡を!」


 二列目はもぬけの殻。

 歯噛みして思わず拳で机を叩き割ったルークが、ふと後ろを振り向くと。


 先程までティナが座っていたはずの席が、ぽっかりと空いていた。











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