26. オラロフ公爵家主催のガーデンパーティー
たまには趣向を変え、オラロフ公爵家自慢の庭園で、ガーデンパーティーはいかがだろうか。
招待客を要職者と高位貴族に絞ったため、デズモンド公爵家の仮面舞踏会と比べると、多少こじんまりとはしているが、さすがは国内随一の大富豪として知られるオラロフ公爵家。
それぞれの長テーブルには、稀少な茶葉を特別にブレンドした種々の紅茶に加え、彼らが営むドラグム商会で扱う特産品や、果物を用いたティーフーズが所狭しと並べられ、見る者の目を楽しませる。
オラロフ公爵家がゲストをもてなす立食形式のビュッフェスタイルは、気軽に楽しめるよう様々な工夫が凝らされており、ゲストはその素晴らしさを口々に誉め讃えていた。
なお、ゴードン伯爵のエスコートで訪れたミリエッタは、ニース・エルドールと接触する必要があるため、ルークに話しかけ、オラロフ公爵家の嫡男キールとともに歓談をする。
本日は王太子不在により、ジェイドもゲストとして参加をしているが、常に会場内に目を配り警戒をしているため、単独で行動をしていた。
「ルーク様、本日ティナ様はご欠席ですか?」
「残念ながら、今日は朝から気分が優れないと言っていた」
「まぁそうなんですか……それは心配ですね」
しゅんとしたミリエッタを元気づけるように頭を撫でると、遠くからじっと視線を送るジェイドに気付き、ルークはクスリと笑う。
「ああ、ぶつかる。……気を付けて」
後ろを歩いていた女性とぶつかりそうになり、ルークがすかさずミリエッタの腰に手を回し引き寄せると、今にも走ってきそうに身体をこちらに向け、ギリギリと歯軋りの音が聞こえそうなジェイドと目が合った。
「クッ……、あははは!」
「?」
「いや、なんでもない。あいつは本当に分かりやすい」
突然笑いだしたルークに首を捻りながら、ジェイドへと目を向けると、可愛らしい二人の令嬢に声を掛けられている。
驚きに目を瞠ると、何かに気付いたルークがミリエッタに合図を送った。
「アイツが、ニース・エルドールだ。何かあったら助けに入るから、安心してくれ」
それでは頼む、と言われ、ミリエッタは少しそばかすの残った……二十代前半くらいだろうか、エルドール伯爵家の嫡男ニース・エルドールの元へと歩いて行った。
***
一体全体、なんなのだろう。
毎回毎回、誰かに話しかける度に、皆の視線が自分に集まるのを感じる。
ミリエッタが、ニースの前で立ち止まると、驚いたのかビクッと飛び跳ねるように動き、手に持っていたティーカップをガシャリと落としてしまった。
「大丈夫ですか?」
慌てて声を掛けると、信じられないとでも言うように、真っ赤な顔でポカンとミリエッタを見つめている。
「あの、お怪我は……?」
ミリエッタがその両手を掴み、手の平を確認するように覗き込むと、「ありえない……」と呟き、そのままミリエッタの両手をギュッと握りしめた。
「あああああの、僕、ニース・エルドールと申します!」
「は、はい。存じております」
「えっ? 知ってる!?」
突然自己紹介を始めたニースは、ミリエッタの両手を握ったまま、ぐいぐいと距離を詰めてくる。
心配そうに見つめるジェイドを目で牽制し、ルーク達が歓談をするふりをしながら、ミリエッタの近くにそっと歩み寄った。
目と鼻の先が付きそうな程の至近距離で、「あぁ、すごい、本物だ。夢みたいだ」と大興奮で呟くので、ミリエッタもどうしたら良いか分からなくなり、ルークのほうへ、チラチラと視線を向ける。
ミリエッタの視線がルークへ奪われたことに気付いたのだろうか。
ニースは、人が変わったようにギロリと血走った目でルークを睨み、「なんだあいつ、なんなんだ。ミリエッタ嬢に馴れ馴れしい……」と俯き、爪を噛みながらブツブツと文句を言い始めた。
不穏な気配にミリエッタが少し距離を取ると、また人が変わったように笑顔になり、穏やかに話しかけてくる。
「……失礼しました。そういえば先日は、我が商会の直営店にお越しくださり、ありがとうございました」
……何故知っているのだろう。
ちょっと怖いわと、挫けそうになる心に喝を入れ、ミリエッタは本題へと入る。
「いえ、どのお品も素晴らしく、何点か購入させていただきました」
「! あ、ありがとうございます! そんなことなら、僕に言えばいくらでも……」
「まぁ、それは嬉しいお申し出です。……そういえば、今度、エルドール商会も参加されるオークションがあるのだとか。実はルーク様と伺う予定だったのですが、急遽妹のティナ様と行くことになってしまったそうで……」
オークションは初めてなので、私も参加してみたかったわ、と残念そうに呟く。
「ミリエッタ嬢と約束をしていながら、そんなことを!? あいつ……デズモンドだからと調子に乗って、信じられないですね」
すぐ後ろに立っているため、すべて筒抜け。
あいつ呼ばわりをされ、ルークは不服そうな顔をする。
あからさまに機嫌を害したルークの様子に、少し笑ってしまいそうになりながら、ミリエッタは胸元で祈るように手を組み、ニースに向かって小首を傾げた。
「あの、突然のお願いで恐縮ですが……もし差し支えなければ、エルドール卿と一緒にオークションへ参加させていただく事は可能ですか?」
「ええッ!? 僕とですか!?」
「なんでも今度のオークションは男女ペアじゃないといけないのだとか。どうしても行ってみたいのです……私を、連れて行ってくださいますか?」
上目遣いで、おねだりするように微笑むミリエッタ。
この微笑みを向けられたら、断れる男などいないだろうなと、ルークが独り言ちる。
潤んだ目を向け、壊れた人形のようにカクカクと上下に頭を振りながら、「勿論です!勿論です!」と、ニース・エルドールは繰り返し頷いた。
***
「ミリエッタ嬢、手を洗ったほうがいいのでは?」
突然おかしなことを言い出すキール・オラロフに、ミリエッタは笑い出した。
「何を仰るのですか。失礼ですよ?」
ミリエッタの兄、アレク・ゴードンと宰相補佐の座を最後まで争ったキール。
王立学園の同期でもある二人は、実は仲が良く、ゴードン伯爵家にも度々訪れていた為、ミリエッタとは旧知の仲である。
「おや、珍しいな」
驚いたように言を発したルークの視線の先を辿ると、先程のご令嬢二人とジェイドが、まだ話をしていた。
何やら楽しそうに話す三人。
ふと、一人のご令嬢が顔を赤らめて、ジェイドにハンカチを渡し、ジェイドが嬉しそうに受け取るのが見えた。
「え? 受け取った?」
驚いてキールが声をあげる。
今まですげなく追い返すことが多かったため、笑顔で歓談し受け取る姿が意外だったのだろう。
どいういう風の吹き回しだと呟いて、ルークがミリエッタを見ると、驚きに目を見開いている。
おや? とルークが面白そうに口端を歪ませると、ミリエッタは唇を尖らせ、不満そうな顔をしながら思い出したように語った。
「そういえば……他の男性も色々見てもらって構わないと、ジェイド様が仰っていました」
自分でも驚くほど冷たい声が出て、思わず口籠る。
「それであればキール様、……もらって戴けますか?」
拗ねたようにハンカチを差し出すミリエッタと、漁夫の利とはいえ大喜びで受け取るキール。
ルークがチラリとジェイドを見遣ると、二人の令嬢に囲まれながら、青褪め、こちらを凝視していた。