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23. 人並み令嬢の護身術②

※本日二話目です


 五年前、ゴードン伯爵が賜った領地は、毎日のように凶悪犯罪が多発し、成人男性であっても日没後の独り歩きを避けるほど、治安が悪かった。


 前領主の時は、邸宅まで暴徒が押し寄せたため、自分の身を守れるようにと、ゴードン伯爵自ら、子供達に最低限の護身術を叩きこむ。


「今は貧民街もすべて解散し、領民の生活レベルが格段に上がったため、犯罪らしい犯罪はほとんど起きなくなりましたが」


 日々の飢えを凌ぐための配給所、前科者の救済措置を兼ねた職業訓練、平民でも利用可能な医療機関の設置に雇用の確保、年齢や性別を問わない開かれた教育制度に、低所得者への扶助制度……打ち出した施策は多岐に渡り、挙げれば枚挙に暇がない。


「ああ見えて、剣術には多少自信があるようで……昔、父が王立学園生だった時、騎士科の親善試合に出場したこともあると聞いています」

「……なるほど」


 軽く打ち合いながら、ジェイドは小さく溜息をついた。


 王立学園の騎士科と、騎士団の親善試合。

 毎年貴賓を招いて開催されるこの親善試合は、騎士団への入団テストも兼ねており、ここで実力を見せれば卒業後の進路が決まるため、騎士科が最も力を入れて臨むイベントの一つである。


 五人一組の勝抜き戦で実施される決勝戦直前、階段から落ちて骨折した生徒の代わりを探すが、既に敗者となった者はエントリー出来ないため、偶々通りかかった行政科のジョセフ・ゴードンに白羽の矢が立った。


 単なる人数合わせだから、負けても差し支えないと言われ、それならと先鋒で出場したのはいいが、あれよあれよという間に騎士達をくだしていく。


 静まり返る会場で、気付けば大将戦……当時まだ新人だった現デズモンド公、バイス・デズモンドに辛勝し、会場が騒然となったのは、ジェイドの代まで語り継がれる有名な話である。


「確かに、()()()の動きは出来ている」


 先程から半刻程、休憩を入れつつ打ち合っているのだが、かなりの運動量をものともせず、息を弾ませながらも、現役の近衛騎士であるジェイドの動きに難なくついてくる。


 ジェイドはしばらく無言でその動きを観察していたが、華奢な身体にそぐわず、ぶれない体軸で教えた型どおりに模していく姿に、ふと手を止めた。


 持っていた自分の木剣を脇に挟み、大股で一歩近付くと、あっという間に距離が縮まる。

 突然のことにミリエッタが驚いていると、大きな手でミリエッタの前腕をガシリと掴んだ。


「!?」


 そのまま筋肉の付き具合を確認するように指を押し込んだ後、その手を上に滑らせ、上腕から肩にかけて、親指で柔らかく擦るように触れていく。


「……!?」


 うーん違うなとブツブツ呟きながら、今度は背中の筋肉を包み込むように、手をあてる。


「ちょ、ちょっと、ジェイド様! 一体なにを……ッ!」


 容赦なく触れてくる手に耐え切れず、火が吹きそうな程に顔を赤くして、ミリエッタはジェイドの胸を力いっぱい両手で押した。


「……ん? うわぁっ!」


 無心で触っていたのがミリエッタであることを、やっと思い出したのだろうか。

 突然叫び、距離を取ると両手を挙げて、無実を主張し始めた。


「いや、違うんだミリエッタ。これはその邪な気持ちで触れたわけではなく、見た目にそぐわず軸がぶれないので、筋肉の付き具合を確認しようと……」


 どんどん声が小さくなっていく。

 勿論先程の様子から、下心ではなく、騎士としての目線で確認していたことはミリエッタにも分かっている。


「本当に、違うんだ。こうやって女性と二人で稽古するなど、ティナといる時くらいだから……」


 まぁ、あいつを女性枠に入れるつもりは無いがと、慌てながらポロリとこぼすジェイドの顔を、ミリエッタはまじまじと見つめた。


 どうしてこう嘘がつけないのか。

 二人が幼馴染であることも、ティナが別の人を想っていることも重々承知の上だが、なぜだろう胸がもやりとして、真っ黒な気持ちがふつふつと湧いてくる。


「ジェイド様、一緒にいる時に他の女性のお話は、どうかと思います」


 微笑むと見せかけて、目が笑っていないミリエッタ。

 いつも優しく目を細め、ほころぶように笑う姿しか見たことがなかったジェイドは、驚き、ゴクリと喉を鳴らした。


「……ティナ様との時も、こうやって触れていらっしゃるんですか?」


 先程まで身体を動かしていたせいなのか、怒っているのか、上気した頬でミリエッタは問いかける。


「前回も、その前も、私が知らないとでも思っているんですか……」


 黒いもやもやが溢れて、言うつもりのなかった事まで口からこぼれ、じわりと視界が滲む。


「あ、あれ、なぜでしょう涙が……」


 自分でも驚いたのか、スンと鼻をすすると、大粒の涙がぽたりと落ちた。


「……ミリエッタ?」


 あまりの事に驚いて、ジェイドは屈みこみ、ミリエッタの顔を覗き込む。

 ミリエッタは堪え切れなくなって俯くと、ぽたぽたと涙を地に落とし、震える声で呟いた。


「お、王立劇場の近くに住まう使用人が、教えてくれたんです。……あのお店は、最近ジェイド様が、女性オーナーのパトロンとして個人で購入したと専らの噂だって」

「はぁっ!?」

「なんだか、み、見覚えがある気がして……公爵邸の元料理人だったのですね。……以前、トゥーリオ公爵家で主催されたパーティーで、料理を運んでいるのを見たことがあるのです」


 確かに、マーリンが公爵邸に勤め始めたばかりの頃、人手が足りず、パーティー会場で給仕をさせたことがある。


「私と会う前日も、た、楽しそうな声が外まで聞こえていたって」

「あ、あの……ミリエッタ?」


 ふぇぇんと、子供のような声を上げて、突然泣き出したミリエッタに驚き、ジェイドは木剣を放り投げて、ワタワタと落ち着きなく手を宙で動かした。


「ひぐ、う、うぇ、次に会った時は、ぜ、前日にティナ様と、過ごして、人には言えないことをしたって」

「えぇっ!?」


 なにがどうなって、そうなったのか。


「る、ルーク様が言ってたもの、トゥーリオ公爵夫人のお洋服を着て、ティナ様が、お、おち、落ち込んで帰ってきたから、私からも理由を聞いて欲しいって……でも、『知らない』って、な、なにも教えてくれなくて」


 つまりは、忘れたくなるような事があったのでしょうと、しゃくりあげるミリエッタ。


 そういえば両頬に、平手打ちのような赤い痕がついていた。


 そっち方面では何一つ後ろめたい事は無いのだが、誤解を解かないとこれは大変なことになると、ジェイドは青褪め、再度ミリエッタの顔を覗き込む。


「ちがう、全然違うんだ……全部……全部、話すから」


 俯いたまま、目を合わせようとしないミリエッタに、ジェイドは黙りこくり、無言のままその頭に、ふわりと優しく手を置いた。


「……だから、泣かないで」


 その震える声音に、そろそろと顔を上げたミリエッタは、覗き込むジェイドを見て驚いたように目を瞠り、そしてまたぐしゃりと顔を歪ませた。


「な、なぜジェイド様が泣いてるんですか」


「…………きみが、泣くと、俺も悲しい」


 またしても、しゃくりあげ始めたミリエッタの頭を優しく撫でながら、ジェイドは目を瞬かせた。








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