21. トゥーリオ公爵のお説教タイム②
「先に言いたい事はあるか?」
ジェイドの次に執務室へと呼ばれ、ルークは少し不機嫌に「ありません」と答える。
その様子に、トゥーリオ公爵はやれやれと溜息をついた。
「……先日ティナ嬢が別邸を訪ねた件については、ジェイド本人から直接話を聞いている」
いきなりの核心を突いた内容に、ルークは思わずソファーから身を乗り出す。
「落ち着け、順に話してやる。ただ、話を聞く前に、これだけは思い出して欲しい」
トゥーリオ公爵はルークに向き合うと、真剣な眼差しで切々と語り始めた。
「……トゥーリオ公爵家とデズモンド公爵家。互いの利益が一致し、本来であればジェイドが十六歳の成人を迎えた時点で、ティナ嬢と婚約をすることが内々に決まっていたのを、知らなかったとは言わせない」
幼い頃から二人を会わせ、遊ばせ、互いの家を行き来し、家族のように交流を持たせていたのは、このためだ。
先のデズモンド公爵夫人は、ティナが幼い頃に流行り病で亡くなったため、トゥーリオ公爵夫人をまるで本当の母親のように慕い、懐いていた。
……デズモンドは軍人の家系。
故にトゥーリオ公爵家次男のジェイドは、ティナの入り婿として縁付き、ゆくゆくはデズモンド公爵家を継ぐ前提で、幼い頃から過酷な訓練を受けてきたのだ。
騎士を目指して僅か一年半で叙任され、騎士団へと入団出来たのも、幼少期からのベースがあったからこそである。
「だがデズモンド公は、戦争で夫を失くした傍系の未亡人と恋に堕ち、後妻として娶り、連れ子のお前を養子に迎えた」
まだ幼かったティナとジェイドの交流に、ルークが加わる。
元々の約束通り、ジェイドを入り婿として迎えると言質も取っていたため、いずれ公爵夫妻になった二人をルークが支え、デズモンド公爵家は安泰であるはずだったのに。
婚約を待たずして、ルークの想いにジェイドは気付いてしまった。
「お前にも事情があり、言い分があるのは分かっている。そして願いを叶えようと必死で努力し、自力で今の地位を掴んだことも、理解しているつもりだ。……だがあいつは、貴族であれば何を犠牲にしてでも手に入れたいと願う『次期公爵』の地位も、いずれは家族になると信じていたティナも、お前のために全てを諦め、一度は身を引いただろう」
すべて自分の責任だから婚約を取り下げて欲しいと、デズモンド公爵家に、何度も何度も繰り返し頭を下げに行ったのを、お前も見たはずではなかったか。
「ティナに怪しまれないよう、エラリア伯爵家のご令嬢としたくもない見合いをし……まぁ、あまりにやる気がなかったので、先方からその日のうちに断られたのだが」
コホン、と気を取り直すように咳払いをし、トゥーリオ公爵は続ける。
「お前が反省すべきは三つだ。一つ目は、デズモンド公爵家の仮面舞踏会で必要以上にジェイドを煽ったこと。二つ目は、必要であったとはいえ、危険な任務にミリエッタ嬢を巻き込んだこと」
本人も自覚があるのだろう、無言で目を逸らした。
「そして最後の三つ目は、その内容について、ミリエッタ嬢へ事前に説明をしなかったことだ。何か不測の事態が起きた時、知ると知らないとでは、本人の対応も変わってくる。大方、断られることを避けるため、あえて告げず、ゴードン伯爵にだけ内密に相談し許可を得たのだろう?」
ぎり、とルークは唇を噛み、それから小さな声で「はい」、と答えた。
「お前に依頼されていた件、トゥーリオ公爵家の名に懸けて、約束は守ると誓おう。だが思い通りにならないからといって、子供のように周りを巻き込むのはいかがなものか」
図星を突かれ恥ずかしくなり、先程のジェイド同様ルークも俯く。
「……先の調査に同行させてよく分かったと思うが、あののんびりとした雰囲気でミリエッタ嬢を見誤ると、手痛い目に会うぞ。ゴードン伯爵家の人間はどんなに凡庸に見えても、決して侮ってはいけない。いいか? 協力を仰ぐのであれば、伝えるべき事はすべて伝えた上で、だ」
それでは、お前が知りたい本題に入るかと呟くと、ルークは先程までの勢いを失い、のろのろと顔を上げた。
「結論から言うと、何もなかった。ミリエッタ嬢とのデートコースについて、ティナ嬢に助言をもらう途中で、あまりに不出来だったため、容赦なく平手打ちされたと本人自ら語っていた。……ミリエッタ嬢にかまけて煮え切らないお前の尻を叩くため、大方ティナ嬢と画策したのだろう」
魚と野兎を大量購入したと聞き、帰宅するなり執務室に呼びつけてみれば、両頬に真っ赤な手形を付けて元気一杯説明をされる。
怒る気力も失くし、放っておいたらこの始末。
「脳が筋肉で出来ているような二人の杜撰な計画に嵌るとは……お前たちは一度腹を割って、話し合ったほうがいい。焦る気持ちは分からんでもないが、もう少し冷静になれ。そしてこれだけは忘れるな……私は、ティナ嬢もお前も我が子のように思っているが、最後はやはりジェイドの味方だ」
そこまで言うと、トゥーリオ公爵は徐に立ち上がり、ルークの肩を掴むようにガシリと手を置いた。
「すべてを諦め、抜け殻のようだったあいつが、ある日から息を吹き返すように元気を取り戻し、たった一つだけ欲したのがミリエッタ嬢だ。そして私もまた、あの子を我が家に迎えたいと思っている」
……あまり目に付くでようであれば、デズモンドと言えど容赦はしない。
先程の穏やかな雰囲気からは一転、トゥーリオ公爵が凄むと、その圧で、ルークは全身に冷や汗がどっと吹き出すのを感じた。
「ジェイドはああ見えて意外とよく周りを見ている。……同じ過ちを、繰り返すなよ?」
実戦経験もあり、騎士団長にまで上り詰めたルークですら、圧倒され声も出ない。
トゥーリオ公爵家当主、『バーナード・トゥーリオ』。
――これが、我が国の外交を一手に担う、国の重鎮。
座した状態で硬直したルークの額に、じんわりと汗が滲み始めたことに目を留め、トゥーリオ公爵は肩を掴んでいた手を離した。
もう、行っていい。
その言葉に、ルークはふらつきながら執務室を後にした。