20. トゥーリオ公爵のお説教タイム①
※第16~19話を一部改稿致しました。御迷惑をおかけして恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
「……何の用だ?」
デズモンド公爵家でお茶会が開催された日の夜。
トゥーリオ公爵邸に突然来訪したルークが、誰もいない場所で話がしたいと言うので、この時間は誰もいない稽古場へ連れてきたのはいいが、特に何を言うでもなく黙りこくっている。
用件を聞こうとジェイドが声を掛けると、ルークは珍しく感情を剝き出しにして、掴みかかってきた。
「とぼけるな……心当たりがあるだろう? お前、ティナに何をした?」
その言葉に、ああ、あのことかとジェイドは独り言ちる。
「先日、帰宅したティナが、身に着けていた服……見覚えがある。トゥーリオ公爵夫人が昔別邸で着ていた服だろう? そのまま自室にこもり、何を聞いても『知らない』の一点張りだ。その後もずっと元気がなく、今日のお茶会後も、何やら思い詰めた顔をしていた」
ジェイドの肩を鷲掴みにし、ルークはギリギリと歯噛みした。
「そうか、それでは話す程の事でもないのだろう」
素っ気なく答えるジェイドに激高し、掴んだ肩をガンと壁に打ち付ける。
「もう一度聞く。ティナに何をした? 答えによってはこの場でお前を殺してやる」
「……ふざけたことを言うなよ、ルーク。先に仕掛けたのはお前のほうだ。あれほどミリエッタを巻き込むなと忠告したはずだ」
腹を立てているのはむしろ俺のほうだと呟き、肩を掴むルークの手を上から握ったジェイドは、ぐぐと、力を籠めた。
めり込む指に、今度はルークが顔を顰める。
「オークション会場にミリエッタを同伴する気だっただろう?」
ミリエッタを調査に巻き込んだ件で騎士団に乗り込んだ後、ジェイドは交流があったオラロフ公爵家の嫡男、キール・オラロフに頭を下げて頼み込み、疑わしい幾つかの商会について調べてもらった。
偶然か計画的か、そのうち複数が同じオークションに参加するという。
念のためオラロフ公爵家の持つ商会の伝手を通じて、事前参加者名簿を取り寄せたところ、あろうことかルークに加えミリエッタの名前まで載っている。
「だからなんだ。専門家を連れて行けば怪しまれるが、彼女であれば幅広い分野に対応できる上に、俺が伴っても違和感がない。打ってつけだろう」
「危険が及んだらどうするつもりだ!?」
「問題ない。外に衛兵も待機している」
それよりティナの事だと宣うルークを殴りつけようと、拳を振り上げたところで稽古場の扉が開いた。
「……二人とも、そこまでだ。揃いも揃って、何をやっている」
騒ぎを聞きつけ稽古場に足を運んだトゥーリオ公爵が、呆れたような眼差しを二人へ向ける。
「順に執務室に来い。……説教だ」
まずはお前からだとジェイドに告げ、トゥーリオ公爵は短く溜息をついた。
***
「……オークション会場の件か?」
執務室に二人きりになるなり、トゥーリオ公爵はジェイドに声を掛ける。
「何か危険な事をしでかしそうだから気を付けてやって欲しいと、オラロフ公から忠告を受けた」
「……ミリエッタは言わば一般人です。いくら有用とは言え、本人の許可も得ず巻き込むのは看過できません」
憤るジェイドに、案の定だなと呟いて、トゥーリオ公爵は丸まった書状をポンとジェイドに放り投げる。
「前回の調査も、今回のオークションの件も、ミリエッタ嬢の父親であるゴードン伯爵から許可を得ている。規則に厳しいルークが、無断で連れ回す訳がないだろう」
書状を開くと一枚目に、確かにゴードン伯爵のサインが書かれていた。
許可申請者には、ルーク・デズモンドの名前と申請日……間違いなく、事前に許可を得た公式な任務だと分かる。
言葉を失い書状を握りしめるジェイドに、トゥーリオ公爵は少し声音を和らげ、諭すように続けた。
「……デビュタントでミリエッタ嬢が話題に上ってから、力ずくでも手に入れようとする輩が後を絶たなかったのは知っている。ゴードン伯爵家の掌中の珠に傷がつかぬよう、我ら四大侯爵家で牽制したとしても、強硬する者は両手に余るほどいただろう」
貴族令嬢は純潔を重んじる。
強硬手段であっても、手に入れてしまえば、縁付くことが出来るかもしれないと考える愚か者は、少なからずいるのだ。
「そしてミリエッタ嬢に危険が及ばぬよう、警備の薄い夜会に参加する際は必ず、私費で警護を雇い、気付かれぬよう会場に配置していたことも知っている」
特に危なそうな日は、ミリエッタ嬢が会場を出るタイミングに合わせ、お前自身が帰路の警護をおこなったことも何回かあったな。
淡々と語るトゥーリオ公爵に、すべてバレていたのかとジェイドは目を丸くする。
「まぁその、料理人を引き抜いて店を買い上げたことと、別邸で色々とやらかしたのは、正直どうかと思うが……」
少し呆れ顔で、嬉しいのは分かるがもう少しまともなプランを立てろと呟くトゥーリオ公爵。
そんな事までバレていたのかと、さすがに恥ずかしくなり、ジェイドは俯いた。
「まあいい。二枚目を見てみろ」
お前のために、わざわざ許可を得て書状の写しを借りたのだとジェイドに告げる。
言われるがまま、書状の二枚目を確認すると、またしても申請者に『ルーク・デズモンド』の名前。
承認者の名前には王太子のサインが入っている。
「……オークション会場の任務に人手が足りないため、近衛騎士団からも一人出してほしいとルーク騎士団長から応援の要請があり、お前が指名された」
最近は喧嘩ばかりだが、ルークだってお前の事を心配しているんだぞと告げ、トゥーリオ公爵はジェイドの肩をポンと叩いた。
「会場内に入ることは出来ないが、外の警護に紛れて情報を得ることはできる。何かあったらすぐに駆けつけられる配置だから、お前も行ってこい」
お互いに意地を張らないで、いい加減仲直りをしろ。
全く手のかかる、と独り言ち、国の重鎮はひらひらと追い払うように手を振った。
「お前への話は終わりだ。……ルークを呼んで来い」