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2. 掌中の珠


(SIDE:ジェイド)



 「……え?」


 突然ハンカチを渡された近衛騎士、ジェイド・トゥーリオは、震える手で、だが皺にならないよう慎重に、折りたたまれたハンカチを開き、目を向けた。


 「…………え??」


 夢を、見ているのだろうか。

 不可侵の天使が、自分に向かって歩いて来たところまでは正気を保っていた。


 手を伸ばせば届く距離まで来た時は、天国へのお迎えが来たのかと、辞世の句を読む準備までしたのに。


 だがその小さい手で恥ずかしそうに、そしてあろうことか自分へとハンカチを差し出された時は、衝撃のあまり息が止まるところだった。


 ジェイドは、ハンカチに施された美しい薔薇の刺繍を、幾度も繰り返し指でなぞる。


 薔薇の花言葉は、「愛」。

 ミリエッタが自分を好きでもなんでもないことは、()()()()()


 ――でも。

 もしもこの先、自分を愛してくれる可能性があるのなら。


 ハンカチを至極大切に握りしめ、ジェイドは陶酔するように目を瞑った。



 ***



 ゴードン伯爵家の直系は、男女問わず、いつの時代も傑物揃いである。


 土地が痩せ鉱物資源もなく、貧民街に人が溢れ、再生は最早不可能と誰もが忌避し尻込みした、(はず)れの領地。


 それでは私がと当代のゴードン伯爵が手を挙げ、矢継ぎ早に施策を打ち、わずか五年で黒字に押し上げた。


 貧しさに近隣の領地へ流出した領民も、徐々に戻ってきており、昨年ついに最後の貧民街も解散し、今や国内の一大都市になりつつあると言っても過言ではない。


 伯爵夫人もまた非凡で、貴族の子女が通う王立学園を、令嬢ながら首席で卒業するや否や、傾きかけていた実家の財政を立て直した女傑である。


 その最中(さなか)、当時財務長官を務めていたゴードン伯爵に出会い恋に落ち、その勢いに尻込みしていたゴードン伯爵をついには堕とし、貴族には珍しく恋愛結婚をしたことは有名な話だ。


 それでは、嫡男のアレクはどうかというと、こちらもまた同年代の貴族達から頭一つ飛びぬけて優秀で、二十歳の若さで宰相補佐に抜擢された。


 次期宰相ではとも噂されるが、そこは権力への執着がなくマイペースなゴードン伯爵家。


 爵位を継ぐ際は、なんの未練もなく中央政治から身を引き、のんびりと領地経営でもするのだろう。


 そんな中、デビュタントを迎える長女ミリエッタに注目が集まった。


 貴族の子弟が通う王立学園には入学せず、家庭教師をつけ、社交の場にも姿を現さず、領内に籠り、すべてが謎に包まれたゴードン伯爵家の掌中の珠。


 容姿も能力も、すべてが人並みと本人は思っているようだが、そこはゴードン伯爵家内における()()()


 デビュタントで一人になった隙に、国の重鎮であるラーゲル公爵が話しかけてみれば、年に似合わぬ見識の広さ、思慮深さと卓越した政治感覚に驚き、あっという間に四大公爵を虜にし、嫁ぎ先は我らの納得する男に限ると、本人も知らぬまま、いつしかバリケードが出来上がってしまった。


 雛菊のように可憐な姿と、その立ち振る舞いの素晴らしさに、貴族令息達は何とかして接点を持ちたいと願うが、『夜会でのみ。且つ令嬢自ら話しかけた者』と、四大公爵が権力をチラつかせながら揃って条件を出すものだから、毎度やきもきして見つめる事しかできない。


 ジェイドは降って湧く婚約話をすべて断り、数多の令息同様、夜会の度にミリエッタの前をうろつくが、興味を持たれるどころか目を合わせてももらえなかった。


 恋焦がれる彼女の情報を少しでも得ようと、公爵家の伝手を使い、『騎士が相手の恋物語を好んで読む』という話を耳にしたジェイドは、彼女の目に映る可能性があるならばと騎士になる決意をする。


 元々こうと決めたらやり遂げる、真面目で勤勉な性格。

 猛然と身体を鍛え始め、すぐにその才能を開花させると、わずか一年半で叙任され、騎士団へと入団する。


 騎士団内でもメキメキと頭角を顕し、ついには王太子の近衛騎士に抜擢されたのだが、ミリエッタが刺繍のハンカチを渡すという夜会に、護衛としての参加を余儀なくされ、前の晩は涙に濡れて一夜を明かした。


 ところがだ。


 思いもよらぬ、()のアシストにより、なんということか手ずから刺繍をしたハンカチを手渡されたのである。


 衝撃を受けて固まる天敵(ライバル)達。

 勿論ミリエッタにそんな気が無い事は分かっているのだが、このチャンスを逃すつもりは毛頭無い。


 夜会の後、我が身の幸運を神に感謝し、喜びのあまり父を抱きしめ(暑苦しいと嫌がられたが)、興奮で一晩中眠れなかった。


 惜しくも婚約は成らなかったが、難攻不落の城へ入る糸口を掴んだ今、命を懸けて臨むのが騎士道というものだ。


 天敵(ライバル)達など、一蹴してみせる。

 腹を真っ黒に染めた忠犬は、帰路に就く馬車の中、口元に薄い微笑みを(たた)えた。


 逃がす気はない。


 ――()()()()()使()()()()()








目を留めてくださり、ありがとうございます!

次話から新規加筆分に突入します。

他にも小説を投稿していますので、ご覧いただけましたら幸いです。

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