19. 緊急事態につき、至急来られたし
※本日二話目です。
デズモンド公爵家の庭園に、社交界の花々が咲き揃う。
『緊急事態につき、至急来られたし』
ティナからの緊急招集に、『ミリエッタを愛でる会』恒例の面子が、緊張の面持ちで円卓を囲んでいた。
「なにか……何か、どちらかと進展があったのでしょうか」
子爵令嬢アンナ・ノラーレフが、恐る恐る質問をすると、ティナが目を伏せ頭を振った。
「本日の議題は二つです。……我が兄、ルーク・デズモンドと、トゥーリオ公爵家のあやつです」
協力体制を取ることになったものの秘匿しているため、名を呼ぶのすら汚らわしいと言わんばかりに顔を歪める。
「先日、当家の舞踏会で二人が諍いを起こし、減給処分になったことは皆様の知るところですが」
謹慎処分になっても良いくらいだったのにと、ティナは歯噛みする。
「しばらくは反省し、二人とも大人しくしていると信じていたのですが、先日我が兄ルークが覆面調査と称し、あろうことか摘発対象候補の店舗へと、ミリエッタ様を連れ出したのです」
「そんな……!」
目が零れそうな程に見開いて、オラロフ家長女ステラが口元を手でおおった。
「騎士団長という地位に胡坐をかき、婚約もせずに来るもの拒まず去るもの追わず!」
忙しい職務の合間でいつ遊ぶ暇があるのかと疑問だが、かなりの頻度で、流れる浮名を耳にする。
「お父様がミリエッタ様の博識ぶりを日々褒めるものだから、その実力を試してみようと悪戯心を起こしたまでは良いのですが……問題は、その後です」
キラリと目の奥を光らせたティナに、令嬢達は、ごくりと喉を鳴らした。
「ミリエッタ様とお出掛けをされた当日。午後を過ぎたあたりから、次々と公爵邸へ運ばれてくる品々……食器、壺、宝飾品、古書に薬草。その品目は種々様々で、大広間の半分を埋め尽くす程でした」
ここまでは宜しいですか? と前置くと、令嬢達が顔を強張らせながら、コクリと頷いた。
「……そして翌日、ミリエッタ様から、それはそれは分厚い手紙が兄宛てに届いたのです」
そう、例えるならばこれくらい。
円卓上の皿に盛られたクッキーを、三枚縦に重ね合わせると、令嬢達からどよめきが起こる。
「扉の隙間から覗いた限りですが、取り出したる手紙の枚数は、目測で軽く十枚以上。普段令嬢からの手紙など、鼻をかむ薄紙程度にしか思っていない兄ですが、にこやかに一枚目を読み終えると、二枚目からは真剣な表情になり、そして最後の一枚で、満足そうに微笑みました」
もしやミリエッタ様が恋に堕ち、他のご令嬢のように、思いの丈を綴られたのでは……?
そして、ルーク様に思いが通じた……?
ドキドキと胸の前で手を組み、次の展開を待つ『ミリエッタを愛でる会』。
「そこまではまだ良かったのです。問題はその後。……手紙の次に開いた封書から、請求書らしき物を手に取ったお兄様は、なんということでしょう。驚きに目を瞠り、大きな声で笑い出したのです」
請求書を見て笑い出す!?
奇怪な行動に、令嬢達の視線が激しく交差する。
「……つまりミリエッタ様は、尋常ではない量の不要品を貢がせた挙げ句、公爵邸へと送り付け、分厚い手紙で愛の言葉をささやくと見せかけ、あのルーク様が驚くほどの請求額を提示した」
スカーレットは真剣な顔で推理する。
「そしてルーク様はその請求額に、思わず笑うしかなかった、と……そういう事でしょうか?」
ミリエッタの次に名前があがる才媛、スカーレットの言葉を受け、ティナは悲し気に頷いた。
まぁ、なんてこと……!
『ミリエッタを愛でる会』会員(現在四名)の方々から、悲痛な声が上がる。
あの温厚なミリエッタ様を、これほどまでに怒らせるとは、一体何をやらかしたのか。
「兄を問い詰めたところ、……頬に口付けを迫ったそうです」
それ以上は残念ながら伺えませんでしたが、おそらく他にも色々。
ティナの発言に、「きゃあああ!」と令嬢達から黄色い声が上がる。
ジェイド様はともかく、ルーク様であれば、ねぇ?
そうね、ルーク様なら……有り、だわ。
ジェイド様ならともかく、ねぇ?
頬を染めながら皆で目配せしあっていると、アンナが急に声をひそめ、他の三人を見廻した。
「……ここで皆様に伺いたいのですが、ジェイド様の目をくぐりながら、ルーク様のような素敵な男性とミリエッタ様が恋に堕ちるのと」
ルークの名前が出てきたからか、ティナはゴクリと息を呑む。
「ジェイド様をあの高みまで引き上げるの、どちらが早いと思われます……?」
その言葉に、その場にいた皆が、うーんと頭を悩ませた。
「実を申しますと、ミリエッタ様のご助言により、当家の製鉄事業が軌道に乗り始めたものの、我がノラーレフ子爵家の台所は常に火の車。爵位は問わず、支援してくれそうな家に嫁ぐよう、両親から厳命を受けています」
実家のため、裕福な老人に嫁ぐ貴族令嬢も、昨今後を絶たない。
「次回の夜会で、私もミリエッタ様のようにどなたかにハンカチを渡そうと思っています。……経済的に支援頂ける裕福な相手を探さねばならないのです」
他の方々も様々なご事情がおありになるのでは?
アンナが訪ねると、皆同様に、目を伏せた。
「……確かに、あやつを受け入れられるだけの包容力を持ちうる令嬢は、ミリエッタ様だけかもしれません」
アンナの言葉を受け、ティナが呟いた。
あの事前査定から数日後、あまりに心配になってミリエッタに湖畔デートの様子を確認したところ、『とても意義ある楽しい一日でした』と、にこやかに回答が返ってきたのには、正直戦慄した。
アレを『意義ある楽しい一日』だなんて、ティナには到底思えない。
さすがにこの場では言えないが、先日ジェイドが提案したミリエッタとのデートコースを、身を以て体験したティナだけに、その言葉は真に迫っていた。
「それではミリエッタ様に相応しくなるよう、ジェイド様をサポートしつつ、私たちは私たちでハンカチを渡し婚約者を探す。……そういうことで宜しいでしょうか?」
わくわくとステラは目を輝かせる。
実を言うとこのメンバー、まだ誰一人としてハンカチを渡したことがないのだが、ちゃっかり刺繍の練習だけは日々こなしているため、職人ばりにメキメキと上達してしまった。
正直、刺繍だけは自信がある。
ステラの言葉に、ティナ、アンナ、スカーレットがそろって頷く。
次回オラロフ家で開催される夜会。
この夜会でジェイドをフォローしつつ、数多の令息にはミリエッタ様を諦めていただき、自分たちも手頃な男性にハンカチを渡す。
……結構やること多いな。
次の夜会は忙しくなるぞと、それぞれに思いを馳せながら、四人は庭園の片隅で計画を練った。