18. 公爵令嬢の事前査定
感想ありがとうございます!
嬉しい気持ちで、すべて大事に読ませていただいているのですが、お返事をするとうっかりネタバレをしてしまいそうなので、一旦お返事を停止し、少し話が進んでから一気に書かせていただきます。
お待たせして恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
「何をしに来た」
来たるミリエッタとのデートに向けて万全を期すため、お前の相手をしている暇はない。
トゥーリオ公爵家の別邸で、忙しい仕事の合間を縫って下準備をしていたジェイドは、突然押しかけて来たティナへの不快感を隠さないどころか、門前払いをするように手を払った。
「いいか? お前の兄のせいで、先日の舞踏会は散々な目にあった。……その後もだ。故に今回、失敗は許されない」
軍事演習よろしく思い詰めた顔で、帰れ、今すぐ帰れと追い払う。
「なッ! なんなのよその態度は! 貴方がシャンとしないから、お兄様まで様子がおかしくなっちゃったのよ? 相談くらい乗ったらどうなの!?」
ちゃんと訪問の先触れも出したでしょうがぁっと、ジェイドの脛を蹴り飛ばそうとティナが脚を出した瞬間、スッと躱され、よろけたところを荷物のように担がれ、ポイッと庭に捨てられる。
「アイツがおかしいのは、いつものことだろう。職務に忠実なのは良いが、一見柔軟そうに見えて融通が利かない面倒で陰湿な男……関わるとロクな事がない。放っておけ」
酷い言い草だが、ルークとジェイド、ティナは、幼い頃からよく一緒に遊んだ知己である。
勝手知ったる仲なので、喧嘩をすると余計にヒートアップするのだが、ミリエッタの件でジェイドが激怒するまでは、頻繁にお互いの家を行き来するほど仲が良かった。
「はぁぁああ!? なにが『失敗は許されない』よ! またロクでもない計画でも立てて、ミリエッタ様に迷惑をかける気でしょうがあっ」
「……ほぅ? それではお前が事前査定でもしてくれるというのか?」
迷惑をかけるくだりで少し心配になってきたのか、自信満々だったジェイドの頬が、ほんの少し引き攣り始める。
まぁお前とミリエッタじゃ人間としての質が段違いだから、参考になるかは分からんがな。
捨て台詞まで吐くが、やはりどこか不安そうに目が泳いでいる。
「……私の査定に耐えられるだけのプランを提示できるとでも? いいわ、見せて御覧なさい。公爵令嬢たるこの私が、ミリエッタ様に相応しいデートプランなのかを判定してさしあげましょう!」
精々頑張ることね!
高らかに笑った一刻後。
ティナは安請け合いした事を、激しく後悔する羽目になる。
***
何で今更お前に湖畔を案内しなきゃならないんだ。
自分から言い出したくせに、ブツブツ文句を垂れ流すジェイドと連れ立って歩くうち、何かがもがく音が聞こえた。
「よしよし、獲れたぞ」
前回、観劇後のレストランで、鹿肉の香草焼きを美味しそうに食べていた。
獲れたての鹿肉にじっくりと火を通してローストにすると、頬っぺたが落ちるほど美味しい。
きっと飛び上がって喜ぶに違いない。
そんなことを呟きながら、ジェイドは嬉しそうに駆け寄ると、くくり罠にかかって抜け出せなくなった鹿の頚動脈をナイフで断ち切り、血抜きを始める。
段々と動きが弱くなり、十分程した頃だろうか。
ビクッと大きく震えた後、鹿の動きが止まった。
そのまま内臓を取り出し、あろうことか湖の中で洗おうとしたジェイドの背中を、ティナは力一杯蹴りこんだ。
「あ、あぶっ、危ないなお前は! 湖に落ちるだろうが」
ジェイドはしゃがんだまま、処理していた鹿とともに湖に落ちそうになり、後ろに立つティナに非難の眼差しを向けようとして……怒り狂う仁王立ちのティナと目が合った。
「あああ、あ、貴方……噓でしょう? まさか今のをミリエッタ様の前でやろうとしていたの?」
そもそも、『新鮮な鹿肉』と『(目の前で)死にたての鹿肉』は、イコールではないのよ?
「そのプランは即刻中止よ! 今すぐ使用人を呼んで処理をさせなさい! ……野兎も駄目です。見せるだけにしなさい」
不満げなジェイドを引っ立てて、季節の花が咲き乱れる花畑へと移動する。
「いい? 女性は花が好きなの。ほら物語だとよく、王子様が髪に素敵な花を挿して、可愛いとか言ってくれたりするでしょう?」
うっとりと夢見心地なティナに、怪訝な眼差しを向けたジェイドは、面倒臭そうにそのへんの花をぶちっと一本千切り、ティナの頭頂部にぐさりと差した。
「ほら、満足か? これでいいだろう」
「はぁ!? 一体何の花をさして……やだ、くさっ! 臭い! これドクダミじゃないの!」
「自分で言ったんじゃないか」
「言ったけれど……まさか、ミリエッタ様にもこんな風にするつもり!?」
大騒ぎするティナに溜息をつき、「馬鹿だな、するわけないじゃないか」と答えたジェイドに、うがあとティナは襲い掛かった。
「おい、やめろティナ。デズモンドの人間は、揃いも揃って狂暴だな」
次の瞬間、右頬を思い切りよく平手打ちされる。
「はい、次! 次のプランよ!」
***
……なんで釣りなのよ。
ミリエッタ様、本当にコレでいいのかしらと、ジェイドを横目で睨み付ける。
何をしてくれるわけではなく釣竿と餌を渡され、ウネウネと動く幼虫に自分で釣り針を刺したまでは良かったが、水が澄み、気温が高めだからか、なかなか魚がかからない。
「……本当に、これ、ミリエッタ様とやる気だったの?」
衝撃のあまり、震える声で尋ねたティナに、ジェイドは自信満々に頷いた。
「この後、大量の魚を放流し、デートの時は良く釣れるスポットまで漕ぎだす予定だ」
「は!? じゃあ今いる場所はなんなの?」
「なんなのと言われても……、適当に漕いだだけだが」
「はぁぁああ!?」
そもそも、そんな都合よく釣れるはずがないだろう。
……何が失敗が許されないプランだ。
どこもかしこも失敗だらけではないか。
もう我慢できないと、怒り狂ったティナはジェイドの左頬に、またしても渾身の平手打ちをお見舞いした。
***
「貴方なんか、何一つお兄様に勝てやしないわよ」
両頬に手の跡を付けたジェイドを睨み付け、別邸の応接で紅茶を飲みながら、ティナはぶつくさと文句を言う。
「お兄様ならもっと、素敵にエスコートしてくれるはずだもの」
少なくとも目の前で、鹿の血抜きを始めるような真似はしないはずである。
「そう思うなら、さっさとルークと、婚約でもなんでもすれば良かっただろう。あいつは傍系からとった養子なんだから、そもそも血がつながっていないじゃないか」
腕を組み、ソファーにもたれながら呆れたようにジェイドが言うと、ティナの目がじわりと滲む。
「あんなに綺麗な女性を沢山侍らせてるのよ? 挙げ句の果てがミリエッタ様……お兄様の様子もなんだかおかしいし、私なんか、今更相手にされるわけないじゃない!」
ちょっとは慰めなさいよ! と、人目も憚らず泣き始めたティナをしばらく無言で眺めていたジェイドは、呆れたように息をついた。
「……お前たちは、もっと素直になったほうがいい」
ひとつ、妙案を授けてやろうと告げ部屋を出ていくと、何やら見覚えのある服を手に持って戻ってくる。
「今日はこれに着替えて帰れ。……今後、ルークに俺とのことを聞かれたら、『知らない』とだけ言え。それだけでいい」
四大公爵家が誇る、脳筋二人。
騙されたと思って試してみろと自信満々に微笑むジェイドに、一抹どころか多大な不安を感じつつも、藁をも掴みたいティナは、思わずこくりと頷いた。