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17. なんだかうまくいかない


 王都の外れ、トゥーリオ公爵家の別邸に、景観の良い湖畔がある。


 子供の頃、ティナやルークともよく遊んだ思い出の場所だと聞いていたので、今日はとても楽しみにしていた。


 あの後、びしょ濡れになったミリエッタとジェイドは、待たせておいた馬車に乗り、風邪を引いては一大事と別邸へと急ぐ。


 湯浴みの後、準備してもらったワンピースに袖を通し、人心地ついてソファーに腰を掛けながら、ミリエッタは慣れた手付きで紅茶を入れるジェイドを眺めていた。


「ジェイド様はご自身で、紅茶をお入れになるのですね」


 数分蒸らしたティーポットを、くるりと回す。

 ミリエッタのティーカップにミルクを入れた後、熱々の紅茶を注いでくれた。


「……美味しい」


 任せて欲しいと言われるがまま、お願いしたのだが、見事な手際とその味に驚く。


「ジェイド様、すごく美味しいです! ありがとうございます」

「……うん、喜んでもらえて嬉しい」


 幾度も幾度も謝られ、怒っていないと告げたのに、ミリエッタの喜ぶ姿に嬉しそうにしつつも肩を落としている。


「……ジェイド様? 私、気になっていたことがあるのですが、お伺いしても宜しいでしょうか」


 ミリエッタはソーサーにティーカップを戻し、改まってジェイドに向き直った。

 怒られるとでも思ったのだろうか、ジェイドの肩が小さく動く。


「今日、私の名前を一度も呼んでくださらないのは何故ですか」


 思いもよらぬ質問だったのだろうか、ジェイドは目を瞬かせる。


「舞踏会の一件は気にしていないと伝えたはずですが、今日一日、ずっと元気がないのは何故ですか」


 背筋をピンと伸ばし、ジェイドを真っ直ぐに見つめながら、凛と通る声で丁寧に言葉を紡ぐ。


 すぐに赤くなり、自信無さげに慌てる普段の姿からは想像もできない威厳のある姿に、ジェイドは眩しそうに目を細めた。


「話していただかないと、私には何も分かりません。……今日は元気なジェイド様にお会いできるのを、とても楽しみにしていたのですよ?」


 その言葉に、大きな身体を丸くして、ジェイドが俯く。


「何か心配事があるのなら、微力ながら私も一緒に考えます。不満や要望があるなら、直せる部分もあるかもしれません。気になることがあれば、すべてお伝えください」


 改善するよう私も努力しますと、困り顔で覗き込むと、眉毛をハの字にしたジェイドと目が合った。


「前回のデート、帰りの馬車で眠り迷惑をかけてしまって」


 帰路につく間、ミリエッタを膝に乗せたまま、寝入った事を気にしていたらしい。


「ふふ、あの時は驚きました」

「……舞踏会の時、怖がらせてしまいました」

「もう、怒っていないとお伝えしたはずです」

「今日も、失敗ばかりで」

「そんな事ありません、とても楽しかったですよ」


 ミリエッタは立ち上がると、しゅんとする彼の隣に座りなおした。


「……敬語も、敬称も不要だと、先日お伝えしたはずです」


 ゆっくりと、子供を慰めるように大きな背中をさする。


「気になることがあるのなら、何でも聞いてください」


 せっかく目の前にいるのですからと、ミリエッタが優しく微笑むと、ジェイドは俯きながら少しずつ口を開いた。


「同僚から、ルーク騎士団長と街に出掛けたと聞いて」

「はい」

「ルーク騎士団長の執務室に、先日乗り込んだんだ」

「……はい?」


 ルークの所属する騎士団が、憲兵とともに、少しきな臭い案件を調べているのは知っていた。

 危険の伴う、下手をしたら狙われかねない調査に、何も知らないミリエッタを伴ったことに怒り狂い、ルークの所属する騎士団へと向かう。


 静止制止しようとする騎士を振り切り、執務室まで乗り込んだまでは良かったが、応援で駆け付けた騎士達に取り押さえられた。


 まさかミリエッタをおとりにするつもりかと怒鳴ると、『……デズモンドの人間は、何よりも任務を優先する』と冷たく言い放つ。


 一発殴ってやるともがくが、三人がかりで押さえられ、身動きが取れない。

 ルークは執務用の椅子に座ったまま、ジェイドを見下ろし、『分かったか? これが俺とお前の距離だ。……悔しかったら、ここまで上がってくることだな』と余裕綽々で告げた後、『まぁ、今のお前に何が出来るとも思えんがな』と歪んだ笑みを浮かべていた。


 その時の事を思い出しては我を忘れて激怒しそうになるが、あの場面で抗う力のない自分が情けなく、舞踏会の一件も相まって落ち込む日々だった。


 裏で危険がないように手を回す中、ミリエッタに危険が及ばない公爵家の別邸で楽しませようと思ったところに、今日の失敗である。


「その時は何事もなく終わったんだが、今日も迷惑をかけてしまって……」


 何事もなく終わったくだりで、安堵の息を吐いたミリエッタは、再度優しく慰めた。


「迷惑なんてかかっていません。……ジェイド様、ご存知ですか? 前回も今日も、私は本当に楽しかったんですよ?」


 明るく元気で、一緒にいると楽しくなって、つい親友のティナ様を思い出してしまいます。


 ティナを引き合いに出され、一瞬不満げに目を細めたジェイドが可笑しくて、ミリエッタはクスクスと笑い出した。


「……ミリエッタが楽しいと、俺も楽しい」

「あら! やっと名前を呼んでくださいましたね!」


 揶揄う小さな肩に頭を乗せると途端に黙りこくり、頬を赤らめて視線を逸らすミリエッタの姿に、今度はジェイドから笑みがこぼれた。


「夕飯には早いが、後で魚の塩焼きを一緒に食べよう」


 最初に釣ったのは舟がひっくり返った際に逃げてしまったが、竿に付いたままの魚は無事だった。


「昨日、沢山放流して良かった」


 ……ん?

 首を傾げたミリエッタの肩に頭を乗せたまま、ジェイドは満足気に言を発する。


「二百羽も放したのに、野兎を見せられなかったのは心残りだけど」


 …………んん?


 何やらおかしな事を言い出したが、今に始まった事でもないし、まぁいいか、とミリエッタは自分に言い聞かせる。


「これからは心配かけないよう、必要なことはちゃんと話すから、ミリエッタも俺に話してほしい」


 少し申し訳なさそうに口にする、ジェイドの言葉が嬉しくて、ミリエッタは小さく「はい」と答えた。










※あの後、ジェイドは頑張って紅茶の勉強をしました

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