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15. 人並み令嬢の鑑識眼②


(SIDE:ルーク)


 裸石(ルース)からオーダーメイドまで、併設した工房ですべてが対応可能な、王都で人気の宝飾店。


 店に入るなり最上階の別室に通され、店頭ではお目にかかることの出来ない桁違いの金額……もはや芸術品と言っても過言ではない宝飾品の数々が、目の前に並べられる。


「……ルーク様はいつもこのようにお買い物を?」


 どれでもお気に召した物をお試しくださいとオーナーに勧められ、ミリエッタは緊張した面持ちで、隣に座るルークを覗き込んだ。


「いや、普段は外商を屋敷に呼んでいる。自分から店に行って買ったのは、成人前の一度きりだな」

「……そうでしたか。ゴードン伯爵家は代々受け継いだものを大事に使いますので、滅多に新調しないのです。こういう場は少し緊張しますね」


 勧められるがまま身に着けるものの、値段が気になるのか少々落ち着きがない。

 何か気に入った物はあるかと尋ねると、「自分に見合ったものを後ほどおねだりするので、今は結構です」と、すげなく断られてしまった。


「……申し訳ございません、本日は自分用ではなく、当家の侍女へお土産を買いに来たのですが、店頭の商品を拝見してもよろしいですか?」


 延々と続きそうな試着会に溜息を洩らし、この場を終えようと、ミリエッタがオーナーへ声を掛ける。


 部屋を出る際、「今見た物は問題ありません」とルークに囁いた。


 一階に降りたミリエッタは、店頭のガラスケースに収められた宝飾品を眺めていたが、ふと隅に置いてある彫金の手鏡に目を留める。


「こちらは随分と手頃な価格ですが、何か理由があるのですか?」

「はい、そちらは工房の見習い職人が手掛けたもので、品質が安定しないため、通常の半額程度で値付けしています」


 店員の答えに、なるほどと一度は頷くものの、見習いとは思えない出来栄えに、「……相応の仕事には、相応の対価を払うべきでは」と、安価な値付けに疑問を呈していた。


 普段穏やかに見える彼女だが、譲れないこだわりを持っており、納得がいくまで妥協しない強さが垣間見える。


 ふと足を止め、声をひそめてルークを呼び寄せると、ミリエッタは近くにあるガラスケースをコツンと叩いた。


「……上下で異なる素材を使った模造石です。こちらの指輪は、下部がルビーを模した赤色ガラス。硬度を高めるため複数の素材を組み合わせることもありますが、こちらは原価を抑えるため、天然石に似せただけの紛い物です」


 該当の指輪を視線で示し、「横側から確認すると、接着による違和感や不自然な層に気付けますよ」と教えてくれるが、最初の白磁器同様、素人目には分からない。


 ガラスケースをひとつひとつ、順に覗き込んでいたミリエッタは、さらに店内をもう一周した後、にこりと微笑みこう告げた。


「ルーク様! 気になった物をすべて購入してもよろしいですか?」



 ***



 いやはや聞きしに勝る、ご令嬢だった……。

 ルークは昨日の出来事を思い出すように目を瞑った。


 あの後も次から次へと看破し、公爵邸の広間には、()()()が山の如く積まれている。

 これから様々な専門機関に委託し、それぞれに再鑑定の上、問題の店舗にはそれなりの指導が入る予定だが、多岐に渡るミリエッタの知識には舌を巻くばかりだった。


 そして先程、自分宛ての手紙が、ミリエッタから速達で届いた。

 ちょっとした冊子くらいはありそうな、分厚い手紙を受け取り、ルークは封を切る。


 一枚目は昨日のお礼。

 二枚目から五枚目は、説明してくれた模造品の特徴と見分け方、補足資料として参考文献が記載されている。


 そして六枚目は、模造品の原材料や生産地について。

 七枚目から十五枚目には、土地ごとに洗い出した取扱先の商会名がリスト化され、それぞれの流通経路が、まるで報告資料のように読みやすく纏められていた。


 ご令嬢から分厚い手紙をもらうことは多々あり、大抵は思う存分、想いのたけが綴られているのだが、さすがにこのパターンは初めてである。


 昨日、最後に訪れた古書専門店で目を輝かせ、埃の中から図鑑のような本を発掘すると、「今日は結構お役に立てた気がしますので、この図鑑をお願いしても宜しいですか?」と、興奮に赤らんだ顔で聞かれた時には、笑ってしまった。


「百年近く前に書かれた医学書で、現在は絶版になっており、ずっと探していたんです! ……あの、五冊セットなので、出来ればその、五冊とも欲しいのですが……」


 医学書を抱き締めながら、一生懸命説明する姿が可愛くて、「好きなだけ買って構わない」とルークが頷くと、飛び上がって喜んでいた。


 宝石を身に着けていた時の、死んだ魚のような目。

 医学書を見つけた時の、興奮に潤む、輝いた瞳。


 「自分に見合ったものを後ほどおねだりするので、今は結構です」と、すげなく断ったミリエッタ。


 虚栄を満たす為の宝飾品は、ミリエッタにとってなんの価値もなく、自分にとって価値のある、()()()()()()を選びたかった、ということだろう。


 あまりの博識ぶりに、「自分などとても敵わない」と降参した時は、「慎み深いのは美徳ですが、不必要な謙遜はルーク様の価値を下げてしまいますよ?」と逆に注意をされてしまった。


 何も知らない初心な少女のように柔らかく微笑み、男慣れしていないのか少し触れると、顔を赤らめて恥ずかしがる。


 雛菊のような清楚な佇まいで、「人並みにしかできませんが」と言葉を選びながら、次々と看破していくミリエッタ。


 慎み深いのはお前のほうだろうと、思わず言ってしまいたくなるほど、自己評価の低い伯爵令嬢。


 別れ際に、「お兄様といるようで、今日はとても楽しかったです!」と言われた際は、かの宰相補佐を引き合いに出されるとは光栄だと、大笑いをしてしまった。


 件の医学書が、いかに素晴らしかったかが記載された十六枚目の手紙を読み終えて、ルークは次の封書を開け、目を丸くする。


「クッ、……あはははは!」


 ……今回ミリエッタにお願いした作業は、専門性が高く、知識も多岐に渡る。

 当初専門家をそれぞれに雇い入れ、予算計上後に実施する予定だったのだが、それも昨日不要になった。


 医学書五冊分の請求書には、()()()()()()()()()()――――。


 『相応の仕事には、相応の対価を払うべきです』


 ルークはミリエッタの言葉を思い出す。


 慌てる姿が可愛くて、初めは楽しく揶揄っていたのだが、蓋を開けると圧倒されたのはこちらのほうだった。


 ここまでくると、最早笑うしかない。




 ――――ああ、いいな。


 俄然、欲しくなってきた。










※次回はジェイド回です

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