14. 人並み令嬢の鑑識眼①
※本日二話目です。
(SIDE:ルーク)
ゴードン伯爵邸で、階下へ降りるミリエッタを目にした時、一番最初にルークの目を奪ったのは、その出で立ちだった。
妹のティナと仲の良いミリエッタは、デズモンド公爵邸に遊びに来ることも多い。
どの年代から見ても好感が持てる清楚な佇まいは、十歳を超える頃には既に完成されており、同年代の令嬢仲間でお茶会を開くと、所作の一つ一つが周囲を圧倒し、頭一つ抜けた存在感を放っていた。
顔の造形だけであれば、エラリア伯爵家のスカーレットと双璧を成すが、様々な要素を加味すると、ミリエッタには遠く及ばない。
「ああ、これは……美しいな」
女性への誉め言葉は幾通りも準備しているはずなのに、ただただ感嘆の息が漏れる。
事前に送付した店舗リストには、骨董品を取り扱うアンティークショップに、裸石から研磨加工、オーダーメイドまで手掛ける工房併設の宝飾店。
加えて、公爵家御用達の会員制レストランに、貴族であっても入店に紹介状が必要な古書専門店など、種々様々な店舗を特徴ごとに列記したのだが、いずれの場合も相応しく、またルークと立ち並んでも遜色ない水準に達するよう、身に着ける宝飾品にも工夫が凝らされている。
思わず、当初予定していなかった恋人役の設定まで盛り込み、名前で呼び合うよう提案したところ、覆面調査に必要な業務の一環だとでも思ったのだろうか。
抵抗もなく素直に受け入れる姿がいじらしく、さらに反応が見たくなってしまった。
半ば本気で、「思う存分強請れ」と伝えると、『それでは、何をおねだりしましょうか』と、口元に小さな手をあて微笑みながら、冗談めかして小首を傾げる。
「ルーク様のお役に立つため、心してかからないといけませんね」
そう嘯くミリエッタが次に何をするのか、想像するだけで気持ちが浮き立った。
「……それは楽しみだ」
笑顔で告げると、自分で言って恥ずかしくなったのか、ミリエッタが途端に顔を赤らめ俯く姿が何とも言えず可愛らしい。
馬車に揺られるうち目的のアンティークショップに着き、二人並んで仲良く骨董品を見ていると、とある白磁器の前で立ち止まった。
しばらく手に取り眺めていたが、不意に何かを思い立ち、入口近くに置いてあった花瓶を移動し、隣同士に並べる。
「ルーク様、この二つの白磁器……同じ工房の刻印が彫られているのですが、何が違うかお分かりになりますか?」
内緒話がしたいのか、声を潜めて背伸びをし、ルークの耳元へ口を寄せようとするが、如何せん身長差があり届かない。
「ん? なんだ? ……よく聞こえないな」
揶揄い半分でミリエッタの腰に手を回し、自ら屈んで耳を寄せると、「この手は必要でしょうかッ」と慌てる姿がまた面白かった。
「……こっ、恋人同士ですもんね。仕方ないですねッ」
逃れられないと早々に悟り、恋人の設定だから仕方ないと自身に言い聞かせるミリエッタ。
気を取り直したのか、二つの白磁器をルークの目の前に掲げた。
「二つの白磁器。並べると分かりやすいのですが、微妙に色味が異なります」
言われてみれば、片方は少し色がくすんでいるように見える。
「原料に一定の割合で動物の骨灰を加えており、乳白色のまろやかな色合いが人気の工房です。……骨灰を加える過程で特殊な技術を要するのですが、既定の割合を満たしていないのか、模造品には少しくすみがあります」
そこまで説明すると、ミリエッタはコンコンと、白磁器を軽く指で弾いた。
「また、強度を保つため、高温で複数回焼く必要があるのですが、焼成温度が適しておらず、本来の発色が出来ていない箇所があります。……再現しきれなかったのでしょうね」
工匠たちが精錬する顔料自体も、工房によって製法が秘匿されているため、技術があっても再現するのは並大抵のことではないと言う。
恐らくこちらが偽物です、と手渡された花瓶を見ると、単体では見分けがつかない程の、僅かな違いしかない。
続けてミリエッタはまた、別々の場所から同工房のティーカップを置き並べ、今度は裏返しにして刻印を見せた。
「こちらは一見同じティーカップですが、刻印を見ると一目瞭然。異なる字体と歪みは、模造品の特徴です」
目を凝らしても気付かないような差異を、次々と言い当てていくミリエッタを、ルークは呆気に取られながら眺めていた。
「質の高い模造品になると、目利きする人間がいない場合、気付かずに販売してしまう可能性もございます。こういった贋作は、離反貴族の資金源になる可能性も高いため、証拠として押さえておきましょう」
異なる工房の作品を、本物に寄せるだけで、その価値は数倍に膨れ上がる。
一通り並べ終えた商品に加え、カモフラージュするための食器や壺を大量に注文し、公爵家宛ての領収書に購入日と金額、細かい品名と数をそれぞれ記載させると、今すぐ発送の手配をするようミリエッタが店員に指示を出す。
夢中になりすぎて、ルークが隣にいることを途中から忘れてしまったのか、「原材料から産地を割り出して、急ぎ取引先の絞り込みが必要ね……」と、ブツブツ呟きながら、小さな円を描くように行ったり来たりを繰り返している。
しばらく思案した後、ルークを置き去りにして一人で店を出ようとする姿が可笑しくて、腹を抱えて笑い出してしまった。
「ミリエッタ嬢……、こらこら、ミリエッタ! 俺の存在を忘れていないか?」
後ろから、コツンと軽く頭を小突くと、やっとルークの存在を思い出したのか、アッと驚きの声をあげて慌てふためく。
「違うんです、これは、その、忘れていたわけでは……私、考え事をすると周りが見えなくなってしまう事があって、あの、……申し訳ありませんでしたぁっ!」
無理があると自分でも思ったのか途中から言い訳を諦め、あまりの申し訳なさに、不躾と思いつつ頭を抱えてしゃがみ込む。
何も言わないルークを、怒っているのと勘違いしたのか、そろそろと顔を上げ、潤んだ瞳でちらりと視線を送ってきた。
「お……、怒ってます?」
不安気に問いかける姿が可愛くて、ミリエッタに目線を合わせるため、ルークもまたその場に屈み込む。
「怒ってはいないが、甚く傷付いたな。まさか入店早々に存在を忘れられるとは……生まれて初めての経験だ」
幼子のように困り果てる姿をもっと見たくなり、屈んだ膝の先に腕を伸ばし、指先を交差させるように組みながら悲し気に俯くと、ミリエッタは申し訳なさそうに目を瞬かせる。
「あ、あの、何かお詫びに出来ることはありますか?」
俯くルークを困り顔で覗き込むミリエッタに、それではと屈んだまま数歩近づき、横並びになると、「ん!」と頬を差し出した。
意味が分からなかったのか、まんまるに開いた目を再度ぱちぱちと瞬かせ、「……ん?」と聞き返すミリエッタ。
ルークは笑いを堪えながら、自分の頬をツンツンと指でつつき、再度「ん!」と頬を差し出す。
その意味にやっと気付き、距離を取ろうと動いたミリエッタを難なく捉えると、大きな手で頭を包み、側頭部に優しく唇を寄せる。
「~~ッ、ッツ!?」
火照った顔で涙ぐみ、揶揄うのはやめてくださいと抗い、逃げようとする姿に益々狩猟本能を刺激され、屈んだままミリエッタを引き寄せた。
なおも逃れようと、無駄な努力を続けるミリエッタの小さな額に頬を寄せ、よしよしと落ち着かせるように頭を撫でる。
ああ、まるで青年時代に戻ったかのようだなと、やわらかな気持ちで独り言ち、ルークは思わず破顔した。