13. 覆面調査を兼ねた初デート
舞踏会での一悶着から早五日。
あの後ルークが、自分にも非があったと手を挙げてくれたおかげで、二人とも一ヶ月の減給処分に落ち着いたらしい。
騎士団長という役職柄、相当忙しいのではないかと推察するが、舞踏会でのハンカチのお礼にと王都で人気の焼き菓子、さらに可愛らしい小振りの花を添え、短いながらもルークからお誘いの手紙が届いた。
覆面調査も兼ねて、王都内の店舗をいくつか回る予定があり、その中には、公爵家の人間や王族しか目にすることのできない特別な品を扱う店もある。
興味があれば一緒に来ないかと、男らしく力強い文字で綴られていた。
ミリエッタの好みを熟知したかのような誘い文句に、二つ返事で応じると、それでは早速と、週末の予定を押さえてくる。
手慣れた様子で興味を引き、流れるようにデートの約束を取り付けるルークとは対照的に、何をするにもワタワタと落ち着きのないジェイドを、ふと思い出した。
『昨夜のお礼と、婚約の申込に』
ハンカチを渡した翌日に領地を訪れ、意気揚々と婚約の申込をするジェイド。
なかなか取れない芝居のチケットを、偶然手に入れたと言い張り、強引な二択でデートの約束を取り付ける。
早朝から、屋敷の周りをぐるぐると不審者のように徘徊したあげく、巨大な花束を床に落としたまま立ち去り、帰りの馬車でミリエッタを抱き枕代わりに爆睡していた。
「……もう、訳が分からないわ」
名前で呼ぶことを許可すると、子供のように、人目も憚らず大はしゃぎする。
思い出せば思い出すほど可笑しくなってきて、ミリエッタは自室で一人、声を忍ばせながらクスクスと笑みを零した。
ジェイドからは相変わらず、数日おきに花や手紙が届くが、舞踏会後は反省しているのだろうか、心無しか文面に元気がない。
心配なので、そのうち気晴らしも兼ねて自分から誘ってみようかと悩んでいたところに、ルークからの申し出があったため、声を掛けるのは少し先になりそうだ。
***
光沢のあるサテン生地に、透け感のあるシフォン生地を重ねた、紺色のクラシカルワンピース。
アクセントの帽子には大きな花があしらわれ、シンプルながらも品があり、いかにも貴族令嬢といった雰囲気を醸し出している。
覆面調査と聞き、高級路線のお店に入っても不自然に見えぬよう、清楚ながらも質の良い服飾品を身に着けてきた。
「ああ、これは……美しいな」
ゴードン伯爵邸まで馬車で迎えにきたルークが、姿を現したミリエッタに、思わずといった様子で嘆息する。
「そんな、……その、デズモンド卿も素敵です」
褒められて赤面する頬を押さえながら、少し恥ずかしそうにミリエッタが答える。
黒灰色のトラウザーズ、シャツにベストを合わせたラフな服装だが、持ち前のスタイルの良さが引き立ち、深紅の髪と瞳が相まって、とにかく人目を引く。
来訪予定の店舗リストがルークから届き、せっかくだからと卸売業を営む商会を下調べしているうち、あっという間に約束の日になってしまった。
「本日は覆面調査も兼ねているため、申し訳ないが恋人役に徹して欲しい。……女性を伴うと、相手も油断するんでな」
エスコートを受けて馬車に乗ると、第一声で名前を呼ぶよう提案される。
「気付いた事や気になる点があれば、どんな小さな事でもいいから教えてくれ」
「……承知しました。その場でお伝えするのと、お店を出てから、どちらが宜しいですか?」
本来であれば店舗を出てからにすべきなのだが、商品に何か問題があった場合は、その場で確認したほうが話が早い。
「その場で言って貰って構わない。……ああ、欲しい物があれば、思う存分強請るといい」
さすがは天下のデズモンド公爵家。
そんなことを言ったら、容赦なく強請る御令嬢もいるのではないかと心配しつつ、訪問先の店舗リストを思い出し、「それでは、何をおねだりしましょうか」と、ミリエッタは冗談めかして微笑んだ。
「ルーク様のお役に立つため、心してかからないといけませんね」
ふふふと笑うミリエッタに、それは楽しみだと告げ、ルークは面白そうに目を細めた。
※本日どこかで、もう一話投稿予定です。