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12. 騎士団長の、シナリオ通り


 白い手がそっと添えられたのを確認し、ルークは口元を綻ばせる。


 少女の細い腰にもう片方の手を回すと、ゆったりとした滑らかなステップに合わせて二人の足が交差し、ダンスホールに弧を描いた。


 筋肉質な腕に抱かれるように踊る少女の身体は、小さく細く、直立してもルークの胸元までしか届かない。


 曲が終盤に差し掛かかったところで、深紅の瞳が輝きを増し、細い腰をぐっと自分のほうへ引き寄せた。


「……ッ!?」


 小さな身体がふわりと宙に浮き、ルークの厚い胸板へ引き寄せられるように、少女の胸元が柔らかく触れる。


 互いの鼓動が重なる程近くへ引き寄せられ、少女は茶を帯びた丁子色の目を、仮面の奥でまるまると開いた。


 ピシリと固まって動かなくなった身体を腕に抱き、ルークは悪戯が成功した子供のように声を上げて笑う。


「……ハハハッ! 駄目だ、すまない。緊張する様子があまりに可愛くて、つい意地悪をしてしまった」


 軽々と抱き上げてなおも笑うルークに、少女は顔を背け、恥ずかしそうに俯く。

 抵抗するように小さな手を添えると、「降ろしてください……」と、小さく小さく(ささや)いた。


「それは出来ない相談だな」


 大人の余裕でさらりと躱され、なおも抵抗しようとするが、鍛え上げられた腕はピクリとも動かない。


 …………!?


 目の端に二人を捉えながら、王太子の周囲に目を配っていたジェイドは、その声を拾い、ガバリとルークのほうへ身体を向けた。


 …………え!? まさか、ミリエッタ?


 仮面が顔全体を覆っているため表情は見えないが、先程微かに聞こえた声はミリエッタのものに似ている。


 一度は腕を解いて離したが、次のステップでまた笑いながら引き寄せると、姿勢を保てなくなった少女が短い悲鳴をあげて、ルークの胸元へ倒れ込んだ。


「きゃあッ!」


 今後は(まご)う方なき、ミリエッタの悲鳴。

 先程から見る限り、嫌がるミリエッタを度々腕の中へ閉じ込め、無体を強いているように見える。


 ふと、ルークと視線が交差すると、挑発するように口元を歪ませた。


 ジェイドはカッと頭に血がのぼり、職務を忘れ、二人のほうへツカツカと歩み寄る。


 ルークの胸元へもたれかかるように両手を添えるミリエッタの腰に、力強く左手を差し込み、自分の元へと引き寄せた。


 そのまま小さな身体を後ろに追いやり、庇うように間に入ると、右拳を振り上げ、勢い良く頬を殴りとばす。


 ……会場のあちらこちらで、悲鳴があがる。


 ルークは数歩よろけた後、一瞬で間合いを詰めると、腕を伸ばしてジェイドの胸倉を掴み、ダンスホールの隅に向かって力任せに投げ飛ばした。


 ガタガタと派手な音を立て、休憩用の椅子にジェイドが突っ込む。


「相変わらず分かりやすい男だ……だから、お前はダメなんだ」


 相手が悪かったな、と豪快に笑う王国最強の騎士。


「あの馬鹿ども、何をやっとるんだ」


 仮面舞踏会のホストを務めるデズモンド公爵が、小さく舌打ちをする。

 上体を起こし悔しそうにルークを睨みつけるジェイドと、冷笑を浮かべ煽るように見下ろすルーク。


 トゥーリオ公爵も少し離れた場所から、呆れたように二人を見つめていた。


 困ったように自分を見つめる父の姿が目の端に映り、少し冷静さを取り戻したジェイドだったが、気が収まらずなおも向かおうとしたところで、歩み寄ったルークに力ずくで押さえ込まれた。


「馬鹿め、落ち着け。……謹慎になりたいのか?」


 この程度であれば、騎士同士の些末な諍いとして、調書も取らずに口頭で丸く収めることができる。


「分かったらさっさと職務に戻れ」


 ミリエッタとジェイドを揶揄って遊んでいた先程とは打って変わって、拒否することを許さない低い声で命じると、ジェイドを押さえつけていた手を離し、肩を(ほぐ)すようにグルリと回した。


 ついでに首も解そうかと思ったところで、ジェイドに殴られたルークの鼻から、一筋の赤が滴り落ちる。


 心配そうに二人を見つめていたミリエッタは、「まぁッ!」と短く声を発してルークに駆け寄ると、おずおずと何かを差し出した。


「あの、もし宜しければ、こちらをお使いください」


 そういって心配そうに手渡したのは、肌身離さず持ち歩いていた、刺繍のハンカチ。


 その場にいた皆が、アッと声を上げた頃には時既に遅し。


 ちらりとジェイドに目を遣り、「それでは遠慮なく頂戴しよう!」とミリエッタのハンカチを受け取ると、それとは別の黒いハンカチをポケットから取り出し、鼻血を拭った。


「大事に使わせてもらうよ」


 目を細め嬉しそうに微笑むと、厳めしい雰囲気が一転し、なんとも柔らかい優し気な雰囲気に変わる。


 高貴な姫君に相対するようにその白い手を取り、甲にそっと口付けたまま熱い視線を送ると、ミリエッタが再びピシリと固まった。


「……また、連絡する」


 喉の奥で笑い、ルークは名残惜しそうに手を離す。


 それからミリエッタの頭に軽くポンと手を乗せ相好を崩すと、なおも睨みつけるジェイドを一瞥し、「さっさと職務に戻れ」と指で合図を送った。







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