10. 小田原評定さながらに
「ありえません! あのトゥーリオ卿ですよ!? そもそも紅茶に詳しい訳もないし、優雅にスイーツを食べるなんてありえません!」
拳を握りしめ、スカーレットが熱く語る。
実は成人前、どうしてもとトゥーリオ公爵に親が頼み込み、ジェイドとお見合いの席を設けたことがある。
男らしい立ち姿にときめき、この人ならばと一緒懸命話しかけてはみるものの、不愛想に返事をするだけで、全然会話が弾まない。
スカーレットの実家、エラリア伯爵家ご自慢の紅茶を出した際など、『飲めれば味は関係ない』とガブ飲みし、一口でケーキを頬張るような男である。
「しかも『騎士と姫君の恋物語』なんて! 欲望丸出しじゃないですか。思春期の少年じゃあるまいし、二十歳をとうに過ぎているのだから、少しは自重すべきでは?」
騎士の叙任式で、その凛々しい姿に一目惚れをした黒歴史を持つ、アンナ・ノラーレフが吐き捨てるように言った。
エスコートが上手で物腰が柔らかいなどと、片腹痛い。
叙任式の後に開かれるパーティーで、勇気を出して話しかけたのに、『忙しいから他を当たってくれ』とすげなく断られ、あげく忙しい理由がミリエッタの出待ちという衝撃の事実に膝から崩れ落ち、以降ジェイドを目の敵にしているという大変残念な経歴の持ち主である。
「実は、私の兄が騎士団長を務めているのですが」
徐に口を開いたのは、飛び入り参加のティナ・デズモンド。
王国最強の騎士を兄に持つ、デズモンド公爵家の次女であり、ジェイドの幼馴染でもある。
「お二人が王都を散策した日の直前……確か五日連続で有給休暇を申請し、『この忙しい時期にあいつめ!』と兄が憤慨しておりました。業務の合間を縫うどころか、ミリエッタ様の合間を縫って仕事をしている唐変木。眠ったふりをして無体を働いたに違いありません!」
ここに集う令嬢たちは皆、貴族令嬢には珍しく素直で優しいミリエッタに、いつだって癒されてきた。
その助言を受け、傾きかけていた領地経営が軌道に乗り、一家離散を免れた者だっている。
オラロフ公爵家のお茶会とは仮の名。
当の本人はあずかり知らぬところだが、この会はその実、『ミリエッタを愛でる会』として活動している。
「そもそも、王立劇場の近くに、トゥーリオ公爵家が出資しているスイーツ店なんてありましたっけ……?」
情報通のステラが、ふと呟くと、確かにと令嬢たちは思案した。
「……何かしら、やらかしたに違いありません。あやつは野放しにすると危険です」
幼い頃からジェイドを良く知るティナが言う。
あの男が、可愛く寝入るだけで終わるわけがない。
仲良くなれば人懐こく、それなりに大事にしてくれるため、仄かに恋心を抱いた日もあった。
だが、想いを告げた途端、「え、異性として? それはないな」とすげなく断られ、その後まったく気にする様子もなく話しかけてくる無神経ぶりに呆れ、今や塩対応に徹している。
悪い人間ではないが、思い込むと突っ走るきらいがある。
「わたくしの父は憲兵に顔が利きます。即刻捕らえましょう」
ティナの言葉に賛同しかけ、だが思いつめたようにアンナが口を開いた。
「ですが、そろそろどなたかを選んでいただかないと、我々にお鉢が回ってこないのでは……?」
この場に集まっているのは皆、十六歳の成人を過ぎた未婚の令嬢達。
ミリエッタが誰を選ぶかは妙齢の令嬢達にとって死活問題であり、故に最大の関心事でもあるのだ。
「包容力のある素敵な男性を選んでくださると嬉しいのですが……ミリエッタ様が他の方を選んだ場合、あやつが大人しくしているとは思えません」
ティナの言葉を受け、「た、たしかに……」と再び沈黙が場を支配する。
我が身を優先するならば、大人しくあの狂犬を引き取ってもらうのが得策か……?
ミリエッタ以外に飼いならせる令嬢がいるとは思えず、オラロフ公爵家のお茶会、改め『ミリエッタを愛でる会』は、小田原評定さながらに結論が出ず、混沌を極めた。