1. 人並み令嬢の白いハンカチ
皆様が読んでくださったおかげ書籍化されました。
本当にありがとうございます。
嬉しいです…涙
書籍版にてWEB版の書き直しを許していただき、大幅に改稿&新規ストーリーに差替え、とても楽しい本に仕上がっています。
ルークが硬派になる等、キャラの性格もガラリと変わりました。
WEBと書籍で別ストーリーになりますので、こちらはWEB版としてお楽しみいただければ幸いです。
(書籍版はサブキャラの組み合わせも変わります……!)
伯爵令嬢ミリエッタは、うんざりしていた。
容姿も人並み、特に頭がいいわけでもなければ、特技もなく、すべてが人並み。
無難に微黒字の領地経営をする父、ゴードン伯爵は堅実で面白みもなく、しっかりその血を受けついだミリエッタもまた、可もなく不可もなく、といったところだと、重々自覚している。
「誰でもいいから渡してきなさい!」
淑女が思いを込めて刺繍したハンカチを気になる男性に手渡す、『出会いのハンカチ』イベント。
母に言い含められ、嫌々参加した婚約者探しの夜会で、ミリエッタは再度溜息をついた。
結婚相手になりそうな若い令息に声をかけられるでもなく、いつもどおりお年を召した諸侯達と歓談して、本日の婚約者探しも不発に終わりそうだ。
毎度のことながら、上手くいかないお相手探しにうんざりしつつ、だが今日に限っては、『ハンカチを手渡す』というノルマを母に課せられている為、何もせずに帰るわけにはいかないのである。
……とはいえ、社交界に疎いミリエッタ。
婚約者がいなさそうな未婚の成人男性など、分かる訳もない。
「閣下、恐れ入りますが、少々お尋ねしても宜しいでしょうか」
背に腹は代えられず、先程まで歓談していた年配の男性に、仕方なく声を掛ける。
「実を申しますと本日の夜会で、どなたかに『ハンカチ』を渡すよう、母に申し付けられておりまして……渡しても角が立たない、婚約者のいない未婚男性で、お薦めの方はいらっしゃいますでしょうか?」
ミリエッタの問いに、周囲の視線が自分に向くのを感じる。
「ふむ、何名か心当たりはあるが……ミリエッタ嬢は、頼れる年上と可愛らしい年下なら、どちらがお好みかな?」
閣下と呼ばれた白髪の男性は、面白そうに目を輝かせて、ミリエッタに二択を提示する。
「その二択ですと、やはり年上でしょうか」
ミリエッタの答えに、先程まで歓談していた一人目が、ビクリと大きく肩を震わせたのが見えた。
「では、騎士とそうでないものなら、どちらかな?」
「……騎士様です」
今度は二人目が、今にも掴みかかりそうな勢いで、こちらを睨みつけてくる。
「――?」
射るような視線を向け、何やら不穏な気配を発する二人の男性。
ミリエッタが不安気に目を向けると、「ああ、あれは気にしなくていい」と、白髪の男性は宣った。
「ミリエッタ嬢のおかげで、だいぶ絞れてきたな。それでは最後の質問だ。寡黙で面白みはないが、真面目で勤勉。少し融通の利かないところはあるが、一途で大事にしてくれる男と」
少し考えながら、ゆっくりと、言葉を選ぶように選択肢を提示してくれる。
「男気溢れ頼りがいがあり、女性の扱いに手慣れた大人の男。まぁ騎士にはありがちだが、少々猪突猛進な部分は否めないかもしれんな」
「……選べるような立場ではないので、恐縮ではございますが、そのお二人ですと、前者でしょうか」
後者の方は、少々私には荷が重いかもしれません。
ミリエッタがそう答えると、今度は直前に話をしていた三人目が、凄まじい形相で目を剥いた。
「――!?」
「何も気にすることはない。持病の癪のようなものだ」
喉の奥で、クッと嚙み殺すように笑い、壁際に立つ一人の騎士を顎で示した。
「それならば、ほれ、そこに立つ騎士はどうだ? 王太子殿下の近衛騎士で、腕は確か。なに、婚約者も恋人もいないような堅物だ。あとから間違えましたと訂正しても、問題ないだろう」
ハンカチを渡すだけだから、重く考える必要はないと、逡巡するミリエッタの背中を優しく後押ししてくれる。
「まぁ閣下。とても参考になりました……ありがとうございます。それではご助言に従い、そのように致します」
それもそうね、騎士様は女性に人気の職業ですもの。
ハンカチを渡されるなんて、日常茶飯事でしょうし、本気にするわけないわと思いつつ、堅物の男性だと受取拒否されないかしらと逆に不安にもなりつつ、ミリエッタはそっとハンカチを取り出し、騎士の元へと近付いていく。
興味津々で成り行きを見守る白髪の男性はともかく、なにやら周囲の視線が痛い。
なぜだろう、ミリエッタの一挙一動に注目しているような、そんな圧を感じる。
「あ、あの……」
ミリエッタが声を掛けると、任務中の近衛騎士は驚いて目を見開いた。
二十歳を超えたくらいだろうか。
さすがは近衛騎士、近くで見ると、首を四十五度に曲げなければ視線が合わないほど大きく、黒曜石のような漆黒の瞳が、ミリエッタを捉えて離さない。
なんだか途端に恥ずかしくなり、ミリエッタはそれ以上何も言えず無言でハンカチを差し出すと、騎士が驚きのあまりビクリと動いたのが見えた。
「こ、ここ、これ、受け取って戴けますでしょうか?」
ざわりと空気が揺れる。
なぜかミリエッタの周囲が、波を打ったように静かになり、余計に居た堪れない気持ちになった。
断られたらどうしよう。
緊張でどもってしまうのは許してほしい。
震えながらハンカチを差し出すと、しばらくして騎士が無言で手を伸ばし、ハンカチを受け取ってくれる。
「あッ、ありがとうございますッ! 特に深い意味はないので、その、受け取って戴けるだけで光栄です!」
一刻も早く、この場から逃れたい。
礼を述べるなり身を翻し、ミリエッタは会場を後にした。
***
ああ~~、どうして私、お母様の言うとおりにハンカチを渡してしまったんだろう。
しかも公衆の面前で!
もう泣きたい……。
昨夜の出来事を思い出し、羞恥のあまり何も手につかず、部屋に引きこもってゴロゴロしていると、呼び鈴が鳴った。
来客かしらとそっと部屋を出て、少しだけ顔を覗かせると、昨夜の夜会で出会った騎士に見える。
驚きのあまり口元を両手で押さえながら、再度そろりと覗くと、わざわざ母が出迎え、遅れて書斎から出てきた父まで、笑顔で何かを話し込んでいるようだ。
え? まさか昨日のハンカチを返しに?
いやいやそんな、七面倒な事をするだろうかと、ドキドキしながら様子を窺う。
客室に騎士を案内した母が侍女に何かを申しつけると、数人の侍女達がミリエッタの部屋目指し、階段を上がってくるのが見えた。
ミリエッタはこっそりと自室に戻り、何事もなかったように慌てて読書のふりをする。
「お嬢様、失礼いたします。お客様がおいでですので、急ぎ、御仕度をさせていただきます」
何がなにやら分からぬまま、通常時の三倍速で身支度を終えると、客室に来るよう父から声がかかった。
慌てて客室に向かうと、昨夜の近衛騎士が立ち上がり、ミリエッタの元へつかつかと歩み寄る。
「こんにちは、ミリエッタ嬢。ジェイド・トゥーリオと申します。昨日は、お声がけいただき、ありがとうございました」
柔らかく微笑み、丁寧に頭を下げる彼は、トゥーリオ公爵の次男であるらしい。
「ミリエッタ・ゴードンです。こちらこそ、昨日はありがとうございました。……あの、本日はどうされましたか?」
そもそも誰なのかすら分からなかった彼の名前が判明したところで、本日の来訪目的が気になって仕方ない。
「先触れが直前となり申し訳ありません。昨夜のお礼と、婚約の申込に」
婚約の申込!?
あまりに急な展開にミリエッタはひゅっと息を呑み、ゆっくりと両親に目を向けた。
昨日の今日で!?
笑顔で頷く母が目に入り、再び視線を騎士に戻す。
「……昨夜も告げたとおり、本当に深い意味はないのです。気を悪くさせてしまったら恐縮ですが、無かったことに」
「いいえ!」
言葉を遮られた挙句に、掴みかからんばかりの勢いで否定され、ミリエッタは驚いて目を瞠る。
「ミリエッタ嬢にとっては深い意味がなかったとしても、私にとっては千載一遇の機会。次いつあるか分からないこの機会を、逃すつもりはありません!」
あとから間違えましたと訂正しても、問題ないと聞いていたのに。
思いの外、ぐいぐいと迫ってくる。
「あの、トゥーリオ卿……」
「ジェイドとお呼びください」
「その、ではジェイド様」
「はい、なんでしょう?」
嬉しそうに目を輝かせる姿は、まるで忠犬。
いや、絆されてはいけない。
適当にハンカチを渡しただけなのに、なぜゆえこれほど御大層な話になってしまったのか。
「昨夜は感激して眠れませんでした! 昨日の今日でご迷惑かとおもったのですが、居ても立っても居られず、お伺いした次第です」
あらまあと、母の嬉しそうな声が聞こえたが、もはやそれどころではない。
「おおお待ちください。あまりに急なお話で、いきなり婚約と仰いましても」
「意に染まぬ結婚を強制する気はありません! 願わくば少しでも私を知ってもらい、心の片隅に置いて頂ければと思っています」
そしてゆくゆくは婚約を……!
ああ、まるで尻尾が見えるよう。
脳筋一直線の忠犬思考に、慄くミリエッタ。
悪い人ではなさそうだが、如何せん押しが強い。
そういえば、少し融通の利かないところがあると、昨夜拝聞した。
お母様の厳命でこうなったのだから、どうにかしてください!
助けを求めるように、再度両親へ目を向けるミリエッタ。
伯爵夫人は訳知り顔で頷き、「娘が承諾すれば、我々は何の異存もございません」と、ジェイドへの援護射撃を乱れ打つ。
――ち、ちがう! そうじゃない!
予想外の方向へ飛んだ援護射撃に、及び腰で顔を引き攣らせ、頬を染めて迫ってくるジェイドから後退るように距離を取る。
ハンカチを渡すだけだから重く考える必要はないと、背中を押してくれたのは、誰だったか。
「最近人気で、なかなかチケットが取れない芝居があるんですが、偶然二枚、手に入りまして!」
おお、圧が凄い。
体格差があるため、距離が近付くと余計に圧倒される。
「折角なのでお誘いしたく、なに、改まった場ではなく観劇だけですので、お気遣いは無用です。丁度仕事も閑散期。差支えの無い日程をお伺い出来れば、お迎えに上がります」
……寡黙な人と聞いていたのに、実によく舌が回る。
ミリエッタは無理矢理微笑みを浮かべ、受けようかお断りしようか悩んでいると、その気配を察知したのか、さらにグイっと距離が狭まった。
「あ、あの、近ッ……」
失礼、と前置きし、ふわりとミリエッタの手を取ると、少し膝を曲げて目線を合わせてくる。
「三日後と五日後ですと、どちらが御都合宜しいでしょうか」
「え、ええッ!? どちらかというと、五日後のほうが……」
「承知しました。それでは、五日後の夕刻過ぎにお迎えに上がります。詳しいお時間は後ほどご連絡いたします」
あ、しまった、と思った時には、時既に遅し。
ロックオンされたミリエッタは、完全に押し負かされて、勢いのまま二人きりのデートを承諾してしまうのであった。