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シオン3

  カプリ


 気付けば耳を軽く噛んでしまっていた。本当に無意識に。


 目の前のじゃじゃ馬は、ボっと火が点いたかのように真っ赤な顔をしながら、すごい勢いで首を振りこちらを見る。


 俺は一瞬考えてから、訳が分からずに頬を染めて目を丸くしている相手の鼻をつまんで「変な匂い」と捨て台詞を吐いてその場を離れた。

 あと少しその場所に居れば、今度は自分が相手よりも赤い顔になっていただろう。




 鼻が利く、というのは、例えば体調が悪いとか、何となくその人が居る方向が分かるとかそういう曖昧な感じの、どちらかというと勘に近い能力だ。ただそれが人よりも俺の場合は良く当たる。

 もちろん、人よりも利くだけで、全ての詳細が分かるような万能さはない。ただ、匂いが濃い場合は別。香水の種類を嗅ぎ分けるとか、怪我をしているとか、その人が()()()()()()()()()()()が分かる位には結構正確に分かる。




「ミワ!ミワだ!!!」


 謁見の間で突然王妃に飛び掛かろうとした女を、俺は素早く制す。いや、正確には1回逃げられた。無茶苦茶な動きのくせに、しなやかですばしっこい。

 捕らえた2回目は関節を押さえて動きを封じたけれど、銀髪の娘はバタバタと暴れて妃に触らせろと喚く。

 執着心の割には妃の名前も間違えているし、そもそも自分の能力も使いこなせてないというか、把握していない気がする。


 身体能力の高さと言動の幼さのバランスが悪い女は、サミワ妃が話しかけると、途端に大粒の涙をポタポタと落とす。まるで駄々っ子のような感情の高下だ。

 ただ、彼女からフワリと香る感情の匂いは、寂しくて寂しくてたまらなかった時のもので、長時間の留守番をしていた犬が飼い主に向けるそれに近い。



 この女がサミワ妃に向ける情は、真っ直ぐな好意だとその匂いで理解するが、一応ここはこの国で一番尊い御方が座す場所だ。俺は落ち着くまで拘束の手を緩めてやらなかった。チビって言ったしな。

 あんなに威勢の良い言動をしていたくせに、サミワ妃が退室する時は、耳が垂れてしまっている犬のようだった。


 こいつがタムロスのジジイの隠し玉かよ。また扱いにくそうなのを…と俺は密かに悪態をついた。




 初めて組む人間がいる時は、軽く匂いを嗅がせてもらう。

 一番濃くて匂いが正確なのは耳の後ろ辺りだが、あんまりベッタリ引っ付いて匂いを嗅ぐと言うのはお互い結構ストレスが掛かる。ロクに風呂に入っていない冒険者や、常に怪しげな薬草を扱っている薬屋なんかを嗅ぐのは、こちらの心も結構削れる作業なのだ。





「よろしく」


 一人目の大男はマークスと名乗り、体を軽く屈めてくれる。それは俺がチビだからでは決してない。マークスがデカすぎるんだよ、マークスが。何食ったらそんなにデカくなれるんだよ。

 嗅ぐと、マークスは太陽みたいな匂いがして、どちらかといえば盾として働いてくれそうな穏やかな匂いだった。身体の割には優しいタイプなのかもしれない。



「お願いね」


 次の華奢な女はフレリアと言った。

 この女…近寄ってくるだけで分かってしまう位に遊び人だ。香水を軽く振ってはいるが、艶かしい男女の匂いが強く香る。しかも複数人。何だったら直前までそういう事をしていたのも分かってしまうから勘弁して欲しい。

 平静を装っていたつもりだが、去り際に「隊長さんも一緒にいかが?」と耳元で言われ、カッと熱くなってしまった。


 よく見りゃ服も微妙に透けていて、分かりやすく欲情をそそる格好をしている。俺はこういうタイプは好みじゃないから、とりあえず匂いの記憶にだけ集中するが、隊員はきちんと律しておかねばならない。



 そもそも戦地に赴く場合や危険を伴う時に率先して入隊したがるような奴は、たいてい荒々しい匂いを持っている。いわゆる救護班みたいな場合でもそれは同じで、むしろ生死に関わる任務に就きたがるような女は見目は綺麗でも結構えげつない匂いをしていたりして、先のフレリアなんかは良い例だ。




「すけべチビ」


 最後にやってきたのが、じゃじゃ馬のワトだ。どうせこいつも跳ねっ返りだから、けっこう気の強い匂いを持っているのかと思ってスン、と匂いを嗅ぐと、ワトからは陽だまりのような、ふかふかの草のような匂いがした。


 まるで春の草原のような匂い。目を閉じれば優しい風が吹いているような気さえする。

 

 信じられない。俺が死ぬほど好きな匂いで、今すぐ耳の後ろをスンスン嗅いで、腹の辺りをワシャワシャと触ってやりたくなる。匂いに敏感な分、好きな匂いに出会うと中々昂りを抑えられない。



 上手い事昂りを抑えたと思ったら、自分でも気付かぬうちに耳を甘噛みしていて、恥ずかしすぎて俺は暴言を吐いて去るくらいしか出来なかったのだ。

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