シオン2
「シオン、少しいいかな?」
表情を曇らせた王に呼ばれ、俺はすぐに察する。
サミワ妃の事だろう。即位と懐妊の時期が重なった事もあって、妃は随分と無理をしてしまったらしい。
王自身が常に忙しい立場である事を知っているサミワ妃は、自身に休息が必要である事を中々言い出せず、身体を後回しにしてしまい、結果、回復できないくらいに弱る事態に陥ってしまったのだ。
王は気付いてやれなかった事を悔いて、妃は御子を危険な状態にしている事を憂いていた。
「騎士団を護衛以外の私的な理由で動かす事はしたくないんだが…。今回だけは許して欲しい」
王は周りに誰もいないのを知ってか項垂れる。普段は尊厳とか威厳とかの気配を纏っているが、今はその豪気を張る元気はないようだ。
「もちろんです。むしろ早く頼って欲しかったですよ、こっちは」
他に誰もいないのをいい事に、俺も肩をすくめながら気取らない口調で王に話しかける。
「サミワ妃の母胎の中には未来の宝がいるのですから、むしろ騎士団を使ってどうにかしないのは愚の極みですよ」
王に言っていい台詞でないのは承知だが、俺は少し怒ってたから、何だか棘のある言い方になってしまう。
そんなに騎士団…というより俺が頼り甲斐が無いのかと少し寂しくもなるし、そもそもお二人は尊い御仁なのだから、もっとゆったり過ごせば良いのに。二人とも王族なのに身を粉にして働き過ぎなのだ。
「私はともかく、サミワはもっと時間に余裕のある公務をさせるべきだったのだ…。こんな状態になるまで言い出せずにいたのかと思うと…自分に腹が立つ…」
「望んで今の状況になった訳じゃなし、お互いに思い遣っての事なんですから、サクッと秘薬探してくるんであんまり思い詰めないでくださいよ」
軽い口調で言うと、王は少し解けた表情になった。
「ありがとう」
ふ、と笑いながら王は今回の道程を説明する。東の大地は未開な部分が多いが、無理をして部隊を進めない限りは命の危険があるような場所ではない。
が、今回は少し時短のルートを使って進めるため、通る道や野営の場所を確認しておく事は必須だ。
「そういえば、今回第二隊だけでも大丈夫だと思うんですが、何人か一般からも同行するんですよね?」
正直、気心の知れた隊員だけで行く方が楽だったりもするが、回復部隊は絶対に同行させて欲しいとサミワ妃が嘆願したらしい。
万が一にも生死に関わる怪我などないように、との思いからだ。
「あぁ、隊からはシオンとあと二人、医師団から二人、あとは国民から一人とタムロスの推薦で一人。合計で七人の隊になる予定だよ」
タムロスという名前が出てきて、俺は思わず声が出る。
「タムロスのおっさん、また誰か仕込んでるんですか?あの人、相変わらず懲りねぇな…」
タムロスは俺の育ての親で、棒を振り回すのが大好きな俺に剣術の基礎を教えたジジイだ。
あの人は口も悪いし、規律には厳しいジジイだが、子どもの好奇心や好きな事をそのまま伸ばしてくれる賢人でもある。そんな人が推薦人になってる人物か…。正直興味がある。
「あ、ちなみに女の子だからね。丁寧に対応してあげてくれよ」
付け足すように王が言うと、途端にめんどくさい気分になった。
女で力がある者はだいたい癖が強くて扱いにくい。やたら自信に溢れてプライドが高く、少数精鋭で物事を進めたい時は気をつけないと和が乱れてしまうのだ。
「まぁ、あんまり言う事きかない奴だったら、東の大地に放り投げて帰ってきますよ」
半分本気でそういうと、王は笑って返事をする。
「そんな事言って、放っておかないのは目に見えてるよ。彼女も素晴らしい能力があるみたいだし、二人で協力して仲良く頼むよ」
俺はもちろん今回の令を完遂するために尽力するつもりだ。タムロス爺の推す人物かなんだか知らないが、隊に属する間は厳しくいかないとな。
俺は鼻をすすって気合いを入れた。