5 指名
小春さんはあの優しいかった教官にもう一度会いたいと思っていたんだ。
何度か実技講習を受けていたある日。
とうとうあの優しい先生にその日の教習で出会うことができたんだ。
その教官の名前は「森山英明」と言う人だった。
小春さんはその教官は自分よりもかなり年上だとその時感じていたんだ。
でもね、それも後から違うって事にまだ気づいてない小春さんだった。
今日も1時間教習所内のコースをグルグル回っていた。
その時何気に小春さんは森山先生にこう聞いてみたんだ。
「先生、ここの学校って先生の指名ってできるんですか?」
「ああ、できるよ」
え、で、できるんだ?って小春さんは思ったんだ。
「じゃ、私、森山先生を指名したいんですけど…」
小春さんは愛の告白でもするかのように森山先生にそういったんだ。
「わかった。じゃあ、教習終わったらその手続きして、講習の予約も取っていこうか」
そう森山先生は小春さんに話した。
小春さんは内心「やったね!」って思ったんだ。
毎回教官が変わることに我慢できなかった小春さんだった。
講習が終わると受付に二人は行ったんだ。
そこで、受付をやってる杉村かおりにこう先生は言った。
「福山さんから指名もらったから次回からの予約は全部私にして、1日2時間乗れるようにしてくれないか?」
「はい、わかりました」
杉村はそう言って端末を操作していった。
「福山さん、何曜日が希望?」
「はい、余り間を開けたくないので月曜、水曜の2時間でお願いします」
小春さんは森山先生にそう話したんだ。
受付の杉村がその通りに端末に入力していった。
こうして、小春さんは晴れてあの優しいと感じていた森山先生を指名できたんだ。
小春さんは毎週、月曜と水曜の午前中に講習を受けることになった。
この森山先生との教習は毎回漫才をしているみたいに小春さんは楽しかったんだ。
不思議とこの森山先生と小春さんは気が合っていた。
小春さんは順調にハンコをもらっていったんだ。
そんな講習を受けていたある日。
この日も小春さんはハンドルを握り真剣な顔をして教習内のコースをグルグル回っていたんだ。
その時だった。
小春さんの原簿を見ていた森山先生がこう言ってきたんだ。
「え?福山さんて、40歳なの?」
「そうですよ。40歳ですよ」
「えー?てっきり私よりもずっと年下だと思ってたのに…」
「え?そうなんですか?」
「福山さん、本当に40歳?」
「そうですよ。40歳ですよ」
「噓でしょ?本当に40歳?」
尚も森山先生はこう聞いてきたんだ。
内心、小春さんは「しつこいなぁ~」と思っていた。
「そんなに信じられないなら戸籍謄本でも見せましょうか?」
「いや、いいよ。でも驚いたなぁ~。40歳には見えないよ~」
「そうですか?ところで先生は何歳なんですか?」
「私は38だよ」
「そーなんですかー?私よりもずっと年上だと思ってましたー!」
二人はそんな会話をすると笑ってしまったんだ。
小春さんは本当に40歳には見えなかった。
精神年齢も若かったけどね。
早い話が子供だったんだ。
小春さんは、S字カーブが苦手だった。
だからS字カーブに来るといつも緊張して脱輪しそうになっていた。
「もう少し早めにハンドル切らないと脱輪するよ?」
「え?そうなんですか?」
小春さんは自動車の車輪の位置がイマイチ認識できないようだった。
前輪の車輪の位置が良くわからなかったんだ。
そのS字カーブがその後大きな影響を及ぼすとは小春さんはその時まだ気が付かなかった。