黄眼槍
長く伸びた真っ赤な髪を揺らした、人影が現れる。
「ハルは生きなきゃだめだよ。どんなに苦しくて辛くても。幸せを手に入れるまで」
「誰だお前は?」
「あれから時間が経ったね。時間は傷を癒してはくれないけど、痛みを鈍くしてくれるから。季節も、寝床も、少しは変わって、落ち葉も私の頭を寝床にするのは嫌になったかな」
「何だ?」
「私の幸せは、ハルの幸せだったから。でも、いつの間にか私のものとすり替えてしまっていたみたい。『生きていたい』と思わせてしまったのかもしれない。それでも、ハルの言葉が全てを奪う一瞬の愚かな願いだったとしても、私はハルに生きてみて欲しいんだ」
ハルの意識は消えてしまった。意識の奥深く、深い眠りについたように自ら出て来ることはないだろう。したがって今ハルの体を操るのは自らをハルと名乗る別の者だ。
「さっきから何言ってる。私は君を知らないんだが、名乗ってもらえるか?」
「私はリングドール」
リングドールは黄色の眼でハルの方を睨みつけた。手に持った槍の先で水面をなぞり、足を止めた。
「お前はハルじゃない」
「いや! 私は紛れもなくハルだ。エフの意を汲み、エフの体を受け継ぎ、皆の目的を達成する者だ」
ハルは高らかに宣言した。
「君の視線が怖い、睨むのを止めてもらえるかな?」
「止めるわけにはいかない。ハルに体を返してもらう」
リングドールは大きな槍をハルの体中央に向けた。
「待て待て。エフを殺す気なのか? エフを生かしているのは私だ。エフは一度瀕死になり、私が第二の命を貸しているんだ。私を追い出せばエフも生きていられないぞ。そこは理解しているのか」
「……知っている。お前の本体が時計だということも。そしてハルが死ねばお前がこと切れることも知っている。これは脅しの槍だ。ハルの身体機能を回復させ、体から出て時計に戻れ。早くしろ」
「ははっ……怖いねぇ。時計だけ貫くなんて容易いって? 端子を集めるのも楽じゃないってのに。またしばらく動けないじゃあないかよ」
彼らの後ろからバシャバシャと水音を立てて何かがやってきている。それにリングドールは焦ったようだ。ハルを急かす。ハルは時間を稼げば何とかなるかもしれないなどと考えたが、リングドールの本気の目を見て大人しく従うしかなかった。
「早く」
ハルはしぶしぶ自分の胸に手を突っ込み、時計を掴んだ。カチカチと何度か鳴らして、時計を引き抜いた。すると、引き抜いた跡の傷が癒え始めた。
「クソッ……」
ハルは沈黙した。数秒後、心臓の音がわずかに聞こえた。リングドールはそれを確認して地面に槍を突き立て、大きな水しぶきを上げながら消えた。