恐怖心
足元の鉄筋がひしゃげ、コンクリートが崩れていく。ファメントの爪は先ほどよりも鋭くなっているように見えた。ゆっくり、ゆっくりと穴を広げてよじ登ってくる。ハルがピストルを取り出した。
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ハルは撃つ気だったが、ヘリートが腕で制止した。
「ここで撃っても効果が薄いと思う。耐えられる。私も急いで来たから装備が整ってないし、今あいつの相手をするのはしんどい。さっき頭に攻撃した感じだと、手ごたえは無かった。強いて言えば胸の捕食部分だけど、ファメント自身の性質からして弱点らしい弱点もない。ここは一遍に衝撃を与えて叩き落してやるしかない」
「叩き落すほどの衝撃なんてどう用意するの。逃げた方がいいんじゃ」
ハルは不安で、もう引き金を引いてしまいそうだったが、態度には出さずに平気そうに言った。ヘリートは真剣な顔で言った。
「せめて支援信号の返答が来るまでは時間を稼がないと。まだ逃げるには早い。今、手足は動く。ちょっと疲れてるけど、ファメントよりは素早く動ける。それにあいつが出て来るまでまだ時間がある。百発百中ってわけにはいかないけど遠距離武器もある。その腕のWEBも発動したまま。何より、いざという時に助けに来てくれる味方がいる。」
「何で逃げないの?」
「大丈夫だって。こういった時、できることをすればいいんだから。私が逃げなかったからハルも助かってるんだし。その通りでしょ?」
ハルはゆっくり頷いた。
「OK。じゃあ作戦でも考えよ」
* * *
その後ハルはヘリートに銃を渡した。言われた通り、ファメントが来るコンクリの上で待つ。ヘリートは物陰で待って居る。
数十秒経って、鉄のファメントがその上半身を見せた。鋭い爪の付いた腕はもう落ちないという意思でも表示しているかのようにがっしりと床面を掴んでいる。床が強く引っ張られ、足元が揺らぐ。ファメントはまず右足を載せ、次に左足を載せてその全身を見せた。
(今だ!)
ハルは硬化した腕を思いっきり、出せる限りの力でファメントにぶつけた。火花が散った。ファメントは両腕で防いだ。足でしっかりと踏ん張り、バランスを崩さなかった。それどころか、ファメントはハルの腕を押し返してきた。ハルの腕は少しずつ押し返されていく。想像以上の力が恐怖を増幅させる。
「たす…」
言いかけた言葉は飲み込んだ。
絶体絶命といった所で、発砲音がした。物陰にいたヘリートが両手にピストルを構え、撃ちまくる。一発、二発、三発……ファメントは脚の一点を正確に打ち込まれ、体制を崩した。最後の弾丸が撃ち込まれ、ファメントの重心が完全に後方に移動した。作戦通りならこの瞬間にハルが叩き落すはずだったのだが、恐怖が脳裏をよぎり、動き出しを遅くした。ファメントが体制を立て直すかと思われたが、ハルの横を走り過ぎ、ファメントの頭にヘリートの蹴りが入った。
「ぐッ……」
ヘリートは足の骨が折れたかと思うような激痛を耐え、万が一の攻撃に備える。何か掴もうと、ファメントが腕をハルの方に向けてきた。ハルは歯を食いしばり、腕で叩き落した。ファメントは自分で開けた穴から落ちていった。