震える気配
「なんだよ! クソが!」
男は腕が離れたにも関わらず突進を続ける。薬の妙な成分でハイになっているのか、手負いという感じがしない。
勢いのまま攻撃してくるので、ハルは突進の度に男を切った。手ごたえは肉を切るというより、硬いものを砕いているそれに近かった。
「う……う……」
これで終いかと思われたその時。男は口を突き出してハルに飛び掛かった。ハルは腕を大きく振りかぶり、男にぶち当てた。男は壁に背中から衝突すると、そのまま動かなくなった。妙なことに、男の腕の切られた断面からは血が流れておらず、石のように固まっていた。そして、その石が輝いているように見えた。ハルは無意識的にそれに触れようとした。
「動くな!」
触れる直前に声が響いた。声のする方を見ると、ヘルメットを付けた集団が銃を構えていた。サニーと同じ制服を着ている。さらにその奥からコツコツという靴音が響く。その音はハルの後ろで止まった。
ハルは素早く振り向いた。今の一瞬で前方から後方に移動したかのようだった。
「……動くな。ここで何があったのか、お前が何者なのか、調べなくちゃいけない。黙って私に付いてこい」
背筋が凍るような低い低い声はそう言うと集団の方へ歩いていった。集団は銃を構えたままその男が通る道を開け、通り終わると素早く動き出した。
「患者を確保」
「七等級職員を確保」
「WEB痕跡確認、WEB使用者確認」
「ファメント反応微弱」
「エリアスキャン問題なし」
「WEB使用者を連行します」
理解できない単語の羅列が耳に残った後、鈍い痛みと共にハルは気を失った。
* * *
「起きたか」
ベッドが一台だけ置かれた殺風景な部屋。気が付けばハルはそこにいた。頭の奥がズキズキ痛む。
「いたぁっ……!」
「まだ痛むか。深呼吸してみろ。体内に残ったガス成分が一気に排出されるはずだ」
ベッドの脇に立った研究所の職員らしき人がそう言うので、ハルは勢いよく息を吸い込んだ。吐き出した途端、痛みが消えていった。
「ほら、もう大丈夫だろ? 俺はベックっていう。ちょっとついてきな」
ベックはそう言うと部屋の扉を開けた。
* * *
ベックについていくとある部屋に付いた。部屋の前で体が少し震えた。寒くもないのになぜか。その理由はすぐ先に居た。
「ようやく来たか。簡潔に言う。君にはここで働いてもらう」
気を失う前に強烈に記憶に残っている声の低い男。その男が目の前に居た。椅子に座って宝石を光に照らし、目を細めてその輝きを見ていた。
宝石が最も輝いた瞬間、男は宝石を潰した。親指と人差し指の隙間から煙が立っている。
男は数秒かけてため息をした後、後は任せた、と言って椅子から立ち上がり、帽子を被ると部屋の外へ出ていった。
「ふーーー。怖いねえ」
ベックは困ったというような顔でこちらを見た。
「あの人はデミスさん。等級は第三等級……って言っても分かんないか。何が何だかって感じだよな。かなり偉い人だよ。改めて……俺はベック。これからよろしくな。えっとぉー」
ベックは手を差し出して小さく頷いた。目の前の少年の名前が分からないから少し詰まったのだろう。ハルはそれを感じ取って即座に答えた。
「あ、ハル……っていいます……」
「OK、よろしく!」
ベックの手は表面が粗く、何度も傷が付いたことのある手だった。何も知らされていなかったベックはハルという少年が本当にただの少年だと思っていた。